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2人の帰国と美味しい蕎麦

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「なんか重要な連絡でも入るのか?」

倉橋にそう指摘されるほど、俺はずっとスマホを見続けていたらしい。
大切な話し合いの最中だというのに申し訳ない。

「いや、違うんだ。悪い」

「別に俺に謝ることはないが……。そういえば俺、週明け蓮見が帰ってきたら、西表で仕事してくるから1週間ほどここ空けるよ。2人で頼むな」

「ああ。わかった」

そうだ。もうすぐ蓮見と朝陽くんが帰ってくるんだ。
周平さんのことを蓮見に聞いてみようか……。

いやいや、なんて聞くんだ?
お兄さんから連絡がなくて困ってるって?

そんなこと話したらあの日のことを全部説明しないといけなくなる。
初対面のお兄さんにあんなに迷惑かけた話なんてあいつにできるわけがない。
ただの社交辞令だよって知るのも怖いし。
やっぱりそんなこと聞けるはずない。

ガシガシと頭を掻く俺を倉橋は怪訝そうな目で見ながら、

「なんか悩みがあるなら話してくれよ」

と言ってくれたが、大丈夫と返すことしかできなかった。

結局それからさらに数日が経っても周平さんからの連絡はなかった。
そこまで時間が経つと逆に諦めがつくというものだ。
もう待つのはやめよう、自分が辛くなるだけだ。
元々あれは社交辞令だったんだと自分に言い聞かせることにして、彼に連絡先を教えたプライベート用のスマホの電源をオフにした。


今日は蓮見と朝陽くんが帰国する日。

空港まで迎えに行くと、2人が出てくるはずの到着ゲートにはたくさんの報道陣が待ち構えていた。
到着まであと1時間以上あるというのにすごい意気込みだ。
明日、正式に記者会見をすると通達しているにも関わらずこんなに集まっているのは、同性婚を公表した2人がどんな表情で出てくるかをいち早くカメラで撮ってやろうという好奇心だろうか。

そのことに少し苛立ちを覚えながら、蓮見と朝陽くんの到着を報道陣に見つからない場所で待っていた。
2人が乗った便が到着してそろそろ出てくる頃かと思っていると、日本で騒がれていることなどお構いなしの様子で、蓮見も朝陽くんもほんの少しの隙間があるのは許せないとでもいうようにピッタリくっつきながら到着ゲートに現れた。

2人のその甘々なラブラブっぷりに待ち構えていた報道陣さえも呆気に取られた様子だったから、俺はその隙を盗んで2人を引っ張って待たせておいた車に乗せた。

「もっと騒がれるかと思ったけど、楽勝だったな。ははっ」

「うーっ、恥ずかしかったです」

蓮見はあっけらかんとしているが、朝陽くんの方は人前でのイチャイチャに本当は照れていたらしく、今頃になって顔を赤らめていた。

「そりゃああんな堂々とこられれば拍子抜けもするだろう」

「ふふっ。なら、よかった。朝陽、私の言った通りだろう?」

どうやら蓮見の差し金であんな登場の仕方をしたようだが、まぁそれがうまくいったのだからよしとしよう。
あの報道陣たちは蓮見たちの気まずそうな表情を撮れずにガッカリしたろうな。
ふっ。いい気味だな。

「このまま自宅へと送ろうか?」

「ああ。そうだな……。あっ、その前に銀座の『信桜しのざくら』に連れていってくれないか?」

「『信桜』って日本蕎麦か?」

「ああ。1週間も日本食を食べないでいるとやっぱり恋しくなるもんだな。朝陽も蕎麦を食べたいっていうから、蕎麦といえばあそこだろう?」

「……確かに『信桜』は旨いが、席が空いていないんじゃないか?」

あそこは日本蕎麦にして5つ星を獲得している店でいくら俺たちでも急に席を取るのは難しいだろう。
そう言ったのだが、蓮見は

「大丈夫だ。さっき機内から予約しておいたから。ちょうどキャンセルがあって席が取れたんだよ」

と言ってのけた。

「そうなのか? なかなかの運だな、それは」

俺も久々に『信桜』の蕎麦が食べられるとあって、喜び勇んで銀座へと向かった。

ただでさえ騒がれているこの時期にトップ俳優の朝陽くんが銀座を歩けば大騒ぎになりそうなものだが、朝陽くんはスーッとオーラを消して一般人に溶け込んでいる。
こういうところ、さすがだな。

なんの支障もなく店へと着き、蓮見と名乗るとすぐに個室へと案内してくれた。

案内された部屋の襖がスーッと開いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのはずっと連絡を待ち望んでいた彼・周平さんの姿だった。

「えっ? はっ? な――っ、どういう、こと??」

慌てふためく俺をよそに蓮見と朝陽くんは、周平さんがいるのを知っていたかのようになんの驚きもなく中へ入っていく。

「浅香、いい加減落ち着いて入ってこい!」

座敷に腰を下ろした蓮見がそう声をかけてくるが、俺はまだ頭の中が混乱していて落ち着けそうにない。

すると、周平さんがスッと立ち上がって俺の元に近づいてきた。

「敬介……まだ怒ってるのか?」

俺の手を取りながらそう囁いてくる。

「えっ? お、怒ってるって……」

「ほら、こっちに座って」

意味もわからずにただ引っ張られるがままに彼の隣に腰を下ろすと、俺たちの様子を見ていた蓮見が口を開いた。

「どうせ、兄貴が浅香を怒らせたんだろう? 大体俺がいない間になんでこんな急に仲良くなってるんだ?」

いやいや、なんでってこの状況の方を先に教えてほしい。
一体どういうことなんだ?

「あ、あの、一体……?」

どういうことなのか知りたくて隣に座る周平さんに目をやると、周平さんは申し訳なさそうな顔で話し始めた。

「実は、君と別れてすぐに2週間の海外出張が入ってね、君に連絡もできずにバタバタと出国したんだ。それでも2週間も君と会えないなんて我慢できないと思って死に物狂いで仕事を終わらせて1週間で帰国できることになったんだ。それで慌てて君に連絡したら電源切られてたみたいで全然繋がらなくてさ。焦ったよ」

そうだったんだ……。
俺、てっきり社交辞令だったんだと思って勝手に諦めてた……。

周平さんは愛おしそうに俺の手を取り優しく撫でながら、

「1週間以上も君のことほったらかしにしたからきっと怒ってるんだろうと思って、涼平に連絡してここに連れてきてもらうように頼んだんだ。やっと会えた……長かったよ、君に会えない時間は」

と苦しそうな声でそう言ってくれた。

「……周平さん」

俺が電源切ってたから俺に会うためにわざわざこんな……。
周平さんに苦しい思いさせてしまったっていうのに、やばいっ、なんかすごく嬉しいっ……。

嬉しくなって彼を見つめると、

「敬介……会いたかった……」

そう言って急にギュッと抱きしめられた。
彼の温もりと匂いにドキドキする。

「わぁっ!」
「はいはい。悪いけどそういうのは2人っきりでやってくれないか?」

朝陽くんが感嘆の声をあげる隣で蓮見は鬱陶しそうに抱き合う俺たちを冷ややかな目で見ている。

そうだ! 蓮見たちが居たんだっけ。
俺は恥ずかしくて周平さんの胸を押しのけようとするが、ギュッと抱き込まれて離れることもできない。

「彼を連れてきてくれたことは感謝してるが、こういうところは気を利かせるもんだろう。全くお前は……」

「兄貴と浅香がこんな関係になってるなんて全然知らなかったんだから当然だろう。大体兄貴と親友のラブシーンなんて見たくないだろ、普通。それよりも先に蕎麦を注文させてくれ。朝陽もお腹空かせてるんだ」

「ああ。それは悪かったな。朝陽くん、今日は私の奢りだからなんでも好きなものを食べてくれ」

「はい。ありがとうございます」

周平さんは朝陽くんに笑顔を向けた後で俺の方に目をやり、

「ほら、敬介も好きなものを選んでくれ」

と優しい声をかけてくれた。

「あ、はい。ありがとうございます」

いつの間にかすっかり名前呼びされていることに少しドキドキしながら、俺はメニュー表に目を向けた。

皆が一通り注文した後で、周平さんが朝陽くんに声をかけた。

「私事で驚かせて悪かったね」

「いえ、とんでもないです。でもお義兄さんと浅香さん、すごくよくお似合いですね」

屈託のない笑顔で改めてそう言われるととてつもなく恥ずかしさが込み上げてくる。

少し離れようとすると、スッと長い腕が腰に巻き付いてきてピッタリとくっついてくる。

「あ、あの……周平さん」

蓮見の前でこんなにくっつくのが恥ずかしくてたまらないのだが、全くいうことを聞いてくれない。
それどころか、

「私が隣にいるのが嫌なのか?」

と悲しげな表情でそんなことを言われる始末。

そんなことを言われては結局離れることもできず、ただ黙って隣に座っていた。

「まぁ諦めるんだな。兄貴はお前をずっと気に入ってたから……」

「はぁっ?」

突然の蓮見の爆弾発言に俺は驚きの声をあげた。
そして、恐る恐る隣にいる周平さんに目を向けると、彼は少しバツの悪そうな顔をした。

「うっ、まぁ……なんというか、その通りなんだが……。涼平っ! もっとオブラートに包んで言えないか?!」

「だってその通りだろう? 俺が友達と芸能事務所作るって言って写真で浅香と倉橋を紹介した時から、浅香に興味持ってたじゃないか」

嘘だろっ? 本当に?
驚きすぎて声も出せなくて周平さんを見つめていると、

「実はそうなんだ……。この前、あのBARで会ったのも君がきたら連絡してくれってあの店のオーナーに前もって頼んでて、急に連絡がきたから急いで向かったんだ。まさかカナダ帰りに呑みにくるだなんて思ってなかったからね。でも、なかなかタイミングが合わなくてずっと会えずにいたからあの時は嬉しくて飛んでいってしまったよ」

と少し照れた様子で話してくれた。

そうだったんだ……。
あの店で出会ったのは偶然じゃなかったのか。
周平さんが俺を見ていたあの優しい眼差しは弟の友達に対するものじゃなかったんだな……。

「引いたか?」

「あ、いえ、全然。俺、あれから周平さんのことが頭から離れなくて……でも連絡なかったからただの社交辞令だったんだと思って諦めようと思ってたんです。だから、今日会えて嬉しいですよ」

正直に今の思いを口にすると、

「――っ!」

彼は息を詰まらせて嬉しそうに俺を抱きしめた。

「だから、そういうのは2人っきりでやれって」

蓮見の呆れた声が聞こえているだろうに、周平さんの俺を抱きしめる腕は全然離れようとしなかったけれど、そのタイミングで襖の後ろから店員さんの声が聞こえて、俺が慌てて周平さんの身体を押すとようやく離してくれた。

美味しそうな天ぷらと蕎麦が机一杯に並べられ、俺たちは一旦食事を楽しんだ。

蕎麦を食べながら、蓮見がニヤリと笑って俺を見る。

「なんだ?」

また揶揄われるんだろうかと思いながら問いかけると、

「兄貴は自分のものだと思ったら絶対に離したりしないぞ。俺なんかよりもずっと独占欲は強いから覚悟しておくんだな」

と言ってきた。

蓮見以上に執着系……?
朝陽くんをあれだけ溺愛して執着して絶対に離さないだろう蓮見よりも強い独占欲??

その言葉にゾクリと身震いしたが、正直そこまで愛されることへの興味がないとは言わない。
というより、むしろ好奇心旺盛な俺になんとなくぴったりな予感がする。

そう思いながら周平さんを見ると、彼は意味深に笑っていた。

食事を終え、ここまで2人を連れてきた車に戻ろうとすると蓮見に

「俺たちは2人で自宅に戻るからいいよ」

と言われ、えっ? と思った時には蓮見は朝陽くんを車に乗せ颯爽と走り去っていった。
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