血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第八章 虎穴

8 人質 ※

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「やあ。やっと目が覚めたね」
「てンめえ。どこだ、ここ!」

 ソファに座ってこちらを見ている赤い瞳の男に向かって、俺は盛大に怒鳴り声をあげた。

「ちょっと距離を取らせてもらった。市街地から離れると、こういう場所に人の住んでいない綺麗な建物がけっこう見つかるようだね、この国も」
 ってことは、ここはどこかの田舎町なのか。
「いわゆるお金持ち連中の避暑地のようだ。たしかに夏場は過ごしやすい気温だね」

 言われてみれば、確かに室温はさほど高くない。クーラーがついている様子もないのにだ。カーテンの隙間から夜風が忍び込んできていて、とても涼しい……というより、毛布一枚じゃちょっと肌寒いぐらいだ。
 風と一緒に、さわさわと木々の葉鳴りの音もする。ということは森か林なのか。山ってことかな? 避暑地ってことは高原か? 一体どこの県なんだろう。

「ふふ。小さくて愚かな脳みそで一生懸命考えちゃって。可愛いねえ、君は」
「う、うるっせえ!」
 愚かとか、大きなお世話だ。
「ふくれっ面も可愛いが、なんでもかんでも正直に顔に出すぎだよ。レイジ君は、さぞや大事に君を育ててきたんだろうね」

 育てるって、親じゃあるまいし。
 縛られている腕をどうにかしようと暴れていると、体の上に掛けられていた毛布をひょいとはがされた。素肌にひやりと空気が触れる感触。上半身は裸だった。
 そうだ。俺、あの時Tシャツを破かれたんだったな。
 シルヴェストルは俺の胸元をじっと見て、すぐに上に覆いかぶさってきた。

「さてと。君も気がついたことだし、今回は邪魔が入らないうちにさっさと楽しむことにしようか」
「くそっ……。やめろっ。どけ、バカ!」
 足は拘束されていないので蹴り上げてやろうとじたばたやったけど、思った通り凄い力で抑え込まれて身動きは取れなかった。
「だれがてめえなんかとヤるか!」
「大人しくしていれば、気持ちよくしてあげるだけさ」
「なわけねえだろ。気色悪いだけなんだよっ!」
「そうかい? レイジ君とは初夜を存分に楽しんだみたいじゃないか。慣れた体はちょっとした刺激でも快楽を拾うはずだよ」
 言ってシルヴェストルは、俺のむき出しの乳首をべろりと舐めた。途端、体じゅうに鳥肌がたつ。
「ひぎっ……や、やめろっ!」
「ふむ。それにしても君、唾液への反応が鈍いよね。眠っている間にも少しずつ塗りこんであげていたんだけれど。……もしかして、これもレイジ君の仕業なのかな?」

 俺は無言で、怜悧で艶めいた人外の男の顔を見返した。
 そうだとも。俺はこいつに会うことになってから、倉庫へ着く直前に物陰に入り、赤いアンプルを一本飲み下していた。
 俺が黙り込んだことで、シルヴェストルは返事を「応」と判断したらしい。指先で額を押さえ、ひとつ軽い溜め息をついている。

「あれも困った子だよねえ。ヴァンピールの能力をわざわざ弱める薬だなんて。日光耐性を上げる方はともかく、そんなものを必死に開発してしまって、一体どういうつもりなのだか。理解に苦しむよ──」

 まあ、普通に考えればそうだよな。
 怜二があれを開発したのは、多分俺のためだと思う。普通のヴァンピールからしてみたら、人間に使うメリットなんてなんにもないだろうし。無理に欲望を高めさせられて性的に狂ったようになった人間が、ヴァンピールのなによりのご馳走だっていうんだから。
 つまり怜二が、俺と普通のセ……セセ、セックスをしたかったから──だろう。多分。怜二の唾液やそのほかのもんで俺が理性を失ってすっかり狂ってしまうことを、あいつは決して望まなかった。
 俺がちゃんと自分の意思で「怜二が好きだ」って思って、自分で怜二のものになる。あいつはそれを求めてた。凌牙に横取りされると思ったときだけは、ちょっと理性を失いかけてはいたけどさ。
 そうさ。怜二はこいつとは違う。
 こいつみたいに、無理やり相手を屈服させようなんてしないんだから。

「残念だなあ。君が私の体液で性的に興奮し、悶え狂うさまが見てみたかったのだがね。だがまあ、諦める必要はないよね。それは薬が切れてからのお楽しみかな」

(こいつ……)
 
 一体いつまで俺を拘束しておくつもりなんだよ。
 こんなので、俺が手に入ると思ったら大間違いだかんな。
 力の限りきつく睨みつけていたら、シルヴェストルはちょっと肩をすくめた。

「ひどいなあ、君。それじゃ約束が違うじゃないか。君のお友達のあの若い雌を解放する代わりに、君は私のモノになる。そういう約束だったじゃない? もう忘れてしまったのかい。まあ、その容量の小さな脳では仕方ないのかもしれないけどね」
 いちいち言い方が失礼なやつだ。
 俺はぷいと横を向いた。
「別に。忘れちゃいねえよ」

 そりゃそうだ。
 でも俺だって、唯々諾々とこいつのモノになるつもりなんかない。当然だ。
 と、シルヴェストルはすうっと気持ち悪い目つきになった。

「君ねえ。まさかとは思うが、私が自分の細胞を忍び込ませたのがあの子ひとりだとでも思っているのかい?」
「なんだと?」
「だとしたら、随分と能天気なことだよ。私は用心深いと言ったはずだよね」

 どういうことだ。
 細胞を仕込んだのは、ゆづきちゃんだけじゃないって?
 じゃあやっぱり、怜二たちが言ってたことは──

「人間は、集団で生きる生き物だ。ひとりで家に閉じこもっている個体だって、結局は他の個体の協力がなければ生きられない。無人島でひとり生き抜く者も中にはいるが、相当な困難を伴うだろう」
「何が言いたい」
「つまりね。君の周りにも多くの人間たちがいる。親しくしていて、君のことを思ってくれる者たちが。私の手のうちには、あの女の子以外にも多くの《人質》が存在しているということさ。そのぐらいのこと、とっくに予想がついていると思ったけどね」
「おっ……お前!」

 俺は思わず、ばんっと背中を跳ねさせた。
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