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第1章:夢の始まり
第25話:集いし病
しおりを挟む東京都 都心から少し離れた郊外。
広大な敷地に大層立派な西洋造りの洋館。
薄暗い森に囲まれながらも洋館は圧倒的な存在感を放っていた。
大きな門が自動で開き、ロータリー状のなっている駐車場に一台の黒塗りのワゴン車が止まった。
ドアが開き、中からスーツにコートを羽織ったフォーマルな格好なのだが首からアイマスクを下げた不眠症に、シックな黒のドレスに身を纏った恋煩いが車から降りてきた。
続いて恋煩いのタルパ、メライアとガブラスが降り、最後に不眠症のタルパのストレイシープが降りてきた。
「あーー凄まじく面倒くせえ……行きたくねぇなー」
「私だって凄く緊張してるんだから、アンタがしっかりしなさいよ!」
"" ゴツン!""
気怠そうに振る舞う不眠症に喝として脛を分厚いヒールで蹴る恋煩い
「痛っっ」と表情を歪め、脛を抑え蹲る不眠症
「さてさて……働きますか」
不眠症は嫌々そうに言うと、大きな玄関の前に佇む二人の黒スーツの男に話しかけた。
「不眠症様、恋煩い様、お連れのタルパの方は別館にて案内しております」
「ありがとさん」
不眠症は黒スーツの男に案内されタルパ達を離れにある別館の洋館へと向かわせた。
そした、二人の黒スーツの男に案内され屋敷の中へと足を運ばせた。
「ビビってないで早く来いよ。離れない方がいいぜ」
不眠症は手をひらひらとさせ、恋煩いに近くにいるよう催促する。
「び、ビビってなんかないわよ。ちゃんとエスコートしなさい」
引きつった表情を誤魔化し、恋煩いは大きな凝ったデザインの玄関を潜った。
エントランスを抜け、赤い絨毯が引き詰められた薄暗い通路へと出る。
絵画や骨頂品などの高価そうな物が並んでいるのを目の端に止め、奥にある彫刻の紋様が刻まれている大きな扉の前で不眠症は足を止めた。
「いいか、他の幹部とはあまり目を合わせるな。そして、会話も最低限にしておけ。今からお前が会う連中は狂人だ。人の皮を被った化け物だと思え」
「…………わかったわよ」
青ざめた表情を必死に隠す恋煩いに不眠症は最後の念を押した。
そして——不眠症は金色の円錐型の手すりに手をかけ、分厚い両扉を両手で前方へと押した。
「ギィィィ……」
蝶番が軋み甲高い金属音を薄暗い通路に響かせ、重たい扉は開いた。
通路の薄暗さとは打って変わって、部屋の中は木材を基調とした広い洋室である。
暖炉や鹿の剥製などアンティークなどが大きく目を引いた。
その真ん中には大きな楕円型の円卓が置いてあり、そして——その円卓を囲んでいるのは7人の男女であった。
「オイッ! 遅刻じゃねーか!! 俺様を待たせてんじゃねーぞ、ふざけてんのかッ!」
木材を基調とした大広間に怒号が鳴り響いた。
怒号を発した主は、サイドを刈り上げた赤髪のモヒカンに細い眉といった強面の体格の良い30代程の男であった。
モヒカンの男は足を組み、その足を円卓の上に雑に乗せ高圧的な態度で不眠症へと叱咤を向けた。
「悪い悪い、ちょいと野暮用でね。新入りがいるんでお手柔らかに頼むよ『癇癪』」
『癇癪』と呼ばれる赤髪モヒカンの男はバツが悪そうな雰囲気を醸し出し、より表情を険しくさせた。
不眠症は恋煩いを誘導し、円卓にある3つの空席の内2つの席に横並びで座った。
「イライラさせんじゃねーぞクソがッ!」
怒号と共に円卓を踵で蹴り下ろす癇癪
テーブルの上に置かれていたカップや花瓶が揺れ、より険悪化ムードへと悪化した。
「はは、よく吠える犬だね」
張り詰めた空気の中、飄々とした男の声が割って入った。
が——その男の容姿は余りにも『普通』とはかけ離れていた。
マフラーを何枚も何枚も重ねて着ており、体から無造作に垂れ下がるマフラーはさながら『海月』の様な見た目になっていた。
しかし、その男が『普通』とはかけ離れている所はのは別にあった。
『茶色い紙袋』を頭から被っており、目と口の箇所を裂いてあり支障の出ない工夫が施されていた。
歪に裂かれた紙袋の口の箇所はまるで口が裂けたかのように裂かれており、不気味さを倍増させていた。
「……あ? 『作為症』……お前から殺してやろうか?」
「ブルブル……あぁ!? やってみろテメーッッ!! ブルブル……あぁ、下位No.が図に乗らないでもらいたいですね」
『作為症』と呼ばれる男の挑発にすぐさま乗る癇癪。
怒りに飲み込まれたその目は血走っており、獣のような目をしていた。
対する作為症は不気味な事に頭を震わし、途端に喋り方を変えた。
まるで発作でも起きたかのような、持病の症状が露わになったかのような素振りであった。
「ぎゃはっはっは、このタイミングで仲間割れとかおもしれー」
円卓の端の席に座る緑色のマッシュルームカットの華奢な男が手を叩き笑う。
「……なに笑ってんだ『精神病質』、テメーは黙ってろ糞異常者がッ!」
癇癪の怒りを逆なでしたマッシュヘアーの男は『精神病質』と呼ばれた。
『精神病質』は椅子の上に体操座りで座りながら怒り狂う癇癪を観察しキャッキャっと笑っていた。
笑った瞬間に見えた左右の八重歯は髪の毛と同じ『緑色』に塗装されており、薄気味悪さを醸し出していた。
そんな病的興奮が幾多にも重なり合い混乱を招いた。
その時だった——
「そこまでです。全員揃った事ですし幹部会議を始めましょうか」
狂乱の最中に割って入った冷静な声。その途端、大広間は水を打ったかのように静まり返り、平静を取り戻した。
その声の持ち主は長身で眼鏡をかけ、七三分けに髪を流し清潔感の溢れる男であった。
細身のシャツにセーターを着こなし、その佇まいは気品のある上品な物であった。
そして、混沌と化した場を取りまとめたその男は静かな声で言葉を続けた。
「まずは不眠症、二階堂 一守の件の次第を説明してもらいましょうか」
眼鏡の男は静穏な声色で、否、機械的な口調で淡々と会議の進行を進めた。
「了解、『潔癖症』。端的に言うと、二階堂 一守を追い詰めたんだが『ハイエナ』に邪魔をされ、逃げられた。『ハイエナ』の正体は片桐 雷火という男で、懸念してた『十字軍』の残党ではなく厄介な事に『カカラの血筋』の者だ。それと……二階堂 一守に発信機を付けていたんだが、それを見る限り今現在は『北海道』に逃げている模様だ」
『潔癖症』と呼ばれる男に経緯説明を促された不眠症は、煙草に火を付けながら説明をした。
「そうですか、ハイエナの正体は『十字軍』ではなく『カカラの血筋』でしたか……我々タントラに消された血筋だと認識していましたが、隠れて生き延びており、ましてや我々に牙を剥いてきたという事ですね。片桐 雷火……」
潔癖症は眼鏡を直し、報告を噛み砕いた。
片桐の名前を小声で呟き——目を瞑りため息をついた。
そして手元に配布された資料に目を通した。
「二階堂もハイエナもその時に潰しちまえば良かっただろうがッ!」
「無茶言うなよ。俺はひ弱なんだよ。それにな……二階堂も片桐も、お前と張るぐらい強かったぜ」
貧乏揺りをし、苛立ちを全面的に露わにした癇癪は不眠症のその言葉を聞き怒りを爆発させた。
「なんだとッ……そんなら、俺様が今から『北海道』に出向いて全員の首掻っ切ってきてやラァッ!」
「ブルブル……口だけだね。君にそんな力があるとは思えないね……ブルブル……あぁー楽しみ!! 癇癪さんがそんなに働き者なんて!! 凄いよ!」
「この壊れ野郎がァッ!! この場で殺してやるッ! 」
怒りに飲み込まれた癇癪は席を立ち、向かいの席に座るに摑みかかる為に、「ガシャン」と大きな音を立て円卓の上に勢いよく立ち上がった。
「あーもー身体が怠いんだから静かにしてよ……」
円卓に頭を埋めながら、気怠そうに手をヒラヒラとさせた女が言った。
その女はパーマがかかったショートヘアーに褐色の肌をした20代程の女であった。
「それに関しては『無気力症』に同感だ。大声とか自律神経に響くから止めてくれ」
インソムニアはその気怠そうに振る舞う褐色の女を『無気力症』と呼び、首からかけていたアイマスクをサングラスの上から装着した。
そして煙草を大きく吸い、見上げるような高い天井へと煙を吐いた。
「『癇癪』、『作為症』、場を乱さず静かにお願いします。『妄想癖』と『抑鬱症』、報告をお願いします」
潔癖症は静かに、機械的に場を沈めた。
しかし——その目の奥は、ただただ冷たく深淵の底を覗き見た様な瞳をしていた。
「チッ……分かったよッ」
『潔癖症』の殺気に似た何かを察し、怒りを噛み砕き腹に収めた癇癪
そして、歯ぎしりを立てながらおもむろに胸ポケットに手を伸ばし、煙草を口にした。
口にした煙草を噛み切れるほどに噛み、一回の呼吸で煙草が半分灰になる程の吸引力を見せた。
「あ……概ね……順調です……」
円卓の隅に座る地味目の暗そうな丸眼鏡をかけた女が辿々しい口調で喋った。
『妄想癖』と呼ばれた地味目の女は黒いパーカーを頭に被り、存在感を消していた。
「ブツブツ……ブツブツ……」
『抑鬱症』と呼ばれたこの者は異質なガスマスクを顔に着け、そのマスクの隙間からは長く黒い髪の毛がはみ出ていた。
そして、ガスマスクのせいか声量が少ないせいか何を言っているのか聞き取れない程の声で報告を終えた。
「分かりました、ありがとうございます」
「今ので分かるお前が凄いよ」
何事もなかったかのように報告を承認した潔癖症に対し、すかさずツッコミを入れる不眠症
「不眠症、私語は慎むように。私の方からも一つ報告がおります」
不眠症のツッコミに対し機械的に指摘をする潔癖症。
そして、眼鏡をかけ直し話を続けた——
「『モンスの天使』を発見しました」
「!? !?」
潔癖症の一言によって病によって混沌に包まれていた大広間は驚愕が広がった。
「ブルブル……『モンスの天使』ね……本当に居たんだ!」
「マジかよッ……与太話の類じゃなかったのかよッ」
幹部達に驚きが広まり、全員の表情が曇り始めた。
そして、思わぬ訪問者が現れた。
「ふーん、その話面白そうじゃん。もっと詳しく聞かせてよ潔癖症」
ざわついた大広間に一人の男の声が響き渡り、幹部一同は一斉に声の聞こえた奥の扉へと目を向けた。
そこには、銀髪をなびかせ謎めいた表情で壁にもたれかかる神々廻 彰の姿があった。
神々廻の表情からは感情的な物を一切読み取れず、その目はここではない遠くの物を見ているかのような瞳であった。
「彰様、いらしておいででしたか。では、私が知り得た情報を提示します。先日、偵察の任務に就いていた『酒精依存症』が命令に反して二階堂一守の仲間、橘 舞流のタルパのカイルと呼称されるタルパと戦闘を行いました」
「しかし、結果はカイルの圧勝。酒精依存症のタルパのハーメルンは射殺され、酒精依存症も我々の情報を相手側に漏らしました」
潔癖症は自身の目で見た出来事を詳細に、鮮明に淡々と述べた。
「それで僕が依頼を受けてその男を始末したって話。正直、彼はあまり愉しくなかったな。悪く思わないでよ不眠症」
「…………」
神々廻は薄ら笑いを浮かべて愉し気に不眠症に語りかけた。
しかし、当の不眠症はサングラスの上からアイマスクを着け、天井に視線を向けたまま応答をしなかった。
「カイルの想像能力、戦闘能力、圧倒的な想像力イマジン、それらを実際に見て私は彼を『モンスの天使』だと判断しました」
「…………物的証拠は?」
潔癖症の証言に対し疑いの眼差しを向ける精神病質は眼光を鋭く光らせ問いかけた。
「証拠なんていらないよ。君がそう判断したのならそれでいい」
疑いの目を向ける精神病質の問いかけに対し、神々廻がそれを否定した。
その様子から神々廻は潔癖症に対し、絶対の信頼を寄せているように伺えた。
神々廻 彰は悠々と幹部一同が座る円卓へと歩き、潔癖症の隣に着くと悠然と語り始めた——
「100年前——『恩寵を与えし天使ファティマ』は『スルクの戦い』によってカカラと共にタントラ創設者によって殺された。我々タントラが『三大天使』の内1体を所持しており、残る『モンスの天使』を手に入れれば……より完全に近い『神』を、僕達は創れる」
「彰様の仰る通り、我々の勝利は目前です。月と太陽が重なる皆既月食の日、『月食聖戦』を我々は制します。その前にまず、首都・東京を我々タントラが手中に収めます。その為に貴方達、『病の使役者』の力が必要不可欠です」
潔癖症は幹部達を見渡した。強く冷たい目線で各々に目を合わせ、意思を伝える。
「さぁ皆んな、神を地に生み落とそう」
神々廻のその言葉の後に潔癖症が円卓の上に置いてあったグラスを掲げた。
それに続き幹部達はグラスを天にかざした。
「我らがタントラに。今はこの場にはおられないが、我らが君主・神々廻 教祖様に。そして——我らが生み出し賜うであろう『神』に。乾杯」
潔癖症の乾杯の合図と共に幹部達はグラスに注いであった酒を飲み干した。
「……そして僕は、神を喰らう」
神々廻 彰は深妙な表情でポツリと零した。
しかし——その目は先程の遠い目線とは異なり、冷酷なまでの鋭い冷気を宿していた。
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