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協力者の真実

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「誰が来ても絶対に出なくていいからな。それから、昼食はちゃんと摂ること。いいか、疲れたら途中で必ず休憩を入れるんだぞ」

自宅セキュリティは両親から引き継いだ時にすでに一番強固なものに対策済みだ。
防犯カメラやセンサーライトといったのものはもちろん、我が家の鍵はすべて特殊なものでほぼ開けることはできないだろう。
ガラスを割って侵入することも不可能なほど強い窓にしてあるから問題ない。
航が1人で家にいるこの間は玄関チャイムはならないようにセットしてあるから航が玄関に出ることはないはずだが、念の為に出かける時に航に強く言い含めて俺は自宅を出た。

タイミングが良かったのか渋滞にあうこともなくスムーズに銀座イリゼの駐車場に車を止めホテルの中に入ると、ロビーラウンジの一番目立つ場所に座っている砂川の姿が目に飛び込んできた。

はぁーっ、またあいつは……。

ピシッとしたオーダーメイドのスーツを着て、資料を手に優雅にコーヒーを飲んでいる。
まさに仕事のできる男の代名詞のようなその姿に加えて、それをやっているのが美青年とくれば注目を浴びないわけがない。
男女問わずに熱視線を向けられあちらこちらからため息が漏れているが、当の本人は一切気にしていないと言った様子で資料を読み耽っている。

思う存分、人目を引いてるんだよな……。
だが、流石に声をかける輩は現れないか。
あいつから声をかけるなというオーラがバンバン出てるからな。
とはいえ、わざわざこんな目立つ位置にいなくてもという思いは拭えない。

仕方ないなと思いながら、砂川の元に近づくと

「社長、おはようございます」

と俺に気づいた砂川に先に笑顔で声をかけられた。

一瞬にしてロビーラウンジ内が騒めく。

『なにっ? ロビーにいた人もめっちゃかっこよかったけど、迎えにきた人もとんでもなくかっこいいんだけど』
『今、社長って言ってなかった?』
『じゃああの人って秘書?』
『うわーっ、あんな美人秘書って……なぁ』
『ああ、なんかエロいな……』
『すごい、なんかの撮影みたいっ!』

確かに美青年だろうが、エロくはないぞ。
こんなの安慶名さんに聞かれてたら俺はとんでもない目に遭ってたな。
よかった、安慶名さんがいなくて。

「行くぞ」

俺はそれだけ伝えるとすぐにラウンジに背を向け歩き出した。
後ろから砂川がついてくる音が聞こえて歩幅を少しゆっくり目にしてやった。

「社長、早かったですね。もう少し時間があると思ってお待たせしてしまって失礼いたしました」

「いや、それはいいがお前もう少し……」

「なんですか?」

「いやいい。ほら、今日の目的地に向かうぞ」

さっきのロビーラウンジの件について注意しておこうかと思ったが、航ほど無防備でもないから大丈夫だろう。
余計なことを言って安慶名さんに何か報告でもされたら厄介だからな。

不思議そうに見てくる砂川を無視して俺は車に乗り込んだ。

俺の車だから俺が運転をと思ったが、待ち合わせの場所が入り組んだところにあるからと砂川が運転することになり、俺はなんとなく後部座席に座った。
航相手なら助手席に座るんだがな……。
こっちの方が落ち着いて話もしやすいしいいだろう。

高速を通って2時間近くかけて着いた場所は東京からかなり離れた××県の外れ。
県道だか市道だかの小さな脇道に入ったところにあるログハウス風のこじんまりとしたカフェに砂川は車を止めた。

「ここか?」

「はい。約束の5分前。ちょうどいいですね。行きましょうか」

カランカランと昔ながらのドアベルを鳴らしながら店に入ると、砂川はすぐに『待ち合わせです』と告げた。
相手はまだきていなかったらしく、3人だと告げると店員はすぐに奥の席へと案内してくれた。

半個室のような席の下座に腰を下ろして彼の到着を待っていると、それから数分の後に1人の男性が現れた。

「すみません、お待たせしました」

その声に俺も砂川も立ち上がり

「今日はお越しいただきありがとうございます」

と頭を下げると、『いえ、そんな……すみません』としきりに恐縮しながら頭を下げていた。

案内してきた店員にコーヒーを3つ頼んで、
『さぁどうぞ』と砂川が席に案内すると彼は大きな体を小さく丸めながら『失礼します』と頭を下げ席に座った。

平松ひらまつさん、昨日お話しを聞かせていただきましたのに、今日もお時間を頂戴しましてありがとうございます」

「いえ、それで話って……お話しできることは昨日話したはずですが……」

俺は彼のその言葉に自分のスマホを取り出し、彼の目に映るように写真を見せた。

「この名刺はあなたのものですね。平松 友貴也ゆきやさん」

「えっ? あっ――! これ、一体どこで……?」

「栗原先生に見せていただいたんですよ。あなたがBARに就職したときに記念に作ったという名刺ですよね」

彼はその写真を食い入るように見つめてゆっくりと口を開いた。

「そうか、栗原先生に……。はい。確かに俺のです。あ、あの……栗原先生、お元気でしたか?」

「ああ、はい。平松さんのことを気にかけていらっしゃいましたよ」

「そうですか……」

写真に目を向けながら、そう呟く彼に俺は話を切り出した。

「あなたはあの会社に入る前から藤乃くんのことを知っていたのではないですか?」

「……はい。その通りです。俺……栗原先生の家で彼と一度会ったことがあるんです」

「一度会っただけ? それでなぜあなたが『玻名崎商会』に入社することになったのか経緯を話していただけますか?」

「実は俺は――――」

彼・平松くんの話に俺も砂川も驚いた。



彼は高校3年の時に担任だった栗原先生を慕い、卒業後も何度か先生の自宅を訪れているうちに、先生が家族ぐるみで仲良くしているという航の話を聞いた。
偶然にも一度先生の家から出てくる航と顔を合わせてその一瞬で一目惚れをした。
しかし、男同士ということもあって告白などすることもできず悩んでいた。
それと同じ頃、彼は、就職した先のBARの常連客が航の義父であることに気づいた。
義父は金目当てに航の母親を脅し結婚したのだという。
それをベロベロに酔っ払った状態でまるで武勇伝のように語ってみせる義父の姿に怒りを覚えた。
この話をどうやって航に伝えようか、悩んでいるうちに航の母親が不慮の事故でこの世を去った。
母親の死に義父が関わっているかはわからないが、1人残された航のことが心配で栗原先生のところに行き、さりげなく航の様子を聞いたところ、航が受験をやめて『玻名崎商会』に就職するつもりなのだと聞かされた。
『玻名崎商会』の社長は店で見たことがあった。
常連客である義父がここのところ頻繁に連れてきていた客だ。
義父が航の写真を見せ、それを社長がニヤニヤとした顔で見ているのを目撃していた彼は航が狙われていると思い、航を守ろうと決意した。
店で少し酔っ払っていた社長に、なんでもするから『玻名崎商会』で雇って欲しいと何度も何度も頼み込み、航の入社する数週間前にようやく入社を認めてもらった。
社長はやはり航の身体を狙って何度も誘っていたが、彼はその度にこっそりとその場に忍び込み事が起こる前に睡眠薬で社長を眠らせ、酔って眠っていた航をその場から連れ去った。
彼自身、航に手を出したいという気持ちがないわけではなかったが、純粋に航のことを好きだった彼はただひたすらに航を守り続けていた。
この5年の間に何度も何度も計画を企てては失敗に終わる社長は痺れを切らし、同じく航のことを気に入っていたGK興業の沼田に航をやる代わりに他の子を紹介してもらうという約束を取り付け、あの日行動に移した。
社長はこの計画を成功させるために航の上司を味方に引き入れ、航を無理やりあのホテルに行かせた。
その計画に気づいた彼は急いであのホテルに向かったもののすでに航は逃げた後だったが、駆けつけた彼の姿はその時沼田に見られていたらしい。
航が上司に殴られ解雇になった後、沼田からの連絡で彼がいつも社長の邪魔をしていたというのがすべて明るみになり、彼は自主退社ということになっているが実のところは航と同じく解雇になったようだ。
彼にとって『玻名崎商会』への就職は航を守るためのものだったから、航が解雇された『玻名崎商会』になんの未練もない。
彼はすんなりと解雇を受け入れ、東京を離れた。
心残りはあんな形で解雇されてしまった航のことだったが、一度勇気を出して航の自宅へと見に行ったが誰も出てこなかった。
心配しながらも彼にはどうすることもできず、東京を離れた――――

というのが彼の話だった。


俺は話を聞きながら彼の一途な気持ちに心が痛くなった。
と同時に航が彼の思いに気づかなくて本当に良かったとホッとした。
彼のまっすぐな愛がもし航に伝わっていたら……そう思うだけで怖くなる。
だが、航は俺を選んでくれたんだ。

俺は彼の目をまっすぐ見ながら

「なるほど。よくわかりました。平松さん、あなたがのことをずっと見守ってくださっていたんですね。
あなたがいなければ航はとっくに社長の餌食にされていたことでしょう。本当に感謝します」

と頭を下げると、彼はハッと息を呑み

「……そう、ですか……そういうことか……」

と項垂れた。

「あなたには感謝してもしきれない。だが、これからはあなたの代わりに私が全力で守りますから、どうぞご安心ください」

続け様にそういうと彼は、『はい。よろしくお願いします』と小さく震えた声でそう答えた。


「明日にはあの『玻名崎商会』を告発します。あなたの証言をビデオに撮らせていただいてもよろしいですか?」

「はい。あんな会社存在する価値もありませんから。藤乃くんの嫌な記憶がすべて消し去れるように……そしてあなたとの新しい未来に進んでいけるように……俺は協力します」

俺は砂川と顔を見合わせて微笑んだ。
これで『玻名崎商会』は終わりだ。
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