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第2章:雪上の誓い
第38話:修羅苦羅なる火
しおりを挟む第38話 『修羅苦羅なる火』
降りしきる雪は先程よりも強さを増し、山から吹き付ける風に乗り、痛みを伴う程であった。
窃盗症・拒食症・過食症。
3人のタントラに囲まれ、背にするのは病の使役者NO.6の癇癪。
そんな絶望的状況下で太郎丸が小さく口を開いた。
「クッソ、クソ……震えるんじゃねぇよ、足……」
——恐怖が心を蝕む。
状況が、環境が、取り巻く空気がまるで伝染病かのように恐怖を伝えた。
陣に太郎丸、舞流に来羅。それぞれの表情が恐怖に染まる中、中世の貴族の様な衣装を身に纏った猫型のタルパ・ジェットは強かな眼光で太郎丸へと語りかけた。
「太郎丸、私とて怖い。心臓の音は高鳴り、筋肉は緊張により強張っている。だが恐怖を偽ってはいけない。恐怖を受け入れ、それでも立ち向かうのだ」
ジェットの言葉には嘘偽りはなかった。
臨戦態勢に入った事を示すかの様に毛は逆立ち、肩を上下に動かし呼吸をしており、緊迫する様子が手に取るように分かった。
しかし——
「不安や恐怖の中で『何をするか』でその者の真価は決まる。そして、君は誰より自分の弱さを知っている。それは強さだ。いずれ君の弱さは勇気へと変わる。では、歯向かってやろうではないか『弱さ』とやらに」
そう言葉を終えると共に、ジェットは腰にかけた赤い紋様の入ったフェンシングのブレードの様な剣に手を伸ばした。そして、一糸乱れぬ動作で剣を抜き、その鋭く光沢を帯びた切っ先を窃盗症達へと向けた。
その佇まいは最早、優雅の域に達しており、羽織る金色の装飾の付いた赤いコートを風になびかせ臨戦態勢を取った。
「……ジェット、あんたやっぱり凄いよ」
そんな勇猛果敢な姿を目の当たりにした太郎丸はジェットを弱々しく見つめ、そして小さく溢す太郎丸。
太郎丸は知っていた。分かっていた。気付いていた。——自分が、弱い事を。
それでも、自分の心に宿る理想の姿がある。
憧れ、心を焦がれ、手を伸ばし続けた物がある。そんな幾多の想いが集約する。
想いが心を固める。そして、
——身体が、固めた心へと追いついた。
「あぁー!! クソ! 怖えよ畜生!! やってやるよ!!」
小さな獅子が吠えた。
身体を震わし、声を強張らせながら、小さな牙を見せながら吠えた。
「太郎丸……やっぱり、カッケーっすよ……」
恐怖に身を支配された陣は、歯を食いしばりながら震える手を押さえつけていた。
—————————————————————
火の玉の様なタルパがタムトゥラムの周りをグルグルと浮遊する。
そんなタルパを目で追う事もなく、ただ一守達を横眉怒目の表情で睨みつけるタムトゥラム。
「ねぇタムトゥラムー、あんまり怒らないでー。穏やかにね、穏やかにー」
火の玉のタルパはタムトゥラムの剥き出しになった怒りを逆撫でするかの様に、執拗に視界の中で動き続けていた。
「あァ……? 『スマイル』……テメェ目障りだなッ、黙ってろッ!!」
突如、タムトゥラムは『スマイル』と呼ぶ浮遊する火の玉のタルパを力強く鷲掴みした。
「痛ーいーよー。やーめーてー」
「おい! 暴れんじゃねぇッ!!」
使役者に掴まれ必要以上に暴れる火の玉のタルパ・スマイル。
緊迫した場の空気に似つかわしくないやり取りを目の当たりにした雷火は、滾るアドレナリンを抑制するように戦術を巡らせた。
「何なんだありゃ……それより、先に伝えておく。ハーディーの想像能力は『想像を巡らせる能力』、『悪魔の成る幹』だ。ハーディーは身体を自在に操れるんだ」
「便利な能力だな。そんで、俺はどうしたらいい?」
「さっきも言ったが、援護——!?」
"" もんぐっ ""
——その瞬間、雷火と一守の目に衝撃の光景が飛び込んできた。
タムトゥラムは暴れるスマイルを片手で握りしめ、そして——頬張った。
「——ッ!? 雷火!!」
嫌な予感が一守の脳裏を過った。
人間がタルパを食す、と言った異常な光景を危険だと察した一守は、雷火へと先手を打つよう促した。
「分かってる……ハーディー、『伸縮する槍』!!」
「——ッ、了解!!」
雷火の戦術的掛け声と共に放たれた一筋の槍、否、ハーディーの拳を握った腕が風を切りタムトゥラムめがけ伸びていく。
"" ボゴォッ!! ""
ハーディーの放った一槍の拳の槍は、鈍い打撃音と共にタムトゥラムの鳩尾へとめり込んだ。
衝撃のあまりタムトゥラムの身体はくの字にへし曲り宙に浮いた。
そして、その屈折した身体は平衡感覚を失い腕から雪原へと転落した。
——が、下手な着地の後、すぐに起き上がるタムトゥラム。
それは——逆再生された映像のように、何事も無かったかのような様子で立ち上がるタムトゥラムを目の当たりにし、一同は戦慄を覚えた。
「…………痛えじゃねえか、この野郎ッ……」
怒りが。止めどなく溢れでる底無しの怒りが、タムトゥラムの修羅苦羅なる火が、憎しみと共に燃え上がった。
「まじか。……追撃するぞ、 『伸縮する三槍』!」
雷火の掛け声によりハーディーはモーションを移し、両の腕を伸縮させた。
そして伸縮するハーディーの腕に飛び乗った雷火は推進力を上げ、タムトゥラムめがけて突き伸ばした。
またしても避ける動作を見せないタムトゥラムを他所に、ハーディーの放った二本の槍はタムトゥラムの両の脇腹を捉えた。
直撃の瞬間——、雷火は捕まっていたハーディーの腕を強く踏み込み、タムトゥラムの目線の高さまで跳躍した。
そして、推進力を活かした強烈な飛び蹴りをタムトゥラムの顔面へとめがけて繰り出した。
無防備のタムトゥラムの両脇腹にはハーディーの左右の拳が突き刺さり、そして、雷火の全力の飛び蹴りがタムトゥラムの顔面へと突き刺さった。
ハーディーの二本の腕に雷火の飛び蹴り。
その連なる技が三本の槍となってタムトゥラムを貫いた。
この一連の動作には無駄が無く、これは紛れもなく訓練の賜物であり、雷火とハーディーが持ち得た力である。
大きな打撃音と共に吹き飛ぶタムトゥラムは、まるでトラックに跳ねられたかのように地面を弾み、雪の上に大きな轍を作ってみせた。
タムトゥラムは10m程転がった後、大の字に倒れ、口に溜まった血を吐き出した。
——が、またしても何事もなかったかの様にムクリと起き上がるタムトゥラム。
その身体からは異様な赤黒いオーラが放たれ、タムトゥラムの全身を包んだ。
そして、鬼の形相で口の端から流れる血を舌で舐めた。
「はは、嘘だろ……ありゃ人間じゃねぇなぁ」
「雷火……アレは恐らく、中に居るぞ」
荒唐無稽な現実を叩きつけられた雷火とハーディーは自分のを疑った。
そして、再認識を深めざるおえなかった。
相対する敵は化け物だと、世の理が通用しない人外だと。
タムトゥラムは着ていた派手なファーの付いたコートを雪上へと脱ぎ捨て、上半身裸で一守達と合間見えた。
タムトゥラムの上半身はトライバルのタトゥーで埋め尽くされ、目に見える肌色は僅かな程であった。
——野郎、あの攻撃を喰らってその程度の傷かよ。それに……身体がデカくなってないか……!?——
一守は妙な違和感を覚えた。
最初にタムトゥラムを目にした印象よりも、現在のタムトゥラムは一回り程身体が大きくなっているように見えていた。
それは、決して着痩せで済ませるには難しい程にタムトゥラムの身体は肥大し、強化されているように一守の目に映った。
「あー痛え。虫ケラの分際でッ……苛つく。ムカつく。癪に触るなァッ!!」
怒号が響き渡り、恐怖が飛散する。
赤黒いオーラを纏ったタムトゥラムがクラウチングポーズの姿勢を取り、臨戦態勢を整えた。
そして——癇癪の使役者の反撃が始まる。
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