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少しずつ、少しずつ……
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<side未知子>
直純くんの表情が和らいでる。
今まで強制された生活を過ごしていたのだもの。
それからようやく解き放たれた感情が溢れているのね。
直純くんを見ていると、一花くんが我が家で暮らすようになってすぐのことを思い出す。
あの子も、かなり洗脳されていた。
何をしてあげても申し訳なさそうな表情をしていて……。
自分が何かしてもらうことにちっとも慣れてなかった。
でも征哉がずっと寄り添って愛情をかけていって、今の一花くんは心からの笑顔を見せるようになった。
焦らずにゆっくりと過ごした結果ね。
直純くんにも征哉のように大きく包み込んで寄り添ってくれるような存在ができたらいいのだけど。
14歳の彼には今はまだ早い。
今の彼にはまず家族としての幸せを感じさせてあげないと。
きっと磯山先生と絢斗くんの優しさが彼に笑顔を取り戻してくれるわ。
「きゅるるっ、わっ! ごめんなさいっ」
直純くんがしたいことのヒントになるかもしれないと話をしていると、突然可愛らしい音が鳴り響いて、直純くんは顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「ふふっ。謝ることはないわ。私もそろそろお腹が空いたと思っていたところだったの」
そう声をかけると、直純くんはまだほんのり頬を染めながらも安心したように笑った。
「もうそろそろ食事もできるころだろうし、リビングに戻ろうか」
「はい」
「未知子さんも行きましょう」
「ええ、磯山先生のお食事楽しみだわ。ねぇ、直純くん」
「はい。ここに来てからの食事はどれも美味しくてびっくりしてます」
今までほとんど同じものばかり食べていたのだもの。
それでも磯山さんの料理が美味しく感じられるのだから、味覚はまだ衰えてなかったみたいね。
初めての味に驚きながらも、いろんな味を楽しめるようになったらいい。
「ああ、そろそろ声をかけようと思っていたんだ。良いタイミングだったな」
磯山先生の優しい声かけに、絢斗くんは嬉しそうに笑っていた。
「未知子さん、どうぞ」
直純くんの隣の席に案内され、腰を下ろすと目の前に魚介類をたっぷりと使ったペスカトーレが置かれる。
「まぁ、美味しそう!」
「ははっ。ありがとうございます」
磯山先生はそう言いながら、直純くんの前にも同じようにパスタ皿を置いた。
直純くんはこれを食べるのが初めてなのかもしれない。
期待に胸を膨らませた表情をしている。
「美味しそうね」
「はい。料理って見ているだけでもこんなにワクワクするんですね」
それは今までの食事がそうでなかったという現れ。
毎日違うものが出てくる。
一見普通とも思えることが彼の中では普通ではなかった。
彼にとって食事がどれだけ苦痛だったのだろう。
食べたくても食べられなかった一花くん。
毎日同じものだけ食べさせられる直純くん。
どちらも不幸で辛い毎日だったはず。
「さぁ、いただこうか」
「はい。いただきます」
それでもこんなふうに綺麗に手を合わせて……。
母親の躾なのかしら。
そんな躾をするなら、もっと食育にこだわってあげればよかったのにと思わずにはいられないけれど、これまでのことを思っても仕方がない。
たっぷりと時間をかけて今までの洗脳を解いてあげないと。
フォークを手にした直純くんは、パスタの巻き方がイマイチわからないみたい。
食べたこともないのだから当然ね。
スプーンを使って巻き取るのは、海外では幼い子供がすることだけど日本では大人でもしているから問題ない。
「こうして巻いてみたら食べやすいわ」
自分のお皿でやってみせると、直純くんは興味深そうにみながら真似をしていた。
こういうふれあいも実家ではなかったのかもしれない。
エビの頭もムール貝の殻もどうしていいかわからない様子の直純くんに、
「これは手を使って良いんだ。ほら、こうしてね」
磯山先生自ら手を使って殻を剥き出し、汚れた手は目の前のフィンガーボウルで濯いでおしぼりで手を拭った。
直純くんは驚いていたけれど、恐る恐る手を伸ばし、自分で殻を剥いて口に運んだ。
「美味しいっ!!」
そんな笑顔を見せた直純くんが初めて年相応に見えた。
食事を終えて、デザートのフルーツを楽しんでいた時、私のバッグからスマホの着信音が聞こえた。
「あら、メッセージが来たみたい、ちょっと失礼するわね」
一花くんとの旅行中に征哉が送ってくるわけがないから、きっと一花くんね。
年甲斐もなくウキウキしながら画面を開くとやっぱり一花くんからのメッセージ。
「写真付き?」
画面を開くと、可愛いゾウのぬいぐるみで顔を隠した浴衣姿の一花くんの写真が写っていた。
ふふっ。きっと征哉が撮ったんだわ。
可愛い一花くんの顔を見せたくなかったのね。
でも、これなら直純くんに見せられそう。
「直純くん、見て。うちの子よ。恥ずかしがり屋さんだから顔を隠しているけど」
そう言って画面を見せると、直純くんの顔が綻んだ。
「可愛いぬいぐるみですね、ゾウさんですか?」
「ええ、今日はうちの子たち、ぬいぐるみ作家さんに会いに出かけていたの。今は温泉旅館で過ごしているわ」
「わぁ、だから浴衣なんですね。温泉……良いなぁ」
直純くんがポツリと呟くと絢斗くんがすぐに反応する。
「じゃあ、直純くん、今度一緒に温泉に行こうよ。ねぇ、卓さん。良いでしょう?」
「んっ? ああ、そうだな。考えておこう」
「ふふっ」
磯山先生はきっと絢斗くんの裸を見せたくないのよね。
さぁ、どうなるかしら。
直純くんの表情が和らいでる。
今まで強制された生活を過ごしていたのだもの。
それからようやく解き放たれた感情が溢れているのね。
直純くんを見ていると、一花くんが我が家で暮らすようになってすぐのことを思い出す。
あの子も、かなり洗脳されていた。
何をしてあげても申し訳なさそうな表情をしていて……。
自分が何かしてもらうことにちっとも慣れてなかった。
でも征哉がずっと寄り添って愛情をかけていって、今の一花くんは心からの笑顔を見せるようになった。
焦らずにゆっくりと過ごした結果ね。
直純くんにも征哉のように大きく包み込んで寄り添ってくれるような存在ができたらいいのだけど。
14歳の彼には今はまだ早い。
今の彼にはまず家族としての幸せを感じさせてあげないと。
きっと磯山先生と絢斗くんの優しさが彼に笑顔を取り戻してくれるわ。
「きゅるるっ、わっ! ごめんなさいっ」
直純くんがしたいことのヒントになるかもしれないと話をしていると、突然可愛らしい音が鳴り響いて、直純くんは顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「ふふっ。謝ることはないわ。私もそろそろお腹が空いたと思っていたところだったの」
そう声をかけると、直純くんはまだほんのり頬を染めながらも安心したように笑った。
「もうそろそろ食事もできるころだろうし、リビングに戻ろうか」
「はい」
「未知子さんも行きましょう」
「ええ、磯山先生のお食事楽しみだわ。ねぇ、直純くん」
「はい。ここに来てからの食事はどれも美味しくてびっくりしてます」
今までほとんど同じものばかり食べていたのだもの。
それでも磯山さんの料理が美味しく感じられるのだから、味覚はまだ衰えてなかったみたいね。
初めての味に驚きながらも、いろんな味を楽しめるようになったらいい。
「ああ、そろそろ声をかけようと思っていたんだ。良いタイミングだったな」
磯山先生の優しい声かけに、絢斗くんは嬉しそうに笑っていた。
「未知子さん、どうぞ」
直純くんの隣の席に案内され、腰を下ろすと目の前に魚介類をたっぷりと使ったペスカトーレが置かれる。
「まぁ、美味しそう!」
「ははっ。ありがとうございます」
磯山先生はそう言いながら、直純くんの前にも同じようにパスタ皿を置いた。
直純くんはこれを食べるのが初めてなのかもしれない。
期待に胸を膨らませた表情をしている。
「美味しそうね」
「はい。料理って見ているだけでもこんなにワクワクするんですね」
それは今までの食事がそうでなかったという現れ。
毎日違うものが出てくる。
一見普通とも思えることが彼の中では普通ではなかった。
彼にとって食事がどれだけ苦痛だったのだろう。
食べたくても食べられなかった一花くん。
毎日同じものだけ食べさせられる直純くん。
どちらも不幸で辛い毎日だったはず。
「さぁ、いただこうか」
「はい。いただきます」
それでもこんなふうに綺麗に手を合わせて……。
母親の躾なのかしら。
そんな躾をするなら、もっと食育にこだわってあげればよかったのにと思わずにはいられないけれど、これまでのことを思っても仕方がない。
たっぷりと時間をかけて今までの洗脳を解いてあげないと。
フォークを手にした直純くんは、パスタの巻き方がイマイチわからないみたい。
食べたこともないのだから当然ね。
スプーンを使って巻き取るのは、海外では幼い子供がすることだけど日本では大人でもしているから問題ない。
「こうして巻いてみたら食べやすいわ」
自分のお皿でやってみせると、直純くんは興味深そうにみながら真似をしていた。
こういうふれあいも実家ではなかったのかもしれない。
エビの頭もムール貝の殻もどうしていいかわからない様子の直純くんに、
「これは手を使って良いんだ。ほら、こうしてね」
磯山先生自ら手を使って殻を剥き出し、汚れた手は目の前のフィンガーボウルで濯いでおしぼりで手を拭った。
直純くんは驚いていたけれど、恐る恐る手を伸ばし、自分で殻を剥いて口に運んだ。
「美味しいっ!!」
そんな笑顔を見せた直純くんが初めて年相応に見えた。
食事を終えて、デザートのフルーツを楽しんでいた時、私のバッグからスマホの着信音が聞こえた。
「あら、メッセージが来たみたい、ちょっと失礼するわね」
一花くんとの旅行中に征哉が送ってくるわけがないから、きっと一花くんね。
年甲斐もなくウキウキしながら画面を開くとやっぱり一花くんからのメッセージ。
「写真付き?」
画面を開くと、可愛いゾウのぬいぐるみで顔を隠した浴衣姿の一花くんの写真が写っていた。
ふふっ。きっと征哉が撮ったんだわ。
可愛い一花くんの顔を見せたくなかったのね。
でも、これなら直純くんに見せられそう。
「直純くん、見て。うちの子よ。恥ずかしがり屋さんだから顔を隠しているけど」
そう言って画面を見せると、直純くんの顔が綻んだ。
「可愛いぬいぐるみですね、ゾウさんですか?」
「ええ、今日はうちの子たち、ぬいぐるみ作家さんに会いに出かけていたの。今は温泉旅館で過ごしているわ」
「わぁ、だから浴衣なんですね。温泉……良いなぁ」
直純くんがポツリと呟くと絢斗くんがすぐに反応する。
「じゃあ、直純くん、今度一緒に温泉に行こうよ。ねぇ、卓さん。良いでしょう?」
「んっ? ああ、そうだな。考えておこう」
「ふふっ」
磯山先生はきっと絢斗くんの裸を見せたくないのよね。
さぁ、どうなるかしら。
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