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◆ 第一部終章 「さようなら」編

80 声

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 王立フェレイオ学園講堂は、避難した生徒や教師たちがクラスごとに固まって「嵐」が過ぎ去るのを待っている。講堂の演壇側では結界構築を得意とする教師たちが、やはり結界師を目指す生徒たちと連なって天使避けの結界維持に集中していた。

「おいおい……何か爆発音や地面の振動が凄い。どうなってんだよ外は? 」

 講堂の片隅に集まる一年B組の生徒たちも他の生徒たち同様、気心が知れてる者たちで集まりながら不安な顔付きで事態の推移を見守っていたのだが、外から聞こえて来る度重なる爆発音とそれに伴う振動に我慢出来ず、仲間内に震える心情を吐露したのだ。

「まただよ! この結界はまだ大丈夫だとしても、外の結界はどうなんだよ!? マスターズ・リーグの人たちや生徒会は……」
「落ち着けエステバン、外に変化があるならば我々にも知らせは入る。今は信じて待つ他は無い! 」
「エステバン落ち着け、ジェイサンも我慢してる」

 ロミルダとジェイサンが必死になって、荒ぶるエステバンをなだめているが、特別エステバンがこう言ったトラブルに弱いのではない。講堂に集められた生徒たちがいくらマスターズリーグ入りを目指す金の玉子たちであったとしても、あくまでも玉子は玉子。空を飛ぶどころか誕生すらしていないのだ。

 ただ、今現在講堂に集められた学園生を不安にさせる爆発音とそれに伴う振動は、天使の群れが巻き起こしている恐怖の足音では無い。地上人を屠ろうと禍々しい顎を開けて迫り来る、あの天使たちの破壊活動では無かった。
 あの次々に聞こえて来る爆発音や振動は、マスターズ・リーグに所属する陰陽師のロロットが呼び出した六体の巨大な式神の足音であり、この世界に舞い降りた二人の自衛隊員が繰り出した衛星爆撃システムの結果である。
つまりは、この激しく聞こえて来る音と振動は、慈悲の欠片も持たずにただ抹殺を目論む天使たちに対して放った、地上人たちの反撃の狼煙なのである。

「みなさん、落ち着いて! マスターズ・リーグと生徒会を信じましょう! 」

 講堂内、生徒たちが学年ごとに塊となっている中で、一年生の学年主任であるアンヌフローリアはことさら声を張り上げて、怯える生徒やいきり立つ生徒たちに冷静さを促している。
 全ては講堂の外の出来事。その出来事の如何によってはこの講堂もそこに集う生徒職員も、悲劇的な末路を辿る事となってしまうのだが、それが現実とならぬように願いながら、今はパニックを抑えるしかないのである。

 ただ、外からの気配に戦々恐々とするそんな環境の中で、たった一人……一年B組のカティア・オーランシェだけは、何か物思いに耽っているかの様な酷くあやふやな表情で中空を見詰めている。
 悪魔召喚士サタニックサモナーの彼女は、望んだ訳では無い闇の仲介者の訪問を受け、精神世界で会話を重ねていたのだ。

 ……混沌に囚われし咎人(とがびと)にして、禁断の果実を人に与えし穢れた賢者。呼んでもいないのに……急にどうしたの?……

 《……いにしえの契約を血で繋げる者、東の森の魔女よ。今日は貴女に喜ばしい日になる事を告げに来た。……》

 カティアの精神世界の中心……両眼の奥の別の映像に、悪魔辞典ゴエティアを携えた羊頭の人間が現れ、そしてカティアに向かって深々と頭を下げる。

 《……私が持つこのゴエティアに、新たなる1ページが加わる日が来たのです……》

 ……ゴエティアに? ……新しい悪魔が……増えるの? ……

 《……そうです、新しい悪魔がまさに誕生するのです。有史以来、この日が来るなどとは夢にも思っていなかった! ……》

 高揚感を隠す事が出来ないのか、羊頭の悪魔は声のトーンをどんどんと上げて行く。それはまさに、サーカスが始まる直前に、観客に向かって幕前で口上を垂れるサーカス団の団長のよう。

 《……最大最強の天使、明けの明星が堕ちた後に産み落とした子、そして数奇な事に獣の数学をも身に纏った闇の申し子! ソロモン72柱の頂点に立ち全てのサタニックを従わせるべくしてこの世に姿を現わすボーン・トゥ・ザ・ディザスター。まさにプリンス・オブ・ダークネス! ……》

 仰々しく、それでいて扇情的なこの口上。羊頭の悪魔は両手を広げてそれを言い終えると、右手で自らの胸を押さえ深々と頭を下げる。

 《……間も無くご誕生あそばします……》

 その時だ。
 ぎゃああああっ!
 と、講堂を貫く様な大きな叫び声が、ここに集った者たち全員の鼓膜を震わせる。
 その声は虐殺天使のものではなくましてや生徒会やマスターズ・リーグの面々のものではない事は、講堂に避難していた全ての者たちが理解出来た。
 何故ならその声は間違い無く思春期にようやく入ったかの様な甲高い少年の叫び声であり、一部の者にはその声の主が一体誰なのかが手に取る様に分かるものだったからだ。

「あ、あれはシリル! 」
「街の人たちと避難した訳じゃないのか!? 」
「確かにシリルの声。ジェイサン聞き間違えない」

 エステバンやロミルダ、ジェイサンが驚愕しているのはそれだけではない。そのシリルの叫び声が、「あの時」のものと酷似しているからだ。

「あれはダメだ! ああなった時のヤツはダメだ! 」
「確かにエステバンの言う通り。彼のあの姿は……我々が見てはいけないような気がする! 」
「エステバン、ロミルダ、行こう。ジェイサンはシリルを止める」

 立ち上がった三人、エステバンは何かしら呆然として座ったままのカティアの腕を取りながら、シリルがいる! 助けに行くぞと、強引に立ち上がらせ、四人で講堂の出入り口へと駆け出した。

「こら! 君たち何をやっているか!? 」
「外は危険だ、この場で待っていなさい! 」

 講堂の外に出ようとしたエステバンたちを見つけた教師たちは、慌てて出入り口の扉に立ってそれを制止しようとするものの、シリルが危ないんだ、シリルを助けなきゃと、エステバンたちは一歩も引かずに外に出ようとする。

「……行かせてあげて! 」

 大人の女性の声が講堂に轟き、そのピシャリとした声量に驚いたのか誰もが口をつぐんで声の主に注目する。
 教師や生徒たちの視線が集中した先にいたのはアンヌフローリア女史。
 動揺を押し殺し、確固たる意志を秘めた瞳でエステバンやロミルダを見詰めながら、学年主任としての立場なのかそれとも保護者の立場からなのか、この場にいない教え子の為に声を絞り出す。

「シリル君の事……お願い。必ず助け出して! 」

 後押しを貰ったエステバンたちは、アンヌフローリアに向かって二、三度首を縦に振り、講堂の外へと出て行った。
 アンヌフローリアもエステバンたち同様、あの少年の叫び声がシリルのものだと分かっていたのである。


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