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第2章:雪上の誓い
第31話:獣と獣
しおりを挟む降り積もった雪が慣らされ、土が垣間見える陽の当たらない裏庭の一角。
そこにはグラブを着けた二人の男が空気を張り付かせ、お互いの間合いを確保していた。
その目に狂気を孕ませた一守は、重心を下げオープンフィンガーグローブを固く握り、そして構えた。
対する雷火は8オンスのボクシンググローブと足にレガースに膝当てなどを装着し、ガードを上げ小さくステップを踏んだ。
「そんじゃ……いくぜ」
雷火はそう言い捨て、軸足で一歩踏み込み、初手を繰り出した。
その初手とは、遠い間合いから鋭く伸び相手を押すように蹴り込む右の "" 前蹴り "" であった。
その前蹴りは、一守の鳩尾へと真っ直ぐ的確に鋭く伸びて突き刺さりかけた前蹴りを、一守ははたき下ろす様に左手のパーリングでいなした。
捌かれた雷火の右足が地面に着地した瞬間—— 一守の右脇腹に鋭い衝撃が走った。
"" 高速ミドルキック ""
雷火は右前蹴りをフェイクに使い、着地と同時に腰を捻り左のミドルキックを放った。
が——即座に左ミドルキックを右肘でガードした一守だが、あまりの威力に身体を蹌踉めかせた。
「『グッ……クソが……』」
目を血走らせ、冷静さを欠いている一守は『同調効果』で雷火に対し右のミドルキックを放つ。
が——雷火はそれをスウェーで躱し、身体を仰け反らせた反動を活かし、強烈な左ジャブで一守の鼻っ柱を撃ち抜いた。
一守の鼻から血が流れ落ち、鮮血が雪の残る地面へと滴る。
一守はその血をグラブで拭い、顔面に血を伸ばした。
そして深呼吸をし、一守の周りにまとわり付く空気を一変させた——
『狂気』から『殺気』へと。
「『…………俺が、ドロシーを守るんだよ……」』
一守はボソリと呟き、雷火との距離を一気に詰めた。
雷火はあらゆる攻撃へと対応出来るよう重心を比較的高くしガードを上げ、後ろ足の踵を浮かせた。
キックボクシングで多く用いられる『レギュラースタイル』に構えた。
途端、左足を軸に一守は高く飛び上がった。
そして、雷火の頭上より高い位置から右ストレートを雷火のガードの隙間から垣間見える顔面へとねじ込んだ。
「『……OFGだとガードの隙間に入るんだよ。さっさと構えろデカブツ』」
一守と同様に鼻から血を流す雷火。
その血をボクシンググローブで拭った。
「いいねぇ……腐りきってる割にはやるじゃねぇか、一守。だが、お前のその『守る』ってのは間違ってるぜ」
そう言い放った瞬間、雷火から強烈な左ジャブが放たれる。
それをガードする一守。が——
"" 左ジャブ ""
"" 左ジャブ ""
"" 左ジャブ ""
雷火のジャブの連打が一守に詰め寄る。
全てのジャブをガードしている一守だが、手数の多さにガードの隙間から見える視界が奪われる。
その為、一守は距離を縮める為に組み付く方向へと戦術を変える。
首相撲へと持って行く為、雷火の放った左ジャブをパーリングではたき落とし詰め寄る。
しかし——雷火は即座に半歩間合いを遠ざけた。
その時、一守の右の軸足に鈍痛が走った。
雷火の左ローキックが一守の右大腿部へと突き刺さった。
痛みに顔を歪める隙もなく、次に放たれた雷火の左前蹴りが一守の鳩尾に刺さった。
そして、その前蹴りは一守を押し退け、雷火は一守との距離を取る。
「お前は長い事格闘技から離れてたんだろう。だが……俺は毎日磨き続けた。練習し続けてきた。どうだ、俺の拳は効くだろ?」
そして、再び雷火のジャブの猛襲が始まった。
再度、雷火の左ローキックが放たれるが、一守はそれをガードで切らず右大腿部で受けた。
ローキックが刺さるのと同時に一守は右ストレートを放つがスウェーで躱される。
痛みに苛まれる左足に重心を蓄え、"" 抜き足 "" で一瞬で雷火との間合いを詰めた。
瞬間、一守から左ストレートが繰り出された。
——そんなストレートが当たるかよ——
雷火は一守の微妙な肩の動きから、放たれる技がストレートだと判断し、ガードを正面へと向ける。
しかし、その左ストレートは普通のパンチではなかった。
"" ロシアンフック ""
肩の動きはストレートのままだが、肩を内側に回し、ストレートを放つフォームから繰り出されたのは左フックであった。
一守が繰り出した左ロシアンフックが雷火のガードの横から頬にめり込み、そして撃ち抜いた——
「グッ…….なに……!? 」
雷火の視界が揺れる。
一守のロシアンフックを受け蹌踉めく雷火に追い討ちの一手の右アッパーがガードの上から雷火の顎へと衝撃を送る。
「ハァッ……ハァッ……」
ガードを上げるも息を荒げ蹌踉めく雷火に一守は好機を感じ、攻め立てる。
一守は左右のフックをガードの上から浴びせ、雷火の下がった首を両手で抱え込んだ。
そして、低い首相撲の体勢から左膝をガードの上から雷火の顔面に刺した。
何度も、何度も、何度も——
「『どいつもこいつも……目障りなんだよ!!』」
腹の底から湧き出す『狂気』を喉を通して吐き出す一守。
膝蹴りの連打でガードが緩んだ所を、一守の追い討ちの膝蹴りが雷火の顔面を捉えた。
致命的にもなり得る膝蹴りによる顔面へのダメージを受けたにも関わらず、雷火は膝蹴りを受けた直後にプッシングで首相撲からの脱出を果たした。
だが、膝蹴りが直撃した雷火の右の眉上は薄赤く晴れ上がり、鮮血が流れていた。
荒い息を吐きながら、雷火は距離を取る為に左ジャブを放つ。
その時だった——
一守が雷火の視界から消えた。
一守は雷火の左ジャブに合わせ、体勢を低くし重心を移行した。
"" 片足タックル ""
一守の片足タックルががら空きの雷火の左足をキャッチした——
かに思えた瞬間、一守の視界は反転した。
雷火の右膝蹴りが一守の顔面に突き刺さった。
「お前がキックボクシングを相手にタックルを仕掛けてくるのは分かってた」
雷火は地面へと転がる一守にそう言い捨て、倒れる一守に対し追い討ちをかけず、手首をクイクイと上下に降り立ち上がるよう促した。
しかし、雷火は慣れぬタックルに膝蹴りを合わせた為、より強い膝蹴りは入らず一守のダメージは浅かった。
一守は即座に起き上がり、口から滲む血を拭った。
「『よぉスポーツマン……あんた、絶好のチャンスを自分から捨てるなんて……舐めてんのか』」
「へへ……俺は喧嘩をしに来たんじゃねぇ。お前の心に巣食ってる『病』をぶちのめしに来たんだ。それに……わざわざ寝技が出来る奴の所に自分から向かって行くかよ」
一守と雷火。
二人は顔から鮮血を滴らせ、再び拳を握った。
主屋の端からこの激闘を覗き見る二人の影があった。
「おいおい……何だよこれ。何で金髪とワカメが戦ってんだよ……」
「一守さん……」
陣と太郎丸の目に映ったのは一守と雷火によって繰り広げられる『スパーリング』、否、『闘い』であった。
手負いの獣同士、鮮血は飛び散り骨が軋む一進一退の激闘が繰り広げられ、雪の上に紅血が滲むのであった。
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