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私の心を掴んで離さない

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書ける余裕のあるうちに早めに進めておきます。
今日はあと一回更新できるかな。
楽しんでいただけると嬉しいです♡


  *   *   *


名嘉村くんがいつものようにカウンター席に視線をやりながらどこでもいいですかと聞いてくるが、今日は残念ながら本土からの観光客の予約が入っている。
こうなるとわかっていれば予約を断ったが仕方がない。
若そうな団体客だったから、彼らとは離しておいた方がいいだろう。

その予約はなくても、倉橋くんからの要望で個室に入れるつもりだったからちょうどいいが。

カウンター席で食事をさせるのは、もう少し仲良くなってからでもいい。
半個室の、と言っても簾を下げればほぼ個室になる部屋に二人を案内し、高性能カメラをオンにしておいた。

その映像は厨房にある私の方でも確認できる。

――平松くん、何か苦手なものとかアレルギーとかある?

名嘉村くんの声かけに何もなくなんでも食べると返す彼を見ながらメモを取る。
これから彼を落とすには食は必須だからな。

名嘉村くんの言葉で彼がまだ沖縄料理には慣れていないこと、酒は呑めるが、ここ五年ほどは呑まずにいたことなどを次々にメモに取り、しっかりと頭に入れていく。

タブレットで注文が入り、泡盛の片方にだけ薄い指示が入っている。
これは平松くん用だ。

名嘉村くんはビールを飲むと顔が真っ赤になりすぐに眠ってしまうが、泡盛だと強いものでも呑めるかなりの酒豪だ。
おそらくビールの成分が身体に合わないのだろう。

名嘉村くん用の泡盛の三分の一ほどの薄さで作ったものを二人に持っていく。

二人が乾杯したのを見届けてから料理の提供を始めた。

名嘉村くんがチョイスしただけあって、沖縄料理に慣れていない人でも比較的食べやすいクセのないものが注文されている。
そういう気配りは流石だなと思いながら、さっと料理を仕上げて、次々に持っていく。

天ぷらは注文が入ってあげていくが、ラフテー角煮クーブイリチー昆布の炒め物などは前もって作っているから温めて出すだけですぐに提供できる。
その分、下拵えは大変だが、もうここで十年以上も店を出していれば要領うまくできるものだ。

彼らの料理を全て提供したところで、団体客がやってきた。

ちょうどいいタイミングだったな。

彼らは離島に来てテンションが上がっているのか、最初からかなり大声を上げていて面倒臭い客だ。
何か騒ぎを起こせばすぐに出て行ってもらおう。

そんなことを考えながら、彼らの注文をとり、料理を運んだ。
途中で常連客が数人やってきたが、彼らを見て店内の状況を察知し、彼らの注文の合間を縫って注文してくれて助かった。
これだから、私一人でもこの店が回せるのだ。

彼らがきて一時間ほど経っただろうか、

仲間の一人がトイレに立った。

平松くんと名嘉村くんに何か危害が及ぶようなことがなければいいと注意しているつもりだったが、他の仲間たちからの注文を受けている間にトイレに立った男が、二人の個室に侵入していた。

何か危ないことが起こっているとわかったのは、個室に置いている注文用タブレットに装備されている通報ブザーが作動したからだ。

これは倉橋くんが開発したもので、個室で何かあった時にスムーズに私にそのことを知らせることができるようになっている。
このブザーは私が服の下でつけているネックレスに連動していて、危険を震えて教えてくれる。

急いで二人のいる個室に向かうと、簾を持ち上げた男が

「一緒に呑もうって誘ってやってるだけだろ、かたい事言うなよ! ほら、行こうぜ」

と誘いをかけている光景だった。

すぐそばにいた名嘉村くんではなく、確実に狙いは平松くんの方だ。

湧き上がってくる怒りの気持ちを必死に抑えながら男に声をかけるが、私が店主だと知ってもなおも、二人に絡み続け個室に上がって平松くんの腕を掴もうとしているのをみて、もう我慢ができなかった。
男のもう片方の腕を後ろ手に捻り上げ、

「うちの店は出会いの場ではありませんよ。迷惑行為はおやめください」

とはっきりと言ってやった。

あまり乱暴的なところを平松くんに見せたくなくて腕を離してやったが、もっと捻り上げておけば良かったと思ったのは、男が

「チッ、ふざけやがって。客にこんなことしていいと思ってんのか? 店主に暴力振るわれたってSNSで晒してやるぞ。そうなったら、こんな離島のちっせー店なんかすぐに潰れるんだからな」

と悪態をつき始めたからだ。

だが、私の店がこのような愚かな男の言葉で潰れるはずもない。

「やりたければどうぞお好きに。ですが、そのあとどうなるかは知りませんよ」

一応、忠告はしてあげたが、男はそれを真剣に聞くことはなく、

「ケッ、俺の親父は社長だぞ。後で後悔しても知らないからな。観光客目当てのこんなちっぽけな店、本当に潰してやるぞ」

と言い捨てた。

ああ、もうこいつは客じゃない。
こんなのを相手にする時間ももったいない。

私はこの男の腕を再度捻り上げながら、二人の個室から追い出し、仲間の元へ連れて行った。

そして、仲間諸共、店から追い出した。
仲間の中には数人、私から放たれている威圧に気づいたものもいたが、ほとんどはあの男のように悪態をつきながら、店を出て行った。

何かしてくるだろうが、こちらには店内で騒ぎ、脅迫してきた証拠映像が残っている。
そして、その映像は安慶名さんも見ることだろう。

こちらから説明することもなく、安慶名さんから倉橋くんに話がいき、さっさと動いてくれることだろう。
あの男の父親が社長だと言っていたが、倉橋くんの名前を聞いてもあんな横柄な態度を取り続けていられるか甚だ疑問だな。

初日からあんな怖い目に遭わせてしまい、申し訳なくて私は急いで黒糖ゼリーをトレイに載せ、彼らの部屋に向かった。
こんな時のためにもっとスイーツを充実させておけばよかったと少し後悔しつつ、怖がらせたお詫びと言って黒糖ゼリーを渡した。

しかし、彼は自分が怖い目に遭ったことよりも私がこれから大丈夫なのかと心配してくれているようだ。
本当に優しい子だな。

あまり長居しては食べにくいだろうとすぐに部屋を出て厨房に戻ると、名嘉村くんがゼリーを食べようと誘いかけ、

「――っ、美味しいっ」

と彼は画面越しにも喜びが伝わってくるほどの笑顔を見せてくれた。

私は居ても立ってもいられず、その映像をスマホに流しスクショして待ち受けにした。

私の料理でこんなにも笑顔を見せてくれるなんて……。
これほど料理人だったことを良かったと思ったことはない。
これほど私の心を掴んで離さない彼は、やはり私の運命なのだろうな。

「八尋さん、やっと静かになったね」

常連の仲間さんがほっとしたように声をかけてくる。

「すみません、予約を受けなければ良かったですね」

「いや、でも面白いところが見られたから良かったさ」

「面白いところ?」

「ふふっ。八尋さん、個室にいるあの子が気に入ったんだろう?」

「分かりますか?」

「何年見ていると思ってる? これまでにも何度かこういう酔っ払いのトラブルはあったけど、八尋さんがあんなに感情をあらわにすることなんてなかっただろう。それでピンと来たよ」

まさかあれだけのことで彼らにバレるとは思わなかったが、それくらい怒りが抑えきれていなかったということなのだろう。

「まいったな」

「ははっ。やっと八尋さんに春が来たんだ。島民、みんなで応援するよ」

「ですが、彼は少々鈍感そうなので、あまりあからさまなことをされて逃げられては困りますよ」

「そうか、それは大変だな。じゃあ、俺らも陰ながら見守っておくよ」

「ええ、それならお願いします」

「じゃあ、八尋さんの恋が成就するように私が三線弾こうかね」

そう言って、喜友名きゆなさんが店に置いてくれている三線で弾いてくれたのはその名も『めでたい節』
三線の人間国宝でもある喜友名さんの音に心躍る。

平松くんがこの曲を知っていたなら何かを感じるとるかもしれないが本土出身の彼はきっと知らないだろう。
それでも軽快な音楽に心癒されてくれたらいい。

その後も休憩を重ねながら喜友名さんが弾いてくれる三線の音に聞き入っていると個室から二人が出てきた。

今日初対面だったはずなのに、気づけば三時間以上も話していたんだな。
名嘉村くんが話しやすい相手だということもあるだろうが、よほど気が合うと見える。

急いで二人の元に駆け寄れば、名嘉村くんが会計のことを切り出そうとしてきたらその前に大丈夫だと伝えておいた。
もし、今日が倉橋くんの奢りでなかったとしても、私がご馳走するつもりでいた。
私の運命の相手が初めて私の料理を食べてくれたのだから、それくらいしてあげたい。

店を出てもう一度さっきの騒ぎについて怖がらせたことを謝ると、平松くんは奴らの報復で私の店がどうにかなってしまうのではないかと心配してくれた。

本当にこの子は優しい子だな。
それだけでも嬉しかったのに、

「あの、じゃあ……僕、毎日食べにきます! 僕みたいなのでも一人でも客がいたら潰れたりしないですよね?」

と宣言してくれたのだ。

あまりの突然の言葉に正直驚いたが、彼が毎日通ってくれるならこちらとしてもいうことはない。
仲を深めて、彼を落とそう。
そんな気持ちでいっぱいになっていた。
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