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番外編

ある教授夫夫のお話

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素敵なリクエストをいただき、妄想が捗ってかなり長いお話になってしまいました。
もはや航でも祐悟でもない視点でのお話ですが、伊織の昔話と舞台に行った航たちと同日の4人の旦那たちの様子を書いてみましたので楽しんでいただけると嬉しいです♡





志良堂しらどう教授、おめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」

もう何度声をかけられたか数を数えるのも億劫になる程、大勢の教え子たちが私の退職を祝ってくれる。

大きなホテルの一番広い会場を貸し切ってのパーティーだが、当初の予定ではこれほどまでに大規模なものになる予定ではなかった。

そもそも、私の退職パーティーをしましょうと発案してくれたのは、私の愛しいパートナー・鳴宮なるみや皐月さつきだった。

まだパートナーシップも存在しない頃から、私たちはお互いを生涯のパートナーとして大学内で堂々と公表をしていた。
それに難色を示すものたちもいたが、私と皐月の実力で説き伏せ誰にも文句など言わせなかった。
大学側としても我々に他所に行かれたら困るということもあったのだろう。
また、その頃桜城大学の学長となったすめらぎ学長が同性同士の偏見もない方であったのも我々にとっては追い風だったのだ。

私たちはそんな恵まれた中でこれまでずっと愛を育んできたのだ。
皐月と出会ってからもう30年近くになるだろうか、私を献身的に支えてくれた私の皐月は今も美しい。


そんな皐月が私のためにと発案してくれたパーティーの良き相談相手になってくれたのが、皐月の教え子の中でも群を抜いて優秀だった浅香敬介くんだ。

彼は卒業後、イリゼリゾートホテルという今は国内に数カ所、プライバシーを重視するサービスの行き届いたホテルの経営者として手腕を発揮している。
その素晴らしいホテルには私たち夫夫ふうふも何度も宿泊させてもらった。

皐月は私たちにとって素晴らしい思い出のある彼のホテルで私の退職パーティーをしたいのだと浅香くんに相談したようだ。

喜んで賛成してくれた浅香くんと皐月が話を進めていると、私の教え子の中でも特に優秀だった蓮見周平・涼平兄弟と倉橋祐悟くん、そして安慶名伊織が一緒に率先して動いてくれるようになったらしい。

蓮見兄弟と倉橋くんは私のゼミ生だったが、伊織との関わりはそれ以上だといえる。

実は私は沖縄の出身で、高校時代の恩師が伊織の祖父にあたる方だったのだ。
その頃、沖縄から桜城大学へ進学するものは誰もいなかった。
県外大学への進学を親から反対され、高校卒業後はすぐに沖縄で就職するようにと言われていたが、私はどうしても桜城大学で勉強したいのだと高校3年次の担任だった安慶名先生に懇願した。
私の必死な思いを汲んでくれた安慶名先生が両親に頼み込んでくれて、1年間住み込みでみっちりと勉強を教えていただいたおかげで、見事桜城大学への進学を果たした。

あの時の喜びは今でも忘れることはない。

安慶名先生の訃報を知ったのは私が桜城大学の教授となった頃だった。
一緒に合格を喜んでくれた日から実に23年もの月日が流れていた。
その間、年賀状のやり取りはあったものの、両親もとっくに他界していたこともあり沖縄への帰省もほとんどなく、安慶名先生との直接の交流はほとんどなかった。

私の人生においての一番の恩師である安慶名先生の葬儀に参列するために、久しぶりの沖縄の地に降り立ち、そこで出会ったのが先生の孫である伊織だった。

彼は早くに両親を亡くし、祖父である安慶名先生に育てられていた。
そして安慶名先生を失った今、彼は1人になったのだ。

それでも涙も流さず毅然とした態度で喪主としての責務を果たそうとしている彼に私は心を打たれた。
葬儀が終わっても彼から離れ難く、私は声をかけた。

「君、名前は?」

「伊織です。安慶名伊織といいます」

「そうか、伊織くん。君、これからどうする?」

「東京に遠い親戚がいるので、そちらにお世話になることになりそうです」

悲しいだろうに必死に笑顔を見せようとする彼が進学を反対されていた昔の自分と重なって見えた。

「じゃあ、うちに来ないか?」

「えっ?」

「私は君のお爺さん……安慶名先生のおかげで桜城大学に合格することができたんだ。今はそこで教授をやっているんだよ」

そう言って名刺を渡すと、彼は食い入るようにその名刺を見つめていた。

「実は僕は桜城大学に行きたくて……ずっと勉強してたんです」

「そうか。なら、うちで頑張りなさい。もちろん正々堂々だぞ」

「はい。もちろんです!! 僕は立派な弁護士になりたいんです!!」

「そうか、それは頼もしいな」

皐月には何も相談せずに勝手に伊織を引き取ることを決めてしまったが、一足早く東京に帰り、皐月に話すと喜んで賛成してくれた。
それからすぐに我が家に伊織を招き入れ卒業までの2年間しっかりと面倒を見た。

そして、見事合格を果たした伊織は一人暮らしがしたいのだと我が家を出ていった。
きっと私たちに遠慮したのだろう。
安慶名先生が伊織の大学資金にと貯めていたお金を家を借りるお金と当面の生活費に充て、学費は学力優秀者として桜城大学の奨学金を得ていた。
大学の費用を奨学金で賄いながら、司法試験に早く合格することを目標にバイトは極力せず必死に日々を過ごす伊織に、私は度々用事を言いつけその報酬として食事を食べさせ、時にお小遣いを渡していた。

その頑張りのおかげで大学3回生で見事司法試験に合格した時は、私も皐月も一緒になって喜んだ。
私が桜城大学に合格した時に喜んでくれた安慶名先生の気持ちがあの時よく分かった気がした。

久しぶりに伊織から連絡があって紹介したい人がいると言われたのは卒業から数年が経った頃だったか。
皐月と緊張しながら待っていた我が家に伊織が連れてきたのは、凛とした佇まいを持つ外見も中身も美しい男性だった。

ふふっ。あの時は驚いたな。
高校時代も大学に入ってからもいろんな人から好意を持たれていたのは知っていたが、伊織が誰かと付き合ったという話は聞いたことがなかった。
もしかしたら、伊織は私たちと同じだろうか? と思ったこともあったが、それはこちらから詮索することではない。

いつの日か話してくれる日を待とう。
そう2人で話していた私たちに伊織は最高の人を連れてきてくれた。

お相手の彼は元々同類ではなかったようだが、伊織の全てを好きだと話してくれた。
そんな彼に好感を持ったのは私だけではなく、皐月も気に入っていた。


そんなこんなで話が脱線してしまったが、とにかくそれぞれ素晴らしい経営者、そして弁護士となり華々しい生活を送っている彼らが私の退職パーティーに参加するという話を聞いた他の教え子たちからの参加が殺到し、当初5、60人程度の予定だった参加者は200人を優に超えてしまった。

会場も一番広い会場に変更となってしまい、もはや私の退職祝いに来てくれるのか彼らに会いに来るのかわからないほどだ。

まぁ、表向きは先日同性婚を発表した蓮見涼平くん以外は独身ということになっているから、参加者たちは優秀な彼らとの出会いを期待しているのだろう。
だが、それは叶わぬ夢だろうな。

なんせ伊織をはじめ、彼らにはもうすでにそれぞれ愛しい伴侶がいるのだから……。



ー申し訳ありません、鳴宮教授。今回のパーティーには敬介は参加させません。

ーええーっ、どうして? 浅香くんはずっと相談に乗ってくれていたのに……。

皐月あてに周平くんから電話がきたのは退職パーティーがある予定の1ヶ月ほど前だった。

ー敬介は私の大切な恋人になったんです。だから、敬介を狙うハイエナどものいるパーティー会場には行かせられません。

ーえっ? 敬介くんがあなたと? いつの間にそんなことに?

ー話せば長くなるんですが――

と話してくれた内容に皐月も、皐月から話を聞いた私も驚いてしまった。

近いうちに一緒に挨拶に来ることを約束して、浅香くんのパーティーへの不参加を認めたのだった。


パーティー当日。
今か今かと彼らの到着を待っている参加者の前に、ようやく彼らが揃って現れた。

仕立ての良いスーツを綺麗に着こなし、誰が見てもわかるこれぞ成功者とわかる出立ちで颯爽と現れた彼らに会場中の視線が突き刺さる。
一気にいろめきだった会場だが、彼らは周りになど見向きもせず、一直線に私と皐月の元へとやってきた。

志良堂しらどう教授、本日はおめでとうございます」

「ああ。来てくれてありがとう。今日は楽しんで行ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

私とひと通り挨拶が終わると、それを待っていたかのように男女問わず彼らに群がってくる。

まずは周平くんに。

「あの、蓮見先輩。お久しぶりです。私のこと覚えてますか?」

「いや、申し訳ないが……誰だったかな?」

「同じ授業を取ってた相原あいはら那奈ななです。隣の席にもなったことがあるんですよ」

そんなのいちいち彼が覚えているわけがないだろう。
グッと出かかった言葉を必死に飲み込む。

「そうか。それで相原くん、何か?」

「えっ? あ、あの……蓮見先輩、今お付き合いされている方がいないんだったら私と……」

「ああ、そういうことなら申し訳ないが、私には心に決めた人がいる。君の入る余地などないよ」

「えっ、でも……指輪もしてないじゃないですか」

「ふっ。指輪か……。私の恋人の美しさに敵う指輪が見つからなくてね。だから、今特注で作らせてるんだ。
その間、恋人に余計な虫がつかないか心配でたまらないんだが……妥協はしたくなくてね、困ったものだよ」

「あ、ああ……そ、そうなんですね……」

愛しい彼を思い浮かべているのだろう。
周平くんがすっかり骨抜きにされているような表情に彼女も周りの者たちもがっくりと項垂れている。

次は涼平くんに。

彼には誰にも太刀打ちできないほど美しい伴侶がいるから、流石に……と思っていたが、どこにでも強者はいるもので、自信満々に声をかけるものがいる。

3人の女性が揃って涼平くんに近づく。

「蓮見先輩! テレビ見ましたよ! 先輩が同性婚するなんて思わなかったです~!」

「南條朝陽がまさかゲイだなんてね~、びっくりしましたーっ!」

「でも先輩、たまには女性も欲しくなりませんかぁ?」

はぁっ?? 何を言い出すんだ、君は!!
だが、涼平くんはただ何も反応せずにただ黙って話を聞いているようだ。
いや、肩がぴくっと動いている。
あれは相当怒っているぞ。

「南條朝陽ってそりゃあ確かに綺麗な顔してるし可愛くて有名だけど、所詮は男じゃないですか?
抱き心地だって私たちの方が柔らかくて良いに決まってますし。今夜とかこのまま上の部屋で泊まっていきませんかぁ?」

涼平くんが絶対そんな誘いになど乗るはずもないのに、なんであの子たちはあんなにも自信満々なんだ?
さて、涼平くんはどう返すかな?

彼の反応を見てみようと視線を向けると、彼は大きく『はぁーーっ』とため息を吐いて、

「君たちはただ女性だというだけで、朝陽より上にでも立っているつもりなのか?
悪いが、私にとって朝陽は性別など超えた尊い存在なんだ。私が彼を裏切ることなど一生あり得ないし、そもそも君たちのような頭も尻も軽そうな人間には近付きたくもない。だいたい、今日は教授のお祝いに来たんだろう? 私より教授に挨拶にでも行くべきじゃないか?」

とピシャリと言い放った。

彼女たちは顔を真っ赤にして、3人揃って走って会場を後にした。 

参加人数が増えた分、変なのが入ってきて困るな。
そもそもあの子たちと何か関わりがあったか?
記憶力にはまだまだ自信があったはずだが、彼女たちには覚えがない。
大方、誰か知り合いに頼み込んで同伴したのだろうが、そもそも参加は私のゼミ生に限定しておくべきだったな……。はぁっ。

皐月の時は本当に祝ってくれる子らだけですることにしようと私はその時固く心に誓った。

こちらではそんな騒ぎになっているというのに、伊織の方にもたくさんの男女が群がっている。

「あの、今、弁護士をされてるんですってね。伊織さんって素敵なお名前」

うっとりと伊織を見つめる彼女に、

「申し訳ありませんが、あなたには名前で呼ばれたくありません。だいたい初対面で失礼では?」

と冷ややかな目でそう言い放った伊織は、

「どこで知ったのか知りませんが、私のことを何も知らないで肩書きだけで来られても迷惑ですよ」

と笑顔を見せつつも、目が笑っていない。
その鋭い目つきに周りに集まっていた人たちがサーっと離れていく。

「ほら、安慶名さん。教授のお祝いですからその辺で」

と倉橋くんが声をかけると、伊織は『そうでしたね』と先ほどとは違う笑顔を見せる。

さっきの彼女は倉橋くんが助けてくれたと思ったようで、

「あのぉ、ありがとうございます。お礼にこの後一緒にお酒とかどうですか?――きゃっ!」

と彼の腕に縋りつこうとして、倉橋くんにさっと払い除けられていた。

「えっ?」

それが信じられない様子の彼女は、目を丸くして倉橋くんを見つめている。

「悪いが、変な匂いつけられたくないんだ。恋人に誤解されると困る。もう少し離れてもらえないか」

倉橋くんにまでそう言われて、彼女はクッと唇を噛み締めながら彼女もまた会場を出て行った。



「周平くん、涼平くん、倉橋くん、そして伊織。せっかく来てもらったのに、嫌な思いをさせて悪かったな」

「いいえ。教授のお元気そうなお姿が見られただけで来た甲斐がありましたよ」

「そう言ってくれるなら嬉しいが」

「教授、また今度近いうちにどこかでゆっくりと集まりませんか?
私の大切な人を教授にも鳴宮教授にも紹介したいので」

「ああ、そうしよう。倉橋くんにもそういう人がやっと現れたと聞いていたよ。楽しみだな。
君たちもみんなそれぞれ素敵な恋人ができて嬉しいよ」

「大学時代、ずっと教授と鳴宮教授の仲睦まじい姿を拝見していましたから、ずっと教授たちのようなパートナーが欲しいと思っていたんですよ」

「そうか、そう思ってくれるなら嬉しいよ。なぁ、皐月」

「ふふっ。そうですね、私たちのようにみんなもずっと仲良くね」

そう言って私の頬にキスをしてくれる皐月が愛おしくてたまらない。

伊織たちの優しい視線を感じながら、皐月との仲睦まじい様子を見せつけていると、もうそろそろでパーティー終了の時刻がやってきた。

「君たちは二次会には参加するのか?」

「いえ、申し訳ありませんが愛しい恋人たちを迎えにいくことになっていまして」

「そうか、ならすぐに行ってやるといい。夜は危ないことも多いからな。君たちの恋人ならナンパされてもおかしくないだろう?」

私の言葉に倉橋くんが慌てたようにスマホを取り出すと、ピピっと警告音のようなものが鳴っているのが聞こえた。

「おい、航が渋谷の中心部に向かってる」

と青褪めた顔で彼らに告げると、伊織は急いでどこかへ電話をかけ始めた。

「悠真も電話に出ませんよ」

「敬介も電源入れてないみたいだ」

「朝陽もだな」

4人は揃って大きなため息をつくと

「すみません、教授。恋人を迎えにいきますのでここで失礼します」

と揃って頭を下げてきた。

「ああ、気をつけて。近いうちに会えるのを楽しみにしているよ」

そう言って送り出すと、彼らは一目散に会場を出て行った。

ふふっ。今から姫たちを救出しにいく王子のようだな。

影の主役たち4人があっという間に会場からいなくなりざわついた部屋で、私は皐月と2人で微笑み合いながらシャンパングラスをカチンと鳴らした。
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