22 / 25
22 春すぎて
しおりを挟む結局、翌日は昼ごろまで海斗の部屋でごろごろすることになった。
海斗の父、義之の帰りは午後になるとのことだったので、「それまでには間違いなくお暇を」と考えていた律は、目が覚めた途端に「うわっ」と飛び起きた。
海斗はと言えば、例によって遅めの朝食の準備のために、早々にベッドから出ていっている。まあ、しばらくは律の寝顔を見てひとり楽しんでいたのは間違いないが。
リビングの方から、こちらまでよいコーヒーの香りが漂ってきていた。海斗はやってくると、ベッドの縁に腰かけた。
「おはようございます。そろそろお起きになりませんか」
「う……うん」
額や頬に優しい朝のキスが落ちてくるのを、律はくすぐったくも黙って受けた。が、のそのそと起きようとしたら、下半身を中心にいろいろな場所に痛みが走った。
「あ、いたた……」
「大事ありませぬか」
すぐに海斗の手が支えてくれる。痛むのはあらぬ場所ばかりで、それだけで昨夜のあれこれをまざまざと思い出し、全身が熱くなった。
「だ、大丈夫です。ひとりで行きますから」
「……そうですか」
なんとなく海斗の声が残念そうだ。が、律はあえて気づかぬふりをして、そそくさと服を身に着け、洗面所に向かった。
顔を洗ってからなんとなしに前を見る。その瞬間、固まった。
(えっ)
シャツの襟の陰に、点々と赤い痕跡が残っている。襟を開いて恐る恐るのぞいてみたら、首筋だけでなく胸元にも脇腹にも、あちこちに愛撫の花が咲いていた。
「わわ、ちょっ……これ」
これがあの有名な、アレか。マンガやなんかで目にすることこそあれ、まさかそれが自分の体の上で開花するような事態が本当にやってこようとは。とても現実とは思えない。いや、現実であることを脳が拒否する。
(うううう……)
思わず襟元までぴっちりとボタンを留めてしまった。そのままキッチンへ向かう。スマホは起きてすぐに確認したが、特に家族からの連絡などは入っていなかった。
一応、家族には正直に「清水さんの家に泊まる」と告げてある。とはいえ、その本当の意味を知っているのは恐らく妹の彩矢だけだろう。父と母は単純に、「よく世話になっている大学の先輩宅に泊まる」という事実しか認識していないにちがいない。
(というか。いつかは、ちゃんと説明しなきゃならないんだろうけど──)
出されたトーストの角をかじりながら、律はぼんやり考えている。
そう考えると、なかなか前途多難だ。
目の前で同じようにトーストとコーヒーとハムエッグの朝食をとっている見目のいい男の相貌をなんとなく眺める。
この関係がずっと続いてくれるかどうかなんてわからない。いくら自分が望んだところで、海斗が「いやだ」と思えばそれきりのことなのだ。なんとなく、それは海斗が決めることのような気がしていた。決定権はすべて彼にあり、自分にはない。なんとなくだが、それは鎌倉殿だった昔から、ずっとそんな風に感じてきた。たぶんそれが「惚れた弱み」なんて呼ばれるものなのだろう。
いやもちろん、こんなことを言えばきっと海斗は怒るだろう。いや、傷ついてしまうかもしれない。だからわざわざ言うことはないと思う。思うけれど、これは多分に事実なのだ。
さく、とトーストの二口目をかじって、律はふと視線を落とした。
春すぎて 幾日もあらねど わが宿の 池の藤波 うつろひにけり
『金槐和歌集』119
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;

金槐の君へ
つづれ しういち
BL
ある日、大学生・青柳 律(18歳)は、凶刃に倒れて死んだショッキングな前世を思い出す。きっかけはどうやらテレビドラマ。しかし「ちがう、そうじゃなかった。そんなことじゃなかった」という思いが日増しに強くなり、大学の図書館であれこれと歴史や鎌倉幕府について調べるように。
そうこうするうち、図書館で同じ大学の2回生・清水 海斗(19歳)と出会う。
ふたりはどうやら前世でかなりの因縁があった間柄だったようで。本来ならけっして出会うはずのない二人だったが……。
※歴史上、実在の人物の名前が出てきますが、本作はあくまでもフィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにて同時連載。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる