血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第一章 幼なじみ

6 逡巡

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 俺は、がばっと跳ね起きた。

「なっ……怜二!? えっと、俺──」
「君んちの前で気を失って倒れたんだ。ご両親は仕事だし、僕の家に運んでね。もちろんご連絡はしてあるよ。医者も呼んだ。貧血だって」
「そ、そうなの……? って、うわ、大学は?」
「今日は休んだ。僕は行って来たから、安心して。今日は出席の危ない講義はなかったし、ノートはとって来たし。もう君の分もコピーしてあるからね」
「え? ああ……ありがと。わりい……」
 頭を掻いて言ったら、急に怜二の目が暗くなった。
「礼を言われるようなことじゃないんだ。……ごめんね、勇太」
「え? なんで謝るんだよ。俺が勝手に倒れただけだろ」
「うん……。そうなんだけど」

 きょとんと見返したら、怜二はますます体のどこかが痛そうな顔になった。
 カーテン越しに入ってくる陽の光の加減で、どうやらそろそろ夕方らしいことがわかる。俺、かなり長いこと寝てたらしい。
 怜二は俺の視線を追うようにして少しそっちを見てたけど、ふっと表情を緩めてこっちを向いた。

「それより、お腹減ってない? 何か持ってこさせようか」
「……あ」

 言われた途端、バカ正直な俺の腹が盛大に音をたてた。





「なあに。あんた、家の前で倒れたって?」

 仕事から帰ってくるなり、おふくろは玄関先で靴を脱ぎながらそう言った。俺はあのあと、怜二んちで豪勢な夕食をご馳走になってから家に戻ってきている。

「大丈夫なの? ここのとこ、コロコロコロコロよく倒れるわねえ、あんた。貧血もちの女の子みたい。なんかどこか病気なんじゃないの」
「コロコロコロコロって、俺はフンコロガシかよ」
「あっはは! そんな返しができるんなら大丈夫ね」

 おふくろはけたけた笑って、ささっと手を洗うとエプロンをつけた。

「あ、俺、今日は怜二んとこで食べてきたから。メシいらないぜ」
「あら、そうなの? ラッキー。お隣さんにはいつもいつもお世話になっちゃって申し訳ないわねえ。じゃ、今夜はてきとーにやっちゃいましょうか」

 って、いつもてきとーな気もするけどな。
 とは思ったけど、俺は敢えて自分の口では突っ込まない。そんなことを言った日には、一週間ぐらい夕飯抜きになるもんな。「共働き家庭の主婦を舐めんじゃないわよ」って、おっそろしい目で睨まれるもんなあ。

「お父さんには、外食してきてって電話しちゃお。あたしは残りものでてきとーに食べればいいもんね」

 なんだかうきうき、嬉しそうだな。
 やっぱり毎日の夕食づくりって、主婦は大変なんだろうなあ。俺も一人っ子だから、ある程度簡単な料理はできる。でも、毎日メニューを決めて料理するとなったらそりゃ大変だろうなっていうのはわかる。
 俺が小学校に上がったころから、おふくろは少しずつ仕事を始めて、今じゃ保険の外交員をやっている。いわゆる「生保レディ」ってやつだ。
 あっちこっちの家を訪ねてはしゃべる仕事だから、コミュニケーション能力だけは鬼のように高い。口だけはめちゃくちゃ回る。だからこの家で、口喧嘩でおふくろに勝てるやつはいないわけだ。

「じゃあ今日はゆっくりお風呂入って、パックもして~。たまってたドラマも観ちゃおっと」

 そんな感じでうきうきしてるおふくろを後に残して、俺は二階へあがった。
 自分の部屋で、ベッドにごろんと寝転がる。
 怜二の部屋でさんざん寝てきたせいか、ちょっと背中が痛い。

(……どうしたらいいんだろ)

 怜二の告白。
 ほんとかどうかは知らないが、あいつは幼稚園の頃から俺のことが意味で好きだったらしい。あいつが俺に本気で嫌がらせをしたりだましたりしてきたことはないから、あれはきっと本気だろう。
 だったら俺、どうやってあいつに応えたらいいんだろう。

 今までの自分のことを思い出してみる。
 小学校で、初めて「いいな」って思った子。もちろん女の子だった。両脇でちょっとだけ髪を結んだゆるいツインテの子で、笑うと笑顔が可愛かった。
 でもその子はあのにっくきバレンタインデーに、他ならぬ怜二に本命のチョコを渡してた。
 そういえば、俺が好きになる子が怜二を好きってパターンはめちゃくちゃ多かったな。まあ基本的に怜二が女にもてすぎるだけなんだけどさ。

 ともかく。
 俺は女の子が普通に好きなやつだと思う。
 怜二から告白されて、「好きだ。僕のものになってよ」って言われて。
 だから「はい、そうします」ってすぐ言えるような勇気はさすがにない。
 名前にいくら「勇」の字があったって、無理なもんは無理だしさ。
 怜二は俺の手にキスしたり、耳元で囁いたり、ときには抱きしめてきたりもする。それは全部、そういう気持ちの表れだったわけだ。

(ん? でも俺……)

 それをそんなに、気持ち悪いとは思ってないよな?
 キスされた手の甲をなんとなく見て、考え込む。
 これって普通か? ……よくわかんねえ。

「あああ! もう、わっかんねえよ……」

 俺は枕をぼふっと自分の顔に押しつけた。
 あいつの「好きだよ」に対して「イエス」って答えたら、それはそこから「恋人になる」ってことだよな? 今までみたいな「友達」ではなくなるってことだよな?
 んで、恋人になったってことはつまり──

(手ぇつないだりとか、デートしたりとか。あと、キ……キキキ、キスってか、その先も──)

「うおわああああ!」
「うるっさいわよ、勇太! 時間を考えなさーい!」

 叫んだ途端に、階下からお袋の怒号が飛んできた。
 ひええ。そっちのほうがよっぽど近所迷惑だよ。
 って言っても、ここの「近所」って要するに怜二の家しかないわけだけど。
 どういう土地の買い方をしたのかしらないけど、怜二んちの敷地って俺の家を囲むみたいに、いびつなコの字型になってるからな。いや、コの字型でもねえか。でっかい敷地のほんのすみっこに、ぽつんと俺んちの四角い面積が、パソコン画面のバグみたいに削れてるだけっていうか。
 てっきり俺んちにも鷹曽根の家から「家と土地を売ってください」って話が来てたのかと思ってたけど、親父に訊いたらそんな話は全くなかったらしい。よくわかんないんだよなあ。

 と、俺の思考は携帯が震える音で中断された。
 メッセージアプリのアイコンにお知らせマークがついている。

《勇太。ちょっと出てこれねえ?》

 凌牙だった。
 
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