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◆ どん底シリル登場
01 プロローグ ~騎士王の死~
しおりを挟む「……あの子を、シリルの事を頼めるか?……」
全身に無数の傷を負い、血だらけとなって地面に横たわる老いた騎士は、力尽きて手離した剣の代わりに彼女の手を握る。そしてしなやかで白い肌をしたローブ姿の女性を見上げてそう呟いた。
後に【第一次天使蹂躙】と呼ばれる戦争も、結集した様々な地上人の抵抗で何とか勝機が見えて来た最中の事。このブレスフーレ台地の追撃戦でとうとう、人間種族の頂点とも言うべき騎士王ボードワン・クルゼルが天使軍の凶刃に倒れてしまったのだ。
「王よ、私が浮世の者ではない事を知った上での頼みなら、あの子を人として育てるのを諦めたと言う事か?」
「良く聞け泉の隠者、精霊歌の詠み人よ。この戦、地上の民が間違い無く勝つであろう。だが闘いはそれで終わると思うか? 」
「確かに……。確かに天使の数は無限だと聞く。後の世に再び、地上の民に災いが降りかかると? 」
「そうだ、だからいつか必ず……あの子の力が必要になる」
「騎士王よ、それは危険な賭けになるぞ、あの子は……」
騎士王ボードワンのいかつい手を握りながら、明らかに人知を超えた雰囲気を醸し出しているこの若き女性が何かを言い出そうとした時、騎士王は最後の力を振り絞って空いていたもう一方の手を彼女の手に添える。そして眼をカッと見開いて彼女の言葉を遮った。
「あの乳飲み子が数奇な運命を背負っているのは知っている。だがなエリーゼよ、シリル以外に地上の民を守れる者はいると思うか?」
騎士王の命を懸けた質問に対し返答に窮しているのか、エリーゼの名で呼ばれた女性は何一つ応える事が出来ずにいる。
「頼む……頼む……」
騎士王の血走った眼がエリーゼを貫く。
「……わかったよボードワン。六十数年の腐れ縁だ、シリルは私が預かろう」
「……すまぬ」
やっと心の休まる答えが引き出せたのか、騎士王ボードワンの身体からはすうっと緊張が消え、そのまま瞳の輝きは失われた。
ーーとうとうその時が来てしまった。
悲痛な顔を隠そうともしない老剣士や、既に泥だらけの頬を涙で洗う若き剣士など、家臣たちは騎士王の亡骸から一歩身を引いて取り囲み、膝を折ってこうべを垂れる。そしてその中心では逆にエリーゼが立ち上がり、時代の証人として騎士王の臣下に正式にその死を告げた。
「精霊王エリーゼ・フィオ・デラヒエの名で宣言する、騎士王は今魂の寝所へと旅立った!遺言は無し、我が名誉に誓って遺言は無し! よって皇位継承は第一王子コランタンである! 」
おおっ!と、
感嘆のため息が過分に混ざった、声にならない声をもって、家臣たちはあらためて深々と頭を下げ、エリーゼの宣言を受け入れる。
「公式に」は騎士王ボードワンには長男のコランタンと長女のアデリーヌ、そして次男のジュリアンの三人がいるのだが、三人とも聡明であり後ろ指を刺されるどころか陰口すら叩かれない完璧な後継候補である。
であるならば、年功序列を最優先して長男のコランタンが新たな王になると言う事は、万人が認める既定路線であり、わざわざこの場でエリーゼが宣言しなくてもコランタンが王となり全てを受け継ぐのは周知の事実。
だから王は今際のきわで王位継承者の話などせずに、一番の心配事である訳ありシリルの話を持ち出して、彼の面倒を無理矢理精霊王エリーゼに託したとも言えた。
ーーそれが遺された地上人の将来に対して、最良の選択であるが如く。
古い友人の死を看取った精霊王エリーゼ。彼女が立つ丘の上から西の平原を望むと、地上人(ちじょうびと)と天使の軍団は激しい攻防戦を繰り返しており、炎の魔法やドラゴンのブレスが盛大に空を焦がしている。
人やエルフやドワーフ、亜人や獣人や妖精が混ざり合う混成地上軍は、騎士王の死にまだ気付いてはおらず、ジリジリと後退を始めた天使軍に対して、苛烈さを増した圧力で挑みかかっていた。
……騎士王はその人となりをもって、扇の要となった。騎士王を超える者がいない以上、確かにこの先何かあれば地上人は滅ぶ……
英雄連盟(マスターズ・リーグ)は騎士王ボードワンの尽力により結集し、混沌を嫌った神の意志に抗った。そして地上で生きとし生ける者の総意として、生き抜く事を決意した。
その結果として天使蹂躙に対してこれほどまでに逆襲する事が出来たのだが、全ての種族を取りまとめていた騎士王亡き後、果たしてマスターズ・リーグはどうなるのか、そして再び天使蹂躙の悪夢はあるのか……。
この物語は、騎士王が死ぬ間際に行く末を案じていた乳飲み子がやがて剣を取り、人々の明日のために雄々しく立ち上がった【傭兵王シリル】の、熱く輝いたその生涯を記すものである。
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