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第三章

兄の想い

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<sideクレイ>

「父上、母上。おはようございます」

あれ? 父上がコーヒーを飲んでいないとは珍しいな。
いつもなら食事の前にコーヒーを飲んで家族が揃うのを待っているはずなのに。
なぜだろう、父上の前に何も置かれていないことがなんだかやけに気になってしまった。

「あ、ああ。クレイか、なんだ、今朝は遅いな」

「はい。なんだか夜明け前に少し騒がしかったので眠りが浅くなってしまったようです。その後うつらうつらして、つい二度寝をしてしまったようで……申し訳ありません」

「い、いや。気にしないでいい……」

今朝起きた時から、何となく屋敷内にピンと張り詰めた空気が漂っているのを感じていた。
その上での今の父上の反応を見ただけでも何かあったことは容易に想像できた。

「何かありましたか?」

「んっ? うーん。まぁ、その……なんだ」

「どうなさったのですか?」

なんとも歯切れの悪い父上がチラリとアズールの席に視線を送る。

そういえば、いつもなら、私よりも先にアズールが席についているはずなのに、今日はまだアズールの姿を見ていない。

「――っ!!! あっ……ちち、うえ……も、しや……」

「ああ。お前の想像通りだろう。未明にアズールに発情期が来た」

「――っ!!!! こ、こんなに、早く……? ど、どうして……」

あまりにも早いアズールの旅立ちに、私はその場に崩れ落ちた。

「クレイ、落ち着いて」

「アリーシャ、ここは私に任せてくれ。クレイ、お前の気持ちはよくわかる。私もアズールの発情を知った時は同じように辛く感じた。だが、今までずっと我慢しておられた王子がようやく念願を叶えられたのだ。お前もわかるだろう? それがどれほど辛い道のりであったかは……」

わかっている。
それは十分わかっているのだ。

運命の番を前に必死で自分の欲望と戦っておられた王子を私はずっと近くで見てきた。
私が留学から戻った頃にはアズールもずいぶん大きくなっていたが、アズールの放つ匂いもかなり強くなってきたことだろう。

私は血を分けた兄であるから、アズールの放つフェロモンに誘惑されることはないがそれでもアズールの甘い匂いを感じることはできる。
あれが自分の運命でそれをずっと隣で感じているとしたら、私ならその衝動を抑えることはできないだろう。

王子は本能のままに動くとされている獣人であるのに、私よりもずっと理性的だ。
アズールが生まれてからずっとこの時を待ち望んでおられた王子を、本当ならば私は祝福しなければならないのだ。
このように落胆すべきではないのだ。

ああ……もういい加減アズールから卒業するべきか……。

あんなにも可愛らしく『にぃに』と呼んでくれたアズール。
結婚しても私の可愛い弟であることに変わりはないが、もう王子のものだと理解するべきなのだろうな。

悲しいことだが、これも成長だということか。

「私は本当の夫夫となる二人を祝福すべきなのですね」

「ああ、そうだ。さすが我がヴォルフ公爵家の跡継ぎ。理解してくれたのだな」

「それで、これからはどうなるのですか? ここで初夜を迎えて、そのままここで生活をするのでしょうか?」

「いや、それはなかろう。初夜が終わって落ち着けば、王子はきっとアズールをすぐに城に連れ帰るはずだ。結婚式は予定通りアズールの誕生日に行うことになるだろうな。もうすでに招待客にも連絡をしているだろうし。まぁ、だがそれもわからん。王子がアズールとの結婚式を早めたいと仰れば、陛下のことだ。日程を早められるかもしれんな。いずれにしても、この初夜がいつまで続くかだが……」

「えっ? いつまで、とは? 長くても三日くらいなのでないですか?」

「いや、王子は獣人なのだぞ。しかもこれまでずっと我慢を重ねてきたのだ。三日で満足するとは思えん。五日は覚悟しておいた方がいいだろうな」

「い、五日、ですか? アズールはそんなに長い期間、大丈夫なのですか?」

「それもなんともいえん。中に入れぬのだからどうしようもない。何かあってはいけないから、お前は決してアズールの部屋には近づくな」

元々、王子の意見により私とアズールの部屋はかなり離されている。
だからこそ、未明のその時も気づかなかったんだ。

「我々にできることは、ただ黙って部屋の扉が開くのを待つだけだ」

早く出てきてほしい気もするし、交わりを知ってしまったアズールの姿を見たくない気もする。
まぁ、どうしようもないのだけど。


「旦那さま。お話の最中に失礼致します」

「どうした? アズールに何かあったか?」

「いえ。お城よりアズールさまのお薬が届きまして、途中でお飲ませするようにとのことですが、お部屋のベルが鳴らないうちはお部屋に入ることができませんのでどうしたら良いかとご相談に上がりました」

「うーん、ベルが鳴るまで待つしかないだろう」

「やはりそうですね。承知しました」

本当はすぐにでも飲ませてやりたいが仕方がないのだろう。

初夜の時は他の匂いが寝室に入るのも嫌だというからな。
シーツ交換もせずに交わり続けることだろうな。

それから、毎日、今日こそは今日こそはと願いながら過ごしたが、なかなかベルが鳴らず、六日目に入った頃には私と父上はもちろん、さすがの母上にも心配な様子が見られた。

そして、七日目の夕方、ようやく待望のベルがなったのだった。


  *   *   *


次回ようやく二人が出てきます。
どうぞお楽しみに♡
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