血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第六章 罠

5 煩悶

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──『好きに、なっちまったもんは』。

 凌牙の声は、最後のところでちょっとかすれた。
 しばらく、バルコニーには沈黙が流れた。俺は自分のつま先に落としていた目線を、ゆっくりと上げて凌牙を見返した。
 凌牙は月明かりの下、腕組みをして手すりにもたれかかっている。男らしくて野性味のある横顔が少しの哀愁を含んで、いつも以上にカッコよく見えた。それでもなぜかその頭に、ちょっとへたれ気味になってるでかいふかふかの耳が見えた気がした。

「ごめんな、凌牙。俺……」
 言いかけて、勝手にこくりと喉が鳴る。
「俺、いい加減なこと言って。お前らの気持ちもちゃんと考えないでさ」
「おお。わかりゃいいけどよ」
 苦笑するみたいに凌牙が笑う。ちょうど、幻覚の耳がぴょこんと立ったような感じで。俺は少しだけ凌牙を睨んだ。
「でも、お前らだって大概なんだかんな」
「俺らが? なんでだよ」

 ぴくりと凌牙の片眉が上がる。俺は意を決して顎を上げ、両足を踏ん張った。

「だってさ。『好き』は確かに聞いたけど、お前らのって理由がなんか……『いい匂い』とか『美味そう』とか、そんなんばっかだっただろ? あんなんじゃ、食いもんに対する『好き』に聞こえちまうんだもん。なんか素直に『あ、俺のことが好きなんだな~』とか思えねえもん! めっちゃ微妙なんだよっ」
「あー。んー」
 凌牙は半眼になり、ぽりぽりと顎を掻いている。
「そりゃまあ、それとこれとは不可分だかんな。俺らにとっちゃ」
「なに? 『フカブン』って、分けられねえってこと? つまり、お前らは食欲と性欲がめっちゃ近いとこにあるとか?」

 ごほっ、と凌牙が咳き込んだ。顔を覆った指の間から、ちらっとこっちを見る。

「……身も蓋もねえが、まあそうだ」
「なるほどな。だけどそれは、俺にしてみりゃ食欲にしか思えねえし。それとその……恋愛とかそういうのと、お前らごっちゃにしてんじゃないのかなって。つい、そう思っちゃったんだもんよ。だって俺は、人間だから」
 凌牙は、微妙に首をかしげて俺を見つめてきた。
「だから、マジにはとれねえって?」
「う……。全部がそういうことでもないけど、なんか……正直、もやってする。イラってするっていうか」
「なぁるほどな」

 がしがし後頭部を掻きつつ、凌牙は困った笑顔を作った。
 うう……。そんな表情でもこいつ、かっけえな。
 とか、つい思ってんじゃねえわ、俺! しっかりしろ!

「最初がそうだったのは、確かに悪かった。人間相手にしちゃあ、言い方が直球すぎたかもしんねえ。けど、お前らだって同じじゃね?」
「はあ? どういうことだよ」
「お前らがまず見た目で相手を判断するのと同じように、俺らは匂いで──まあ、あの野郎だと血の匂いになんのかな──相手を判断する。つまり、それが俺らにとっての『第一印象』ってこった」
「うん」
 そこは、俺にもなんとなくわかる。
「でもお前らだって、見てるとイケメンだの美少女だのでまず相手を好きになってんじゃん。そうじゃねえか? 俺らが嗅覚からだっつうなら、お前らは視覚からだろ。あの美里とかいう女のこと、どれぐらい中身が分かってて気に入ったんだよ。俺にも理解できるように、ここで説明してみやがれっつうの」
「う。そ、それは……」

 そう言われるとつらい。
 俺、たしかにさらっさらの長い黒髪だとか、華奢な体つきだとか、清楚で謙虚な雰囲気だとか品のいい言葉遣いだとかメシの食い方だとか、そういうのだけでゆづきちゃんのことを気に入った感じだし。
 頭を抱えちまった俺を見て、凌牙がまた鼻を鳴らした。

「そら見ろ。それが全部わりぃのか? 見た目だって相手から来る情報のうちの重要な部分なんだろうがよ、お前らにとっちゃ」
「いや、そうなんだけど……」

 なるほど。人間だって、そう考えるとずいぶん身勝手な「恋愛」をしてるとも言えるのかもしれない。
 捕食者であるヴァンピールたちが、人間が好むような美形ぞろいなのだって、結局はそれを餌に人間を釣ろうとしているわけだし。

「ま、最近じゃ『ルッキズム』だなんだって問題にもなってるらしいがな。けど結局は付き合っていく中で、性格とかなんとか、だんだん他の部分のことも好きになる。しまいにゃ、どんな見た目かなんて関係なくなる。逆に、性格が悪すぎりゃあ嫌いにもなるし、別れもする。だろ?」
「そ、そう……かも」

 まあ、俺にはよくわかんねえけど。お前らみたいに恋愛経験豊富じゃない奴に、いきなりそんな同意求められても困るわ。

「ついでに言うとな。視覚から来た情報にはわりと裏切られるが、俺らの嗅覚のほうは、ほとんど裏切られることはねえ。そこは言っとくぞ。お前らの『見た目から』ってやつとは、ちょっとレベルのちげえ話なんだってことよ」
「ふ、ふーん……」
 なんか照れるな。
 それってもしかして、遠回しに俺のことを褒めてくれてる?
「俺もあいつも、今はちょうど過渡期ってやつかもな。つまり、単なる『食欲』からそれ以上に移行する途中。あいつらヴァンピールがお前ら人間の捕食者である事実は変わんねえだろうが、あいつとお前だけなら関係性もきっと変えられるんじゃねえか?」
「そ、そっかな?」
「俺もよ。この間のあいつの半狂乱ぶりを見て、はじめてそう思ったぜ。ただの『食料』にああはならねえ。お前を食料としか思ってねえ奴が、あんな風に壊れたりしねえわ。だろ?」
「凌牙……」
「けど言うなよ? 俺が言ったってこと、あの野郎には」

 もう一度同じ念押しをして、凌牙はひょいと手すりから腰を離した。こっちに近づいてきたのに気づいて、俺は思わず体を固くした。
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