血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第三章 侵入者

10 狼のキス

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「あんま安心してんなよ? お前を怖がらせねえように、あいつ、かな~り言葉を選んでたけどな。実際、まったく舐められるような相手じゃねえんだ。ここの結界だって、いつ突破してきやがるかわかんねえしよ」
「……そうなの?」
 なんかまた心臓が喉元までせり上がって来たような感覚に襲われて、俺は黙り込んだ。
 凌牙は頷く代わりに、ぴくっと片眉と口の端を持ち上げた。
「ま、怯えさせたくなかったんだろうがな、お前を」
「そ、……そか」

 そうだよな。そういうとこ、あいつは優しい。多分、俺に対してだけなんだろうし、そこは大いに問題ありなんだけど、凄い気遣いを発揮してくれる。

「だから、俺にしとけっつったんだよ」
「うへえ。何いってんだよ」俺は、かなり生ぬるい視線で凌牙を見つめた。「お前なあ。今、それブッ込んでくんの」
「じゃあどこでブッ込むんだよ。俺らのコロニーでなら、十分かくまえるんだぜ? お前の一族郎党、全員でもな。いくら高位のヴァンピールでも、俺ら全員を相手にはできねえしよ」
「そうなんだ」
「おン前。人狼ウェアウルフ、なめてんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
「んー。ごめん。なめてはねえよ。すげえと思ってるし。けど、ウェアウルフのこともヴァンピールのこともまだよくわかってねえから、判断はできねえかも。てか、あのシルバーなんたらって奴、強すぎだし……」
「あの変態ジジイが日光に耐性があるらしいっつうのも、なんか理由はあるはずだろ。モスキート野郎の薬を使ってねえんだとしたら、理由はなにか。そこに弱点やら攻略のためのヒントだってあるはずだ」
「な、なるほど」
「だから、まずは情報集めなんだよ。そこはあのモスキート野郎も理解してる。今はそんで、手下を使って情報収集もやってるぜ。俺も、仲間に頼んでちょっと動いてもらってるしよ」
「そうなの? ありがとな、ほんと。凌牙も」
「なんだよ。水臭えな」
 凌牙が唇をひん曲げた。
「でも、あんま無理しないように言ってくれよな。俺と俺の家族のために、お前や一族のみんなになんかあったら……申し訳ねえから」
「んな、ヤワじゃねえっつってんだろ。心配すんな」
「ん……」

 俺はちょっと足もとを見た。
 と、凌牙の手をやっと離れて肩に戻ったクロエがキュウキュウ鳴いて、俺の首に体を擦り寄せてきた。俺がどんどん落ち込んできてるのに気づいたんだろう。俺はそっとクロエを撫でた。ああ、やっぱりほっとするよ。
 そんで、今訊くべきじゃないことをつい訊いてしまった。

「……なあ、凌牙。なんで『友達』じゃダメなんだ」
「なんでって。こないだも話しただろうが」

 案の定、凌牙は不快げに眉をひそめた。

「聞いたよ。特別な関係とは違うからだろ? ほかの誰かに独り占めされんのはイヤなんだよな。でもさ……俺、わかんねえ。怜二のことだってそうだ。今んとこ、二人ともこ、こここ『恋人』として……なんて、見らんねえし。今まで、友達から先のことなんて考えたこともねえんだもんよ」
「そりゃま、そうだろうな」
「いま、頭ぐちゃぐちゃだし。親父とおふくろと、じいちゃんとばあちゃんのことも心配でっ。ほ、ほかにも親戚だっているし。全部守るなんて、きっとめちゃくちゃ難しいし。い、いま、この瞬間にもじいちゃんやばあちゃんに何かあったらどうしようって……!」

 ガッと頭を抱えたら、クロエが「ぴゃっ!」と飛び立った。びっくりさせちまった。
 凌牙がずいと体を寄せて来たと思ったら、頭をぐいと胸に抱きしめられていた。俺は一瞬体を固くしたけど、すぐに力を抜いて、凌牙の胸元に頭を預けた。
 そうしたら、頬のあたりにふさっと、もふもふした感触が生まれた。

「えっ……」
 目を上げたら、あのときのめっちゃかっけえ狼の顔が目の前にあった。
「わ、凌牙──」
「いいぜ。こっちの方が落ち着くんだろ? ペット代わりになってやるつもりはさらさらねえが、ちょっと触るぐらいは許してやるわ」
「マジ? やりい!」

 俺は後先あとさき考えずに、わっとその太いもふもふの首に抱きついた。
 今夜って、月齢はどのぐらいだったかな。俺を抱きしめてくれている凌牙の腕も、人間のものっていうよりは毛皮でしっかり覆われた狼のものになっている。
 直立はしているし五本指のまんまだけど、そう、ちょうどラノベなんかで見るみたいな獣人のイメージだった。背丈もぐっと伸び、胸板もさらに厚くなって、がっしりとした戦士を思わせる体形だ。

「わ~! 狼! もっふもふ! やっぱいい! でかいわんこいい!」
「はいはい。あの野郎に見つかんない間だけな。あと、わんこじゃねっつの」
 肉球のうきでた分厚い手のひらで、凌牙は俺の頭を軽くぽすぽすやった。ものすごく優しい仕草だった。
「あの野郎、本気でブチ切れたら結構えぐい真似してきやがるかんな。前の時の皮剥ぎとか、どんな趣味してやがんでえってレベルだったぜ、マジで。だから、ちょっとだけな」
「はーい。サンキューな、凌牙。ラッキー!」
「ったく。調子いいな、お前」

 嬉しすぎてにこにこになっちまった俺の顔を、狼顔になった凌牙は何とも言えない目の色でじっと見てた。
 それから、ぺろんと俺の鼻先を舐めた。長い狼の舌で。

「……だからよ。『俺にしとけ』っつってんじゃん」
「凌牙……」

 俺は、ぎゅっとまた狼の毛皮に包まれた胸元に顔を押し付けた。
 だめだ。わかんねえ。
 そんなの今、どっちかに決めろとか言われても。
 だって俺、凌牙のことも大好きだ。そばにいると心がほかほかするし、なんかものすごく安心するし。言葉にしたことはねえけど、めっちゃ好き。
 もしも怜二を選んでしまって、こいつとこんな風に話したり、こうやって触ったりできなくなるんだとしたら、そんなのきっと……我慢できねえ。

「……ごめん」
「泣くなバカ。俺が泣かせたみてえじゃんよ」
「な、泣いてねえし!」

 バッと顔を上げて叫んだら、しょっぱいもののにじんだ目元をぺろっと一回舐められて、それからちゅ、と口元にキスされた。

「ぴゃーっっ!」

 クロエが憤慨して、周囲をぱたぱた飛び回ってる。ネコ足を出してきて、それでぺしぺし凌牙の片頬あたりに蹴りを入れまくってるけど、凌牙は完全に「蛙のつらに水」状態だ。
 俺は、しばらくぼんやりしてた。

(……え)

 ぱっと片手で唇に触れる。

 これキス?
 え、キスかよ?

 なに、マジ?
 ちょ、信じらんねえ。
 不意打ちかよ! どさくさに紛れて何すんだこいつ!

「……じゃな。ちゃんと寝ろよ」

 凌牙はひょいと俺の肩をつかんで身体を離すと、素早く踵を返した。
 そんで、もう振り向きもしないで広い廊下を突っ切って行ってしまった。
 俺は何にも言えず、ただ口をぱくぱくさせて、呆然とその背中を見送った。
 頭の周りでクロエだけが、「あわあわ、あわあわ」と言わんばかりに、ひとりでぱたぱた飛び回っていた。
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