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思いがけない誘い

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「なるほど、これは完全な不貞行為だな。ここまでの証拠があるなら、確実に慰謝料も取れるよ」

「あの、でも僕……明日には日本を発たないといけなくて……」

「それは大丈夫。私が全て代行するから宇佐美くんは任せてくれたらいい。時々、リモートで状況を説明するから連絡先を教えてもらえると助かるな」

「あ、はい。これです」

自分の名刺にプライベート用のアドレスと連絡用にメッセージアプリのIDも書いて手渡すと誉さんはそれを大切にしまった。

「今週中には彼女と浮気相手の双方に内容証明を送る。内容については、宇佐美くんが二人の不倫の事実を知っているということ、その不倫がどのくらいの期間続いているかということ、不倫相手の名前や住所、仕事先といった情報、そして、宇佐美くんが受けた精神的損害金の金額を記載している」

「あの……不倫期間とかって、そんなにすぐに分かるものなんですか?」

「ああ、それらの情報はすぐに見つけられるから心配しなくていいよ。私に任せてくれ」

「わかりました。お願いします」

すごいな。
本当に誉さんって優秀なんだ……。

「それから、内容証明が届いて驚いた彼女から宇佐美くんに直接連絡をとってくると思うが、それは無視していい。内容証明と一緒にこれからは宇佐美くんとの連絡は認めないと一筆入れておくから、約束を破って連絡をとってきたときはすぐに私に連絡をくれたら対処する。いいね? 宇佐美くんの方から連絡を取りたい場合も私を介してにしてくれ」

「わかりました」

「それから彼女から来たメッセージは消さずにそのまま私に転送してくれ。それも証拠になるからな。いい?」

「わかりました。本当に助かります。もう声も聞きたくなかったので……」

「まぁあんなのを聞かされたらそうなるのは当然だ。宇佐美くんは何も心配しないでいい。早急に全て終わらせるよ」

「ありがとうございます。あ、お支払いは……」

「支払いは必要ないよ。今回は元々、弟が無理難題言って緊急帰国させたらしいじゃないか。宇佐美くんのおかげで事態も収拾できたと聞いてるし、これはそのお礼だから」

「えっ、でもそんなわけには……」

「本当にいいんだ。私の顔を立てると思って。ねっ?」

申し訳ないと思ったけれど、

「宇佐美、兄貴がこう言ってるから今回は甘えろよ」

と上田にもそう言われて僕は受けることにした。

全て片付いたらお礼に誘えばいいか。
ホッと一息ついたところで、上田が申し訳なさそうに口を開いた。

「それでさ悪いんだけど、宇佐美。今から彼女が来るっていうんだよ」

「えっ? 今から?」

「そうなんだよ、終電逃したから泊めて欲しいって言っててさ。彼女の家、田舎だから終電早くって……」

「あ、そうなんだ。迷惑かけてごめん。いろいろありがとう」

「いや、力になれて良かったよ」

ただでさえ、迷惑かけているのに、流石に彼女との時間を奪うわけにはいかない。
とりあえず空港近くのホテル取ればいいか。

そう思って、急いで上田の家を出た。


「宇佐美くん、良ければ私の家に来ないか?」

上田のマンションを出てすぐに誉さんに声をかけられた。

「えっ、でも……ご迷惑じゃ……」

「ふふっ。迷惑なら初めから声かけたりしないよ。強行スケジュールで疲れている上にあんなこともあったんだ。今日はゆっくり休んだ方がいい。明日空港まで送るから」

「でも……」

「今からホテル探すのも大変だろう? うちでゆっくり休んでいって。ねっ」

「はい。じゃあ、お世話になります」

そういうと誉さんは嬉しそうに笑って、僕を車に乗せてくれた。

到着したのは、上田のマンションよりもさらにグレードの高そうなマンション。
ふえー、やっぱり弁護士さんってお金持ちなんだな。

ぼーっとマンションを眺めていると、入り口に立っていたコンシェルジュさんに

「おかえりなさいませ」

頭を下げられて、緊張のままに

「お、お世話になります」

と返したら笑顔で返されてしまった。


「この家にあるのはなんでも好きに使ってくれて構わないから自分の家だと思って寛いでくれ。ああ、お湯を張ったから先に風呂に入っておいで」

そう言われて、ささっとお風呂場に案内される。
新品の下着と肌触りのいいパジャマを手渡して、誉さんは出ていった。

これは上田が泊まりに来た時用のパジャマだろうか……。
それとも誉さんの?

なぜか想像しただけでドキッとしてしまったけれど、今日は感情がおかしくなっているんだと思い、急いで浴室に入った。

綺麗に湯張されたお風呂には心が落ち着くようにとラベンダーの香りのする入浴剤が入れられていた。
婚約者に傷つけられた後なだけにこんな細やかな配慮に感動してしまう。

あったかい湯に浸かって冷静になった途端、さっきの光景を思いだす。
僕たちの寝るはずのベッドで行為に及んでいた二人……。

由依は僕のことをATMだっていってた。

あんな最低なやつを好きだったなんて……本当、我ながら呆れる。
僕は人を見る目がなかったんだな……。

はぁーーーっ。

大きなため息を吐き自己嫌悪に陥りながら、湯に浸かっていると

「宇佐美くん、大丈夫か?」

とお風呂の外から声が聞こえてきた。

「あ、大丈夫です」

心配かけたのかも知れないと慌ててお風呂から出て着替えを済ませ外に出ると、

「悪い、急がせたかな?」

と謝られてしまった。

「いえ、こちらこそ心配をかけてしまったようで……えっ――!」

ふと時計を見ると、風呂場に入って30分以上が経っていた。

「あ、だから声をかけてくれたんですね。すみません。ぼーっと考え事をしていたら時間が経っていたみたいです」

せっかくリラックスできるようにとお風呂に入らせてもらったのに、あいつらのことなんて考えててもったいなかったな。

「あんな裏切りにあったら考え事をしてしまうのも無理ないよ。ああしておけばこんなことにならずに済んだかもとか、自分のここが至らなかったからかもとか、一人になるといろいろ考えてしまうだろうが、言っておくが宇佐美くんには何の落ち度もないんだ。悪いのは婚約者のいる身で不貞行為に及んだ彼女。浮気や不倫をして寂しかったからとか言い訳をする人間もいるが、だからと言って浮気が正しくなるわけじゃない。宇佐美くんは何も気にすることはないよ。あんなのさっさと忘れるに限る」

「はい。ありがとうございます」

「ベッドのシーツを取り替えておいたから、ゆっくり休んでくれ」

「えっ、僕がベッドをつかうんですか?」

「明日は飛行機で長時間過ごすんだろう? 今日はゆっくりと身体を休めておいた方がいい。私はソファーででも寝るから遠慮しないでくれ」

そうまで勧められたら断るわけにもいかず、僕は誉さんの寝室で寝させてもらうことになった。
シーツは替えていると言っていたけれど、布団に入った瞬間ふわりと誉さんの匂いを感じる。

なんだろう……この匂い。
すごく落ち着くな。

あんな嫌な体験した後なのに、僕はあっという間に深い眠りに落ちていった。
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