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第三章
なんとかしないと!
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<sideアリーシャ>
アズールとヴェルナーがこの屋敷を出て三週間。
日を追うごとにこの屋敷がどんどん暗くなっていく。
家族だけでなく、使用人たちのため息もあちらこちらで聞こえる。
特にベンは毎日のようにアズールが過ごしていた部屋に入って、アズールがいつ帰ってきてもいいように掃除をしていると言いつつも、思い出を懐かしんでいるようにも見える。
いなくなってよくわかるわ。
――ふふっ。お母さまーっ! こっち! こっち!
アズールの笑顔がいつも明るくしてくれていたのね。
アズールがいるのといないのとではこんなにも変わってしまうなんて……。
ヴィルもクレイもなんとか元気に見せているけれど、格段に口数が減ったもの。
このままじゃみんな落ち込んで体調を崩してしまうわ。
うーん、なんとかしないとね。
とりあえず、月に一度は実家に里帰りということをお願いできないかしら?
それなら、少しは我が家の雰囲気も良くなると思うのよね。
「ベン、ちょっとお買い物に行きたいのだけど一緒についてきてもらえる?」
「はい。奥さま。お供いたします」
「あ、二人に心配させたくないから、馬車はいらないわ」
「えっ……ですが……」
「いいの、ねっ」
「はい。承知しました」
ヴィルとクレイが執務室で仕事に励んでいる間に、私の突然の行動を少し訝しんでいるベンとそっと家を出た。
「あの、奥さま……本当はどちらにお出かけになるのでございますか?」
「ふふっ。騎士団の訓練場よ」
「アズールさまにお会いになるのですか?」
「いいえ。アズールがいるかどうかはわからないわ。王子がアズールを連れて行っているとは思えないし」
「では……?」
「ふふっ。内緒」
途中で差し入れのパンを買って訓練場に向かうと、入り口にはアズールが過ごしていた間いつも我が家の警護任務にあたってくれていた騎士たちの姿が見えた。
声をかけようと近づくと騎士たちの方から驚きの表情と共に声をかけられた。
「――っ!! ヴォルフ公爵家の奥方さま。このような場所にお越しいただくとは何かございましたか?」
「いいえ。いつも警護してもらっていたお礼に来ただけなの。マクシミリアンはいるかしら?」
「はい。ただいま中で訓練中でございます。どうぞご案内いたします」
「ありがとう」
見知った騎士が入り口にいてくれて助かったわ。
奥に進むと、騎士たちの闘志溢れる声が響いてくる。
少し緊張しながら、中に入ると、
「アリーシャさま! どうしてこちらに?」
と驚いた表情のヴェルナーが駆け寄ってきた。
「あら? ヴェルナーもここにいたの? てっきりアズールと一緒にいると思ったわ」
「今日は団長と結婚式の準備をなさっていますので、私はその間訓練を手伝っているのです」
「そうなの。ヴェルナーがいてくれたら話は早いわ」
「えっ? 何かございましたか?」
「少しヴェルナーと話がしたいのだけど、いいかしら? あっ、これ騎士の皆さんで召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます。それでは応接室にご案内いたしますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「ええ。ここで待っているわ」
ヴェルナーは私から差し入れの箱を受け取ると、急いでマクシミリアンの元に駆け寄った。
マクシミリアンと話をしている姿を見るのはなんだか久しぶりね。
あの二人には随分と辛い日々を過ごさせてしまったわ。
アズールに発情の兆候が出始めてから、王子との初夜を無事に終えるまでずっと離れ離れにさせてしまったものね。
二人とも自分の仕事には忠実だから、かなり長い日数を別々に過ごさせることになって日々憔悴しきったような表情を見せていくヴェルナーが可哀想で仕方がなかったもの。
アズールが無事に初夜を終えて出てきた時、アズールに対してホッとする気持ちもあったけれど、何よりもヴェルナーを安心させてあげられることも嬉しかったのよね、私。
二人を眺めていると、マクシミリアンがヴェルナーとともに駆け寄ってきた。
「アリーシャさま。お心遣いをいただきありがとうございます」
「いいえ、いつものお礼なのよ。それよりもなぜそんなに離れているの?」
「いえ、今訓練をしたばかりで汗臭いかと……」
「ふふっ。そんなことを気にしていたの? 私たちを守るために必死に訓練をしてくれているのだから気にすることではないわ」
「はい。ありがとうございます」
「少しの間、ヴェルナーを借りるわね」
そう言って、ヴェルナーの腕を取って訓練場を出た。
「こちらでございます」
「ありがとう」
綺麗な応接室のソファーに案内されて、ベンには部屋の外で待機をしてもらった。
「紅茶をどうぞ」
「あら、ここでもうちと同じ紅茶が飲めるのね」
「はい。たまに団長がアズールさまをお連れになるので、アズールさまのお好きなものが揃っていますよ」
「そう。よかったわ。アズールも楽しんでいるようね」
「あの、それで私にお話とは……」
「ああ、そうそう。それが本題だったわ。久しぶりにヴェルナーと会って話ができて嬉しくて。実は――」
ヴェルナーに、アズールとヴェルナーがいなくなってからの日々を話すと神妙な表情で静かに聞いてくれた。
アズールとヴェルナーがこの屋敷を出て三週間。
日を追うごとにこの屋敷がどんどん暗くなっていく。
家族だけでなく、使用人たちのため息もあちらこちらで聞こえる。
特にベンは毎日のようにアズールが過ごしていた部屋に入って、アズールがいつ帰ってきてもいいように掃除をしていると言いつつも、思い出を懐かしんでいるようにも見える。
いなくなってよくわかるわ。
――ふふっ。お母さまーっ! こっち! こっち!
アズールの笑顔がいつも明るくしてくれていたのね。
アズールがいるのといないのとではこんなにも変わってしまうなんて……。
ヴィルもクレイもなんとか元気に見せているけれど、格段に口数が減ったもの。
このままじゃみんな落ち込んで体調を崩してしまうわ。
うーん、なんとかしないとね。
とりあえず、月に一度は実家に里帰りということをお願いできないかしら?
それなら、少しは我が家の雰囲気も良くなると思うのよね。
「ベン、ちょっとお買い物に行きたいのだけど一緒についてきてもらえる?」
「はい。奥さま。お供いたします」
「あ、二人に心配させたくないから、馬車はいらないわ」
「えっ……ですが……」
「いいの、ねっ」
「はい。承知しました」
ヴィルとクレイが執務室で仕事に励んでいる間に、私の突然の行動を少し訝しんでいるベンとそっと家を出た。
「あの、奥さま……本当はどちらにお出かけになるのでございますか?」
「ふふっ。騎士団の訓練場よ」
「アズールさまにお会いになるのですか?」
「いいえ。アズールがいるかどうかはわからないわ。王子がアズールを連れて行っているとは思えないし」
「では……?」
「ふふっ。内緒」
途中で差し入れのパンを買って訓練場に向かうと、入り口にはアズールが過ごしていた間いつも我が家の警護任務にあたってくれていた騎士たちの姿が見えた。
声をかけようと近づくと騎士たちの方から驚きの表情と共に声をかけられた。
「――っ!! ヴォルフ公爵家の奥方さま。このような場所にお越しいただくとは何かございましたか?」
「いいえ。いつも警護してもらっていたお礼に来ただけなの。マクシミリアンはいるかしら?」
「はい。ただいま中で訓練中でございます。どうぞご案内いたします」
「ありがとう」
見知った騎士が入り口にいてくれて助かったわ。
奥に進むと、騎士たちの闘志溢れる声が響いてくる。
少し緊張しながら、中に入ると、
「アリーシャさま! どうしてこちらに?」
と驚いた表情のヴェルナーが駆け寄ってきた。
「あら? ヴェルナーもここにいたの? てっきりアズールと一緒にいると思ったわ」
「今日は団長と結婚式の準備をなさっていますので、私はその間訓練を手伝っているのです」
「そうなの。ヴェルナーがいてくれたら話は早いわ」
「えっ? 何かございましたか?」
「少しヴェルナーと話がしたいのだけど、いいかしら? あっ、これ騎士の皆さんで召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます。それでは応接室にご案内いたしますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「ええ。ここで待っているわ」
ヴェルナーは私から差し入れの箱を受け取ると、急いでマクシミリアンの元に駆け寄った。
マクシミリアンと話をしている姿を見るのはなんだか久しぶりね。
あの二人には随分と辛い日々を過ごさせてしまったわ。
アズールに発情の兆候が出始めてから、王子との初夜を無事に終えるまでずっと離れ離れにさせてしまったものね。
二人とも自分の仕事には忠実だから、かなり長い日数を別々に過ごさせることになって日々憔悴しきったような表情を見せていくヴェルナーが可哀想で仕方がなかったもの。
アズールが無事に初夜を終えて出てきた時、アズールに対してホッとする気持ちもあったけれど、何よりもヴェルナーを安心させてあげられることも嬉しかったのよね、私。
二人を眺めていると、マクシミリアンがヴェルナーとともに駆け寄ってきた。
「アリーシャさま。お心遣いをいただきありがとうございます」
「いいえ、いつものお礼なのよ。それよりもなぜそんなに離れているの?」
「いえ、今訓練をしたばかりで汗臭いかと……」
「ふふっ。そんなことを気にしていたの? 私たちを守るために必死に訓練をしてくれているのだから気にすることではないわ」
「はい。ありがとうございます」
「少しの間、ヴェルナーを借りるわね」
そう言って、ヴェルナーの腕を取って訓練場を出た。
「こちらでございます」
「ありがとう」
綺麗な応接室のソファーに案内されて、ベンには部屋の外で待機をしてもらった。
「紅茶をどうぞ」
「あら、ここでもうちと同じ紅茶が飲めるのね」
「はい。たまに団長がアズールさまをお連れになるので、アズールさまのお好きなものが揃っていますよ」
「そう。よかったわ。アズールも楽しんでいるようね」
「あの、それで私にお話とは……」
「ああ、そうそう。それが本題だったわ。久しぶりにヴェルナーと会って話ができて嬉しくて。実は――」
ヴェルナーに、アズールとヴェルナーがいなくなってからの日々を話すと神妙な表情で静かに聞いてくれた。
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