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第1章:夢の始まり
第10話:戦闘狂は静かに笑う
しおりを挟む暗闇がリビングを掌握する。
そんな暗闇の中、篠塚 瑛斗の怒号が空を切る。
「二階堂ッ!! 一体何をした!!
怒りや狂気、そして恐怖に支配された篠塚。
そんな彼を目の端で捉えた一守は『暗視スコープ』を着けていた。
そして、再び二階堂 一守の反撃が始まった。
その直後、鈍い打撃音と共にヴァニティが嗚咽をあげた。
"" 左ミドルキック ""
つま先に鉄板が入った安全靴でのトーキックがヴァニティの鳩尾へとねじ込む。
そして一守は、ミドルを打った左足を戻し着地させる瞬間、即座に重心移動をする技 "" スイッチ "" をし、再び左足で追撃をする。
"" 左ハイキック ""
一守が放った左ハイキックはヴァニティの側頭部を綺麗に捉え、そして振り抜いた。
あまりの威力に壁に激突するヴァニティ。
だが、一守は休む隙すら与えない。
"" 右ミドルキック ""
再びヴァニティの鳩尾へと蹴り込まれる。
「グッ……ガハァッッ……な、何故だ。何故そんなに動ける、人間……さっきまで虫の息だったじゃないか」
初めてヴァニティが自分の意思で喋った事に対して一守は少しだけ驚く。
それと同時に馬鹿な使役者を持った事に対しての哀れみの情で『種明かし』をしてあげる事にした。
「『ミスディレクション』って奴だよ。注意をそらしたって訳」
そう言い放った一守は、ボディを蹴られ過ぎて前のめりになっていたヴァニティのがら空きの顔面へと "" 右ハイキック "" を叩き込んだ。
ヴァニティの視界が歪む。
脳と三半規管のダメージによる平衡感覚の乱れにより転倒するし、地面の上でのたうち回るヴァニティ。このリビングが暗闇に包まれる前とは逆の光景がそこにはあった。
「セットした罠に気付かれないように、わざと転んだんだよ。そんで、弱っている奴をいたぶるのが趣味な篠塚 瑛斗君は、それにまんまと引っかかった訳だよボケ。まぁ、主人の指示待ちのラジコン野郎も同じぐらいボケだがな」
ミスディレクションとは本来マジックなどに多く用いられ、主に大きい動作の中に小さい動作を隠す事を言う。
今回一守が行ったミスディレクションは『転倒』といった大きい動作に目線を集中させて、セットした『トラップ』に注意が向かないよう仕向けたのであった。
妙に楽しそうな口調で喋る一守は暗闇の中、静かに笑っていた。
そして——
「何もかも掌の上で踊ってくれて、ありがとよ」
一守は起き上がりかけたヴァニティに再び追撃を入れる。
"" 右前蹴り "" をボロボロのヴァニティの顔面へと押し込む。
罠をセットしている少しの間、一守はヴァニティの視覚情報をありったけ集めた。
そして、最初に危惧したのは『飛び道具』及び『鋭利な羽』、そして『獰猛な鉤爪』と『嘴』をヴァニティが有していた事であった。
それらを考慮し、『接近戦』に持ち込むのは危険だと判断した。
『接近戦』に持ち込むとしても『パウンド』を打つ際のみ。
ベースは『中距離』かつ『蹴り』を中心にした戦闘方法。
安全靴を装着している分、重さは気になるが、防御面と威力が上がっているので『蹴り』をメインにして行くことを一守は決めていた。
「くっ……二階堂ォッ!! テメェ殺してやる!! 待ってろヴァニティ……今俺がブレーカーを上げてきてやるからな」
そうして篠塚 瑛斗は暗闇の中走り去って行った。
「『備えあれば憂いなし』って奴だな」
顔面に前蹴りを喰らい反動で仰向けになるヴァニティ。
そして一守は、用意していた『もう一つの催涙スプレー』を手にし、それを弱り果てたヴァニティの顔面へと吹きかけた。
"" プシュッッーー ""
「グッ……グアァァァーー」
一守はいつ倒れるか分からないヴァニティに対して、このまま攻撃しても消えない懸念材料があった。
『暗闇に目を慣らす事』だ。
鳥なら尚更だ。カラスは夜中でも活動すると聞く。
仮に、人間と同等もしくはそれ以上の視力を持っていたとして、暗闇に慣れるのも時間の問題なので、一守はある決断を下した。
『もう一度目を潰す』
転ばぬ先の杖になるかはさておき、念には念をと、一守は催涙スプレーを『2個』購入していたのだった。
そして一守はある『もうひとつの物』を購入していた——
催涙スプレーによる激痛がヴァニティを襲い、悲痛な叫びが響き渡った。
その直後、ヴァニティは『変性する翼』を発動し、闇雲に色彩際立つ羽を四方八方へと飛ばした。
——が、その様子を素早く察知し1テンポ早く避ける体制へと重心移動を始めた一守は、ヴァニティの攻撃を難なく躱す事に成功する。
「……人間如きがッ!」
ヴァニティは蓄積されたダメージのあまり、朦朧とする意識の中で腹の奥底に溜まっていた『怒り』を吐き出した。
——その直後だった。
"" ビビビビビビビビーー ""
謎の警報音の様な音が響き渡り、その音源へとヴァニティは『変性する翼』を発動させ、その羽を飛ばす。
「ガッ……ガッガッガッ」
羽が何かに突き刺さったであろう音がした。そして、先程までうるさく響いていた警報音はしなくなった。
その謎の警報音の正体とは、そして一守が購入していた『もう一つの物』とは——
「『防犯ブザー』だよ馬鹿」
視界の閉ざされた空間で唯一頼りになるのは『聴覚』である。
一守は過敏になった『聴覚』に撒き餌を与えるべく『防犯ブザー』を囮に使ったのだ。
「クッ……この人間風情がァァッ!!」
ヴァニティは走り出す一守の動作音に気付いたのだが、『防犯ブザー』によってタイミングを遅らされた為、反応が遅れる。
「……人間を舐めるなよ。化け物風情が」
そう言い放ち、一守は近くにあったダイニングテーブルを『盾』にヴァニティへと一直線に走り出した。
先程の爆発でも、飛んできた羽が刺さってもこの防壁として使用したダイニングテーブルは大丈夫だった。
それなら、きっと盾としても機能すると一守は踏んだのでだった。
そして一守はテーブルを盾にし、ヴァニティへと一直線に走り込む。
ようやく一守の走り出す音に気づいたヴァニティは、咄嗟に『変性する翼』を発動させ羽を走る音が聞こえる方へと、色彩色とりどりな羽を飛ばす。
「クソ人間がァァッ!!」
一守はヴァニティの『ある部位』への攻撃を方向性として固めていた。
頭部、腹部、不意や隙をついての必殺の連打。ましてや安全靴を使用して蹴っているのにも関わらず、未だに致命的なダメージを与えきれていないのが一守の現状であった。
目は潰してあるが、ヴァニティが有する『羽』や『爪』は一守にとって、一撃でも食らってしまえば致命的なダメージとなり得る。
この広くない部屋で、いくら地の利や策を転じてダメージの蓄積に成功している一守とはいえ、ヴァニティからの一撃を貰うのは時間の問題だった。
なので一守は、次の『罠』で人間相手に絶対に狙ってはいけない『ある部位』を狙う事を決めた。
その『ある部位』とは——
ヴァニティの羽をテーブルで全て受けきった一守は、そのテーブルの両端の脚を手で持ち、そしてテコの原理を利用し右足で前方へとテーブルを蹴り飛ばした。
飛ばしたテーブルは飛んできた『羽』を受けながらヴァニティの腹部へと直撃し、一瞬の隙ができた。
——その時だった。
一守は高く飛んだ。そして、踏み込んだ軸足を大きく前へとつま先を突き出し、弧を描き、蹴る——
"" 喉への飛び突き蹴り ""
一守が選んだ『ある部位』とは人間の急所の一つ、『喉仏』であった。
首、及び喉への攻撃は空手では『貫手』や『喉突き』と称されているが、基本的には禁じ手である。
それ程危険な技で、喉を打たれれば呼吸困難や失神、喉頭隆起の陥没による窒息の危険があり、最悪の場合死に至るケースもあるのだ。
跳躍した一守の右の突き蹴りは綺麗にヴァニティの喉へとめり込んだ。
ヴァニティは衝撃でくの字に後方へと飛び、そして血反吐を撒き散らしながら仰向けで倒れた。
致命的なダメージを負ったヴァニティは朦朧とする意識の中、痙攣する身体を抑える。
——直後、全身を激痛で支配される中、ヴァニティは自分の腹部に『重さ』を感じた。
そして、ヴァニティの朧げな視界に映ったのは、『ニーオンザベリー』のポジションへと移行した一守の姿であった。
二階堂 一守は、常に『最適解』へと道筋を繋げる。
その為に情報収集をし、考察し、実行する。
今回、何故一守が『ニーオンザベリー』(自分の片膝を仰向けの相手の腹部に押し込み、もう一方の足でバランスを取りながら相手を制するマウントポジションの一種)を選んだのか。
『接近戦』でのリスクを承知の上で『ニーオンザベリー』へと移行した理由は、攻め時と判断した事。
それと、密着せずにマウントポジションを取れる事。
そして何より、『パウンド』である。
マウントポジションにおいて、1番破壊力のある攻撃手段の『パウンド』
総合格闘技などでよく見られる打撃で、多くがグラウンドポジションからの振り下ろす様なパンチ、もしくはハンマーの様に叩きつけるパンチである。
必殺の『パウンド』へと繋げ終えた一守は、必殺を繰り出す。
"" バゴォンッ ""
"" バゴッッ ""
""バグッゥ ""
暗闇の中、容赦なく鳴り響く打撃音。
怒りを込め、憎しみを込め、殺意を込め、拳を振り下ろす。
一守は薄々気付いていた。
タルパとの戦いの中で、自分の限界を知り、弱さを知った。
その状況をあらゆる手段で打開し、そして殴り倒す。
そんな異常な環境の中で、一守は『快楽』を感じてしまっていた。
死と隣り合わせの戦い、畏怖感すら覚える敵、そして……自分の限界以上の技や手段を駆使しても良いという安心感。
いつしか、一守は戦うことに『悦び』を覚えてしまっていたのだ。
自分は戦闘狂だと理解してしまったのだった。
ヴァニティが動かなくなったのを確認し、一守は蹌踉めく身体に鞭を打ち立ち上がる。
そして、胸ポケットからボロボロの嗜好品の『アメリカンスピリット:ペリック』を取り出し、火を灯す。
「……やっぱり、仕事終わりのタバコは美味いわ」
暗闇の中、煙草の火の明かりにぼんやり照らされる二階堂 一守。
その表情から伺えるのは、大仕事を終えた『安堵の表情』なのか。
それとも——
湧き出るアドレナリンの余韻に浸るかの様な、『至福の表情』なのか。
或いは、『どちらとも』なのか。
煙草を吸う一守の口元が少し緩む。
今にも口笛を吹きそうな程に、満ち溢れた顔で煙草を吸う。
——激闘の余韻に浸りながら。
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