血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第二章 怜二の秘密

4 転機

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 怜二の「転機」は、十六になったころに訪れた。
 その時怜二は、数年前から高額な金を積まれて、とある地方のお大尽の邸に身請けされていた。そいつはかなりきわどい変態趣味の激しい中年男で、東西各地から色々と毛色の違う少年少女をあがなってきては身辺に侍らせていた。
 もちろん怜二も、その変態趣味に合わせた様々な性的なサービスをさせられていたんだろう。
 そう思うと、俺の胸はひどく塞がれる感じがした。

 怜二が初めて出会ったヴァンピールは、そこの客人の一人だった。
 ヴァンピールはみな、姿がいい。理由は色々あるみたいだけどさ。まず、ヴァンピール自身が容姿で血を分ける相手をえり好みする。始祖の血が濃い奴ほど変身能力が高いから、好きに容貌を変化させることも可能だし。実際、怜二がいまそうしているようにだ。
 その男もその例に漏れず、非常に人目を惹く容姿をしていた。そしてお大尽からひどく気に入られ、客人として丁重に扱われて、長逗留ながとうりゅうをしていた。
 ある夜、何を思ったのか、男はお大尽のやしきに火を放った。
 だがその前に、邸に飼われていた少年少女をことごとくほふったのだ。
 もちろん、怜二もそのひとりだった。

「そいつにとっては、ほんの気まぐれだったんだと思う。もっと目立たず、こっそりと飢餓と欲望を満たす方法はいくらでもあった。だから、あれはあいつにとって一種のお遊びにすぎなかった。僕自身に血を分け与えたことも、単なるお遊び。ロシアン・ルーレットで遊ぶみたいなことだった」

 ヴァンピールは、なにも人の血や生気を吸い取るだけじゃない。その気になれば、自分の濃い血を注ぎ込んで仲間を増やすこともできる。自分が作り出したその「仲間」は、大抵は手下のようなものになる。
 身の回りのことが面倒になったり、人間の目をあざむくカムフラージュのためだったり。時には単に、身近に気楽にいたぶれる存在が欲しいだけなんてこともあるらしい。これはかなり最低だけど。
 たまに動物にそうすることもあるけど、それは特に夜に空を飛ぶ生き物を隷属させて、使い魔として使役するためらしい。

 ただ、いずれにしてもほとんどのヴァンピールがあまりそういうことはしない。余程の必要に迫られなければ、彼らは仲間を増やさないんだ。
 地球上にヴァンピールが増えすぎれば、自分たちのである人間を必然的に奪いあうことになる。資源は当然、限られている。その結果、枯渇──つまり、人類の滅亡──に至るようではまずいからだ。
 だが、そのヴァンピールは変人だった。人じゃないから、まあ「変吸血鬼」ってことになるけど。
 ある夜、そいつは邸にいた少年少女を手当たり次第に屠りながら、その首に牙を突き立て、原初の濃いヴァンピールとしての血を彼らの身体に注ぎ込んだ。

「でも、たとえそうされたからといって、全員がヴァンピールになれるわけじゃない。ヴァンピールは人間とはまったく違う生き物だからね。特に濃い血を注ぎ込まれた人間の身体は、恐るべき拒絶反応を示す。……つまり、多くは死に至るんだ」

 すっかり冷めてしまった紅茶のカップを弄びながら、怜二は相変わらず淡々と話をしている。
 怜二の言った通りだった。
 少年少女のほとんどは、恐怖と苦しみによる断末魔をあげながら、体じゅうが沸騰するように膨れ上がり、次には蒸発するように干からびて、バタバタと死んでいった。
 怜二は必死に逃げ回った。が、最後の最後、手にしたナイフでその化け物を何度も切りつけて抵抗した挙げ句、がっぷりと喉元に咬みつかれた。

「恐ろしい苦痛だった。体じゅうの細胞がめりめりと壊れて一度ぜんぶ霧散し、それがどろどろの血糊で混ぜ合わされて再構築される。そんな感じ。……あの苦しみに耐え抜ける者でなければ死ぬんだと、本能的にわかったもんだよ」

 結局、怜二は十日以上も高熱と激痛にうなされていたらしい。
 目が覚めたとき、男はその街から煙のように消えていた。
 そして怜二は悟ったんだ。
 自分がすでに、に変わってしまっていることに。


「その後は、正直いって楽だった。太陽の光が自分にとって害になることは、本能的に理解していたし。長年各地を放浪するうちに、ほかのヴァンピールと会ったこともあるしね」
「そうなんだ」
「銀に耐性がないとか、ニンニクや十字架に弱いとか、寝ているときに心臓に杭を打ち込まれれば死ぬだとか、そういう知識はむしろ人間たちの文献から得ることができた。僕がなるべく人間らしい振舞いをして、彼らに溶け込んで生きようと思ったのは、そういう都合もあったからだよ」
「ふうん……」
「自分がヴァンピールだから、人間を捕食する側だからと高慢に、また安易に考える者ほどあっさりと人間に狩られていった。……愚かだったんだと思う。人間は馬鹿じゃない。特に、集団で行動するときには思いがけない力を発揮する。愚かな奴ほどそれを認めないどころか、無意味に侮っていたからね」
 怜二はさも「しょうがないよね」と言わんばかりに軽くため息をついた。
「結果、そういう連中はどんどん始末されていった。だから今の世界にはもう、ほとんどそういう愚かなヴァンピールは生き残っていないのさ」
「な、なるほど……」

 俺は顎をぽりぽり掻いた。
 そりゃそうだ。吸血鬼はもともと、姿が良くて気位も高くて賢いイメージが強い。けど、人間に狩られながらも今まで生き残って来たってことは、それだけ特に賢くて、人間を甘く見ない個体が残ってるってことなんだ。つまり、少数精鋭が残ってると。
 みんな人間に簡単には見破られないように、本当にうまく人間に擬態して、人間の生活に溶けこんで生きてるんだろう。確かにその方が絶対に賢いもんな。

「そういえば、こないだ凌牙に体質改善がどうこう言ってたよな?」
「ああ、そうだね」
「もともとは、太陽光に当たれば塵になって消えちゃうって聞いたけど。でも、お前は関係ないみたいだし。昔から体育の授業とか水泳とか、みんなと一緒にふつーに外でやってたもんな。あれはどういうことなんだよ」
「あはは。……あれはね」

 言って怜二は、シャツの胸ポケットから小さな透明のアンプルみたいなものを取り出した。

「僕らの持ちうる知恵と技術と莫大な資金とを結集させて、僕らは遂にこういう薬を開発したんだよ。ヴァンピールが太陽光に当たっても無事でいられるようにね」
「へー!」

 俺は怜二の手の中にある、ぼんやりと紫色に光っている液体をじっと見つめた。

「僕はもう何百年も前からこの研究を始めていた。近年になってからは、このために研究チームも作った。そのために財団を作り、裏から大いに支援してもいる」
「へええ……」
「チームはもちろん、頭脳明晰で優秀なヴァンピールだけで構成されている。他にも様々な業種に手を出してはいるけれど、僕のタカゾネ・グループのそもそもの存在意義は、第一にそこにあったと言っても過言じゃないんだ」
「そうなのかよ。なるほどなあ……って、あれ? いまお前、『僕のタカゾネ・グループ』って言った?」
「ふふ。よく気づいたね」

 怜二は軽く笑うと、アンプルをポケットに戻して立ち上がった。そのまま窓際まで音もなく歩く。足音は嘘みたいに聞こえない。テレビや映画で「あれっ? 音声入ってる?」って思っちゃうような、不思議に静かな時間だった。
 と。

「え……? あっ!」

 俺は思わず声をあげていた。
 窓のそばに立った怜二の顔が、突然表情を変えたからだ。
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