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6 かれはてむ

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 もじもじもじもじ。
 上から握りこまれてしまったために、指が動かしにくい。それでもつい、動かさずにはいられなかった。
 触れられている部分にばかり意識が集中して、さらに体温が上がったようだ。
 部屋は暑くないはずなのに、ひどく暑い。

「……ス、までだし」
「え?」ほとんど口の中で言われた言葉を、さすがの海斗も聞き取れなかったらしい。「申し訳ありません。なんとおっしゃいました」
「……だからっ。キスまでじゃないですか、それも、か、軽いっ」
「…………」

 海斗の目が文字通り「ぱちくり」という状態になる。

「あと、ちょっとハグとか。人目につかないところで手をつなぐ、とか──こっ、これは私にも責任はあるけどっ──そ、それぐらいで」
「──はい」

 と一応は返事をしたものの、海斗は少し黙りこんだ。

「もしかしてそれが、ご不満で……?」
「ふっ、不満とかっ……そういうんじゃなくてっ」
「はい」

 海斗はどこまでも落ち着いている。うるさいことはいっさい言わず、律の言葉を遮るようなこともしない。ひたすらに「傾聴」の姿勢を崩さない。やはり、さすがはもと執権。自分だってもとは将軍だったというのに、なんだか恥ずかしいことばかりだ。
 律はついに、まだ自由になる手で顔を覆った。

「ふ……不安、なんだよ。たぶん私は」
「不安……ですか。それは由々しきことですね」
「きっと、そなたか私が女性にょしょうであったなら、ここまで不安にはならなかったと思う。外で手をつなぐのだって、ここまで気にならなかったのだろうし。ほ、ほかのことだってっ」
「ほかのこと、ですか」
「スマホで、あらぬことを調べまくってしまったり……まことに恥ずかしいことばかりしてるんだ、このごろの私は。まるで自分が、自分でなくなってしまったようで……怖くて」
「スマホで? なにをお調べに」
「……あう」

 つい口が滑ったことに気づいても後の祭りだ。

「律くん」
「きっ、訊かないでくれっ!」

 律がいきなり貝のように口を閉ざしたのを、海斗はしばらく茫然と見ていた。
 律はやっとのことで片方の手を彼の手から取り戻し、両手で顔を覆って上体を丸めてしまった。もう合わせる顔がない。
 海斗はしばらく黙っていたが、やがておもむろに立ち上がった。ダイニングテーブルに置いたままだった自分のスマホを取りにいったようだ。

「ご覧ください」
 それでも律はまだ、両手で顔を覆ったまま固まっていた。
「よろしかったら……どうか。さあ」
「うう……」

 指の間からそうっと見て、見えたものに愕然とする。おずおずと手を下ろして、あらためてまともに彼のスマホの画面を凝視した。

「セックス」「男同士」「方法」「準備」「場所」──。

 そこにはなんと、律が検索していたのとさほど変わらない検索ワードがびっしりと並んでいた。

「こっ……こここれ」
「お見せするつもりなど毛頭なかったのですが。さすがに自分にも、羞恥心のかけらぐらいは残っておりますもので」
「か、海斗さん……」
「しかし、気になって当然ではないでしょうか。男女ならばスムーズなことでも、男性同士ではうまくいかない場合も多いわけですし」

 淡々と語る海斗の横顔を、律は茫然と見つめてしまった。


 かれはてむ のちしのべとや 夏草の ふかくは人の たのめおきけむ
                    『金槐和歌集』(実朝歌拾遺)684
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