上 下
1 / 47

僕たちの家で

しおりを挟む
由依ゆい、結婚しよう」

「わぁっ、嬉しいっ!! 敦己あつき、大好き!! 私、敦己のいいお嫁さんになるね!」


半年前、由依は笑顔でそう言っていたはずなのに……。
僕の人生は一瞬で崩れ落ちた。

  *   *   *

「婚約して早々、長期出張とかごめんな。とりあえず両家の親に挨拶だけは済んでてほっとしたけどさ。まさか、三ヶ月のアメリカ出張に行かされるとは思ってなかったよ」

「仕方ないよ。敦己にどうしてもきてほしいってあっちから言われたんでしょ? 敦己がそれだけ信頼されてるってことじゃない。帰ってきたらそれなりのポジション用意してくれるって言ってるんだから頑張ってこなくちゃ! こっちのことは心配しないで。結婚式の準備は進めておくし」

「ああ。由依がいてくれて本当に良かったよ。急いで終わらせてできるだけ早く帰ってくるからな」

「ふふっ。嬉しいけど、焦って契約書間違えたりしないようにね」

「ははっ。そうだな」

「帰ってきたら、ドレスの試着付き合ってね。あれは自分一人で決めたくないから」

「ああ、綺麗な姿見られるの楽しみにしてる」

そう言って僕はアメリカに旅立った。

時差があって由依との電話こそあまりできなかったけれど、毎日メッセージは届いていたし、時折送られてくる新居の家具の写真を見ては一緒に悩んだり、だんだんと整っていく結婚式の準備に胸を躍らせたり……。
僕たちはずっとうまく繋がっていると思ってた。


「悪い、宇佐美。こっちでお前の力が必要になったんだ。五日でいい。戻ってきてくれないか、頼む」

僕と鎬を削っている同期の上田うえだが切羽詰まった声でそんなふうに頼んでくるくらいだ。
本当に困っているんだろうと思い、僕は日程を調整し急いで本社に戻った。



「お前のおかげで助かったよ。契約も解消されずに済んだし、本当全部お前のおかげだよ。ありがとうな!」

日本に戻ったその足で本社に向かい、会社に寝泊まりしながら進めたおかげか、三日でなんとか事態を収拾できた。
日本に着いたときは青褪めていた上田の顔も、もうすっかり明るく戻っている。
無理して日本に帰ってきた甲斐があったってものだ。
本当に良かった。

「いや、上田が今まで築き上げてきたものがあったからだろ。僕はそれに少し手を貸しただけだ」

「強行で帰ってきてくれたからすぐにあっちに戻るんだろ?」

「ああ。とりあえず今から家に帰って由依と話してから明日アメリカに戻るよ」

「本当に今回は助かったよ! 帰ってきたら今度はたっぷりご馳走するから!」

「ふふっ。期待しているよ」

僕は邪魔な荷物を空港預かりサービスに預け、束の間の再会を楽しむため由依と新生活を過ごす予定になっている自宅に向かった。

婚約してすぐ買ったこの家は、今は由依だけが住んでいる。
本当なら一人残したくはなかったけれど、数年の転勤ならいざ知らず数ヶ月程度では婚約者同伴で出張に行くわけにもいかず、由依だけを残していくことになったんだ。

けれど、由依はなんの泣き言も言わず、僕との新生活に向けて新居を整えてくれているのだから感謝しかない。

今回の緊急帰国は、事態の収束がいつになるかわからなかったため、由依にはまだ話していなかった。
たった一晩しか過ごせないけれど、突然帰ってきたらきっと喜んでくれるだろう。

お土産すらもないけれど、僕が帰ってきたのが一番のお土産だと言ってくれるだろうか……。
そんな淡い期待を持ちながら、自宅への道のりを進んでいった。

奮発して購入した分譲マンション。
僕の会社からも由依の会社からも近くて二人で一目惚れした物件。

オートロックでセキュリティも万全だからこそ、ここに一人で残すことができたんだ。

由依の驚く顔が見たくてこっそりと鍵を開けると、玄関に見慣れない靴が置かれていた。

えっ……。
これ、誰だ?
友達でも来てるのか?

途端にバクバクなる心臓を抑えながら、息を潜め入っていくと僕たちの寝室になるはずだった部屋の中から話し声が聞こえる。
ほんの少し開いた扉から声が漏れていたようだ。

これは嘘だ。
きっと由依が寝室でテレビでも見てるんだろう。

そう思いながら、開いた扉からそっと中を覗いた。


「お前も悪い女だよな。愛しい夫と暮らすはずの家に俺連れ込んだりしてさ」

「やめてよ、気持ち悪い。愛しいとかマジありえないって。あれはただのATMだって知ってるでしょ? あいつ、あんなんなのに同期の中じゃ超出世頭なんだって。今回のアメリカ出張も終わったら相当給料も上がるらしいよ」

「へぇ、じゃあ、その分俺に貢げるな」

「ふふ。ケンちゃんに全部あげるよ。だから、ねぇ、も一回しよ」

「お前、相当淫乱だよな。3回もしてまだたりねぇの?」

「だって、あいつがいない間にたっぷりしとかなきゃ。あいつほんとえっちも下手でさ。全然気持ちよくないし」

「ははっ。えっち下手とか本当金だけの奴なんだな、しょぼいやつ。まぁ、お前の欲求不満はこれまで同様、結婚してからも俺が全部解消してやるよ。ほら、これが好きなんだろ?」

「ああっん! ケンちゃんのもう、おっきくなってる! 奥まで突いてぇーっ」


目の前で始まった淫らな行為に僕は吐きそうになりながらも必死で動画を撮り続けた。
由依の不貞の証拠だ。
もう十分に証拠が取れたところで、重い足を引きずりながら必死にマンションを出た。

あのマンションから1秒でも早く離れたくて、必死で走り続けているとどこに向かっていたのかわからなくなっていた。
顔中に汗をかき、疲れ果てた足を休めようと歩道脇の少し高さのある植え込みのブロックによろよろと腰を下ろした。

はぁっ、はぁっ。

荒い息は走ったせいか、それともあんなものを見てしまったからなのかわからないが、手の震えも止まらない。

もしかしたらあれは僕の夢なのかも……。
そう思いたいけれど、僕のスマホには由依の不貞の証拠がバッチリと写っている。
あれは紛れもない現実だ。

信じていた婚約者に裏切られた……。
その事実がさらに僕を深く傷つけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

(仮)攫われて異世界

エウラ
BL
僕は何もかもがイヤになって夜の海に一人佇んでいた。 今夜は満月。 『ここではないどこかへ行きたいな』 そう呟いたとき、不意に押し寄せた波に足を取られて真っ暗な海に引きずり込まれた。 死を感じたが不思議と怖くはなかった。 『このまま、生まれ変わって誰も自分を知らない世界で生きてみたい』 そう思いながらゆらりゆらり。 そして気が付くと、そこは海辺ではなく鬱蒼と木々の生い茂った深い森の中の湖の畔。 唐突に、何の使命も意味もなく異世界転移してしまった僕は、誰一人知り合いのいない、しがらみのないこの世界で第二の人生を生きていくことになる。 ※突発的に書くのでどのくらいで終わるのか未定です。たぶん短いです。 魔法あり、近代科学っぽいモノも存在します。 いろんな種族がいて、男女とも存在し異種婚姻や同性同士の婚姻も普通。同性同士の場合は魔法薬で子供が出来ます。諸々は本文で説明予定。 ※R回はだいぶ後の予定です。もしかしたら短編じゃ終わらないかも。

契約結婚を申し込んできた夫にちっちゃく復讐しようと思う

きんのたまご
恋愛
〘他に好きな女がいるが結婚はお前とする〙 そう言われその男と結婚したご令嬢はその時の恨みを忘れていません。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 9/14 *『伝統行事』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 番外編更新 8/24 *『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで *『日常のひとこま』は公開終了しました。 番外編更新 7月31日   *『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 番外編更新 6/18 *『ある時代の出来事』 番外編更新 6/8   *女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。 *光と影 全1頁。 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店の事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、ヤクザ組織も持つ惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国し、みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと疑いをかける。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深めていく。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  以降は思いついた時にぽちぽちと番外編を載せていこうと考えています。 ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台であり、現在日本国内には存在しない形の建物等が出てきます。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和6年1/7 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...