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◆ 第一部終章 「さようなら」編
83 さようなら 前編
しおりを挟む「アーロン、アーロン! 生徒会長!」
「クッ! ダメだ、いくら僕でも……いくら僕でも魂が離れたら回復は出来ない! 」
無造作に地面に落とされ、そのまま動かなくなったダンジョウの姿にパニックを起こす生徒会長のアーロンと風紀委員長のビーティー。パニックを起こしていたのは、エクスシアと対峙して無傷のままだったこの二人だけではない。
ようやく意識を取り戻した赤竜の姫アルベルティーナや、エーデルトルトやコレットや、首の骨を粉砕されて自力治療中のマクス。
更には、シリルが結界内に入って来た事で下級天使全てのプレッシャーを受け止めているマスターズ・リーグのリーダーであるローデリッヒや、シリルの咆哮に違和感を覚えて講堂から飛び出して来た彼の仲間、エステバンやロミルダ、そしてカティアやジェイサン……おおよそその場にいた地上人全てが、「獄門のダンジョウ」が完全に沈黙し心臓が止まってしまった事を受け入れられずにいたのだ。
更に、腹の底からふつふつと湧き上がる悪寒に拍車をかけていたのは、シリル・デラヒエの身体に起きた異変。
ダンジョウを殺していよいよ念願の獣の数字持つ者を討とうと、シリルににじり寄った能天使エクスシアでさえ近寄るのを躊躇するほどに、その足を止めてしまったのだ。
「ゴゲ! グギギ……ガガガがが! 」
身体中の関節が暴れているのか、ボキボキゴキゴキと関節を鳴らして手足を小刻みに暴れさせながら、意味不明の悲鳴を上げているシリル。
それまではまるで、鋭い爪や牙を忍ばせながら身体をしならせ唸る、どう猛な獣の様な仕草を繰り返していたシリルであったのだが、今は雰囲気からしてまるで違う。
獣どころか人や高位生物を超越したかの様な、狂気で彩られた荘厳な気配を惜しげも無く吐き出し始めたのである。
『お、お前は……! まさか獣の刻印を喰らったのか!? 大いなる父の壮大な計画である黙示録の詩篇の1ページでしかなかったはずなのお前が!? これでは……これでは! 』
奥歯を噛み砕く勢いの歯ぎしりの音が、アーロンたちの元まで聞こえる程に悔しがるエクスシアは、このシリルの異変が予期せぬ出来事だと認識している様だ。
「ゴキゴキ……! ルルルララララ! 」
全身の痙攣が終わると共に、辺りに冷ややかな静けさが漂い始める。もちろんそれはシリルの異変を見守る者たちが無言であるからと言う理由からではない。シリルの表情や雰囲気全てが、何かしら人ならざる者……もっと言えば地上人とも天使とも違う寒気をもよおす様な神々しさを放ち始めたのだ。
「……サタニック……」
やはりなと、シリルを見詰める生徒会長、アーロン・ミレニアムは戦慄しながらそう呟く。
獣の様にトゲトゲしい、近寄る者を噛み殺しそうな悪意な満ち満ちたあのシリルの姿を見れば、かねてからそう抱いていた疑念が確信へと変わっただけの事なのだが、今はアーロンのその確信すらも遥かに凌駕した存在にへと変化してしまった。
【近寄ると痛みすら覚えそうな冷気を放ち、気品を漂わせながらも絶対的な悪意に身を染めた、大いなる父に反旗を翻す者。大いなる父の教えを真っ向から否定する孤高の悪】
「……学園長はお前が殺した。だけどその原因を作ったのは僕だ」
『明けの明星と宵の明星の瞳を持つ者! 獣の数字を喰らい因果の輪から飛び出した者! ヒイイ、来るな! 私に近寄るな! 』
「僕は僕が許せない、もし僕が自分の業(ごう)や運命を受け入れていれば、学園長が死ぬ事は無かった。お前に好き放題させる事は無かった。僕は……僕は僕を憎み続けなくてはならなくなった」
だが先ずはお前が憎い、お前も堕ちてみるか? と冷たく言い放つこのシリルの言葉は効いた。
もともと上位天使とサタニックの血を持つ人間として、格の違いは純然たる事実として両者の間に存在はしていたのだが、ダンジョウが殺された事で激昂し、その怒りに任せて大いなる父から押された刻印である獣の数字を喰らい自分のものとしてしまった事で、格の違いは完全に逆転してしまったのである。
片や上位天使、反逆者を討つために地上に舞い降りた能天使エクスシア。
片や伝説の騎士王と最高位から堕ちた堕天使との間に生まれたハイブリッド、天使と悪魔の力をその両の瞳に秘めながら、獣の数字をも自分の力にしてしまった者。
もはや能天使「ごとき」では、シリルに対して万が一の勝ち目があるどころか、尻尾を巻いて逃げ出さないと助からないレベル。
プライドをズタズタにされてもまだ認められないのだと、エクスシアは歯ぎしりしつつシリルを睨んで身構える。
「……堕ちてみるかと問うてはみたものの、あの父のように優しく強かった恩師を殺された身としてはこの湧き上がる復讐心を満たしたい。満たしたくなる程に復讐心が膨れ上がっているぞ」
そう言いながらシリルの瞳が冷酷に輝くと、いよいよ彼の身体に変化が起き始める。
彼の足元から大量の黒い霧が立ち上り始め、更に背中からも黒い霧が吹き出したと思ったら、それがそのまま黒い十二枚の翼へと姿を変えたのだ。
『ヒイイ! 深淵に潜む者、楽園に招かれざる者! や、やめろ……近付くな! 』
シリルが右手の親指と中指を重ね、パチンと指を鳴らす。
すると、エクスシアの足……膝から下が、ゴキゴキベキベキと骨の砕ける盛大な音を立てながら急に渦巻き回転を始め、エクスシアは血しぶきと足の骨片肉片を辺りに飛び散らせながら地面に倒れ込んだのだ。
『ギャアア! 痛い、痛い! やめろおおおお! 』
エクスシアの悲鳴などお構い無しに、シリルはもう一度指をパチンと鳴らす。今度はエクスシアの両腕が肩の付け根からゴリゴリベキベキと、まるで濡れた雑巾を絞る様に回転し、血しぶきを吹き上げた。
『ギヒャアア! アアア! ……あおおおん! 許さん、貴様許さんぞぉっ! 』
あの高慢を気取っていた上位天使がついには、痛みに我慢出来ずに情け無い顔で泣き出した。
「許さないと言われても、そもそもお前に許しを乞う理由が見つからない」
ーー憎いお前がグチャグチャになって泣き喚く姿を見る事で、僕はやっと歓喜に打ち震え始めたんだ。すまないが僕の復讐心が昇華されるまでは、くだらない事を言って水を差さないでくれないか? ーー
再びシリルが指を鳴らす。
バリバリと音を立てながら今度は下顎が限界以上に開き始め、ついには口の皮膚が耳まで裂け、だらんと下がった無気力な舌が、ヒュウ!ヒュウ!と言う声にならない声にリズムを合わせて左右に揺れ動き出した。
「これが、これがサタニックの真の力だと言うのか? 」
「確かに強いけど……何だろう、寒気と悪寒を覚えて胸の奥が痛い」
「あの太陽の様に明るかった子が、日向ぼっこする猫の様に可愛かった子が……」
アーロン、ビーティー、そして回復が順調に進んで意識が戻ったエーデルトルトと全ての仲間たち。この光景を固唾を飲みながら見守っていたのだが、あまりにも変わり果てたシリルの様相に、気持ちと心の整理が出来ないでいる。
だが、実はこの時、当の本人であるシリル自身も、落ち着き払った仕草やいでたちとは反比例するかの様に、内面での葛藤で心が爆発しそうになっていたのである。
“……違う、違う! こんなの僕じゃない! 僕はこんな残酷な事喜ばない!……”
“……生徒会長、エーデルトルトさん、ビーティーさん、ベル! それにロミルダさんたちも……”
“……みんな、みんな僕を見ないで! そんな怖い顔しないで! 僕はシリルだ、みんなの知ってるシリルだよ! ……”
のたうち回り涙を流すエクスシアに薄笑いを向けながらも、シリルは心の中で泣いていたのである。
だがもちろん、彼は多重人格でも自我が破綻した者でも無い。復讐心が歓喜に昇華する、その甘い誘惑に身体を預けたまま、抜け出せないでいたのである。
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