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一花のマフラー

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<side櫻葉一眞>

一花が我が家にやってきた。
いや、帰ってきたというのが正しいか。

生まれてから十八年の時を経て、ようやく我が家に帰ってきてくれた。

麻友子の墓に参ってくれるだけでも、この十八年抱えていた悲しみも苦しみも辛さも全て消し飛んでしまったというのに、一花の方から我が家に行きたいと言ってくれた。

そして、私が毎日報告を欠かさない麻友子の仏壇に手を合わせてくれた。
これほど嬉しいことはない。

たとえ、戸籍上は我が子で無くなっていたとしても、ここに家族が揃ったことは間違い無いのだ。

征哉くんも、最初に報告を受けたあの日から変わらずに一花に愛情を向けてくれているようだし、父親として我が子がパートナーに愛されていると実感できるのは嬉しい限りだ。

ただ、あまりにも仲が良すぎて目のやり場に困ったが、ここに麻友子がいれば

――征哉さんは、あなたにそっくりだわ

と笑ったことだろう。

麻友子によく似た一花は、一生のパートナーに同じような人を選んだということなのだろうな。

一花との次の楽しみは我が家への宿泊。
征哉くんから聞いて、一花が安心して我が家に泊まれるように私の方でも準備を整えておかなくてはいけないな。

一花と征哉くんの帰宅後に、私は一花から贈られたマフラーを巻いたまま、麻友子の仏壇に向かった。

「麻友子、見てくれ。一花が私のためにマフラーを編んでくれたよ。手先の器用な麻友子の血をしっかり受け継いでいるようで嬉しいよ。ほら、似合うだろう?」

――ええ、よく似合うわ。一花の愛情たっぷりね。

「私が手編みをこんなに喜んで、嫉妬していないか?」

――ふふっ。相手が一花だもの。嫉妬なんてしないわ。一眞さんが喜んでいるのが嬉しいんだから。

ああ、そうだな。
私たちの息子からの贈り物、麻友子が喜ばないわけがない。

「明日、久しぶりに会社に行くからつけていこうか。ちょうど肌寒くなってきた頃だし、つけても大丈夫だろう」

そういうと、写真の麻友子がさらに嬉しそうに笑った気がした。


ああ、一花の作ってくれたものを身につけて会社に行けるなんて……なんて幸せな父親だろうな。
この一目一目に一花の私への愛情が詰まっていると思うと、実に愛おしい。

昨日一花が私の首にマフラーを巻いてくれたことを思い出しながら優しくマフラーを撫でていると、車は櫻葉グループのビルの正面に到着した。

私が来るのがわかっていたからだろう。
史紀くんを筆頭に役員たちが並んで待ってくれているが、ここに一花のマフラーをつけて颯爽と降り立ってやろう。

<side史紀>

今日は二ヶ月に一度の重要な役員会議。
同時にこの日は櫻葉グループのビル内が緊張感に包まれる日だ。

会長である一眞さんは、どんなことがあってもこの日だけは必ず会議に参加される。
それが私がこの会社を引き継ぐことになった時の約束だからだ。

奥さまを亡くされ、一人息子の消息が分からず、憔悴した一眞さんは櫻葉グループの全権を私に譲り、会長の座すらも降りようとなさったが、一眞さんの力もなく若輩者の私だけでは到底櫻葉グループを維持することなどできず、一眞さんの存在だけでも会社に残すこと、そして、名前だけでなく月に一度は必ず会社に来ていただいて、櫻葉一眞の存在をしっかりと社員にも示していただくことを条件に、私はこの会社を引き継いだのだ。

最初の数年はそれでも大変だったが、ようやく軌道に乗ったと言っていい。
それも全て一眞さんの存在のおかげだ。

そんな一眞さんに大きな転機が訪れた。

消息不明になっていた一人息子が十八年の時を経て見つかったのだ。
もう誰もがその存在を諦め、口に出すこともタブーのようになっていた彼が……。

その存在をずっと諦めずにいたのは、一眞さんだけだっただろう。
今回のそれは、一眞さんの執念が身を結んだ結果だ。

彼の発見は、我が社でも大きな話題となった。

そして、今日……息子との対面を果たした一眞さんが初めて我々の前に姿を見せる。

一眞さんは一体どんな言葉をかけてくれるだろう。

緊張のままに役員総出で玄関に並び、到着を待つ。

時間通りに会長を乗せた車が玄関前に止まり、運転手が降りてきて、後部座席の扉を開く時から、私たちが全員で頭を下げて待っていた。

車から降りてくる会長の足が見える。
この時点で緊張感この上ない。

いつもならビリビリと威圧のようなものを感じるが、なぜか今日はそれがない。

それどころか、

「おはよう。今日は素晴らしい日だな」

と今までに聞いたこともない優しい声が頭上から降ってきた。

「えっ?」

並んでいた役員全員から驚きの声が上がり、慌てて顔を上げるとそこには眦を下げ、口角を上げ、にこやかな表情を浮かべた会長の姿があった。

「あ、あの……おはようございます。会長」

「ああ、どうだ? 私に何か変わったところはないか?」

そう言われても、雰囲気から表情から服装も全てが変わっています。
んっ? 服装?

あっ!!!!! なるほど。そういうことか。

「あの、会長。素晴らしいマフラーですね。会長にとてもよくお似合いです」

「おおっ!!! そうか、やはりな。史紀ならすぐに気づくと思ったぞ。これがどういうものか知りたいか? 知りたいだろう?」

「は、はい。どちらでお買い求めになられたのですか」

「ははっ。これはな、私の・・息子の一花が、私のために・・・・・編んでくれた、世界に一つだけの素晴らしいマフラーなのだよ。どうだ? 似合うだろう」

「ええっ!! これを、ご子息が? 会長にとてもよくお似合いです。さすがご子息。会長によく似合うものをご存知なのですね」

「ああ、そうだろう。そうだろう。なんせ私の・・可愛い息子だからな」

「…………」

こんなにも感情豊かな会長を見たのは初めてで驚きしかない。
会長をこんなにも変えてしまうだなんて……ご子息の存在は途轍もない威力があるのだな。
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