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第五章 胎動
2 空中散歩
しおりを挟むひょええ。なんか凌牙って、ウェアウルフの中でもかなり偉い立場ってことなのかな?
けど、凌牙はあくまでも飄々とした態度を崩さなかった。
「第一、族長なんてガラじゃねえんだって。何回言わせんだよ。それがいやだから、俺ぁ人里でひとりで暮らしてんだろうが。ジジイだって、まだ耄碌するには早えだろ。……ってもまあ、今回はその仲間のお陰で助かったわけだけどな」
言いながら、いかにもバツが悪そうに後頭部を掻いている。
「今回は他のことじゃなかったし。俺ひとりじゃ勇太を探すのは難しかったしな──」
(ああ……そうか)
凌牙は凌牙で、俺のために、本来なら作りたくもない借りを仲間に作っちまったってことなんだろう。もしかしたら、立場を悪くさせちまったのかも。事情はよくわかんねえけど、こいつにも色々あるみてえだな。
「ごめんな……凌牙」
「謝んな。そこの蚊トンボ野郎にも言ったが、こいつは全部俺が、やりたくてやったこった」
凌牙は怒ったような声でそう言うと、今度はにかっと明るく笑った。それで、俺の頭をがしがしかき回した。
「とにかく! お前が無事でよかった。あとはあのおっさん吸血鬼野郎のことだけだ。今、どうなってんだ? あの野郎は」
後半は怜二に向けた質問だ。
「残念ながら、今のところはまだ消失していない。仲間たちがずっと空を引き回しているんだがな」
「え? 空をって……どういうこと?」
怜二の説明によれば、こうだった。
シルヴェストルはあの後、銀の杭やら弾丸やらを山ほど叩き込まれた状態のまま、日光を通す素材のカプセルに入れられてワイヤーで吊り下げられ、上空をずっと飛ばされている。運んでいるのは怜二の手下のヴァンピールたち。もちろん、彼らは怜二の薬を使っている。
(そっか。『一日じゅう日光のあたる場所』ってどこだと思ってたけど──)
「もしかして、砂漠のど真ん中とかかな?」と思ったけど、実際はこいつら、もっとずっとえぐいことをしていたらしい。
シルヴェストルは文字通り一日中、丸二十四時間、太陽光に晒され続けていたわけだ。ずっと、雲の上で。ヴァンピールたちは、もちろん交代でその任に当たっている。
怜二は「まあ、優雅な空中散歩を楽しんでいただいてるのさ」と薄く笑って言ったけど、シルヴェストルにしたら冗談じゃねえだろうな。まさに「死の空中散歩」だ。
「報告によれば、見たところ少しずつ劣化してきてはいるようなんだが、まだ半分ほどは体が残っているそうだ」
「おっそろしい生命力だな。さすがは原初の吸血鬼ってとこか」
凌牙が鼻を鳴らした。
「まあ、こっちも油断はしないよ。あのホテルやこっちの大学でも、奴の細胞がわずかでも残っていないか、虱潰しに調べているところだ。とにかく、ここで確実に叩いておく。そうしなければ、また勇太が狙われるのは必至だろうからね」
「うえっ……。マジかよ」
俺はまた、背筋が凍るような感覚に陥った。カッコ悪さの極みだけど、今だってあいつの声や表情を思い出すだけでも、足が竦んで震えてきてしまう。声を震わせないようにするだけでも大変だ。
怜二は少し申し訳なさそうに俺を見た。
「勇太には申し訳ないけど、当然そうなるだろうと思う。最初は単なる『稀有な血』への興味に過ぎなかっただろうけど、今や彼にとって、個人的な復讐も含まれることになったわけだからね。僕自身にももちろんだけど、君には恨み骨髄だろうさ」
「うう……」
「万が一にも生きのびたら、間違いなくまた君を襲いに来る。どんなことをしても。今度は今回みたいな前戯もなしだ。確実にね」
勘弁しろよ。もうやだよ。
もう二度と、あんなやつに襲われたくねえ。
怜二の言う通りだ。次はシルヴェストルも今回みたいに、あれこれ時間を掛けて俺を食らうなんて真似はしねえはずだ。きっと、一撃で殺される。
せっかく安堵したのに、俺の背中をまた嫌な汗がじっとりと濡らしている。心臓の鼓動が自分でも聞こえるぐらいにうるさくなる。
クロエが、そんな俺の頬のあたりに心配そうに体を押し付けて低く鳴いた。
怜二も俺の肩に腕を回す。
「安心して、勇太。そんな真似は絶対にさせない。とにかく、奴が完全に消失するまでこれは続ける。それまでは君も、悪いんだけどこの邸にいて欲しい」
「え、まだ?」
「うん。安心するのは早いと思う。警備は前より格段に強化しているけど、まずは安全第一だ。いいかな……?」
「じゃあ俺、まだ大学には行けないのか。いい加減、講義の内容についていけなくなっちゃいそうで不安なんだけど……。あと、バイトのこともあるし」
肩を落としてそう言ったら、怜二が申し訳なさそうに頷いた。
「ん。そこは安心して? 代わりに講義に出ていた者たちに家庭教師代わりをさせるからね。ノートもきちんと取らせている。アルバイトにも、君の代わりに行かせているし。心配しないで」
「う、うん……。あ、でも、一回、家には帰っていいのか? 親父やおふくろの顔、見ておきたいんだけど」
「それはもちろん。君の家の周りも厳重に警備させているからね。でもできれば、君だけはこっちの邸にいて欲しい」
「わ、……わかった」
「んじゃ、俺らもしばらくはここで世話になってもいいか」
口を挟んだのは凌牙だ。
「もちろん。こちらからもお願いしようと思っていたよ。食事や身の回りのことは任せてくれ。あと、人間世界での仕事の都合がある者がいれば相談に乗る。タカゾネでできることは、できる限りさせて頂くから」
「そりゃ助かる。よろしく頼むぜ」
「当然だ」
冷ややかに答えた怜二に凌牙が軽く肩をすくめてにやりと笑いかけ、その話は終了した。
その後、俺は怜二と一緒に、ようやく自分の家に戻った。
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