血と渇望のルフラン

るなかふぇ

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第一章 幼なじみ

5 過去

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「今も昔も、同じだよ。僕が好きなのは君だけだ」
「れ、れいじ──」

 その目があんまり真剣だったから、俺の胸はどきりと一回打って、止まった。

「世界中で、君だけ。ほかのどんな時代、どこの国を探しても、君以上の人なんていない」
「ま、待てって──」
「勇太。愛してる」

 俺は目も口もぽかっと開けたまま、今では自分よりちょっと下にある怜二の瞳を見つめてぼんやりと立ち尽くした。

 なに?
 いきなりなに言ってんの?
 これマジ? マジなの??

「……ね、勇太。僕だけの勇太になってよ」

 俺は完全に絶句して、バカみたいにそこに棒立ちになった。
 真剣だ。マジなんだ。こいつ本気で、俺のことを──。
 俺はなんにも言えないで、ただ固まっているだけだった。怜二はやがて、真っ赤になってるんだろう俺の耳をそっと撫でた。
 それから、そこにするっと口を寄せた。

「……うん。まあ、返事は今すぐでなくてもいいよ。さすがに、幼稚園のときみたいにはいかないもんね」

 怜二の瞳が目の前にある。
 日本人としての茶系を帯びた瞳の奥に、ぎらぎら光る赤くて仄暗ほのぐらい火が見えた気がして、俺はなんとなく蛇に睨まれたカエルみたいな気持ちになった。
 なんなんだよ、これ。
 なんか知らないけど、ちょっと怖い。
 俺のほうがガタイだっていいし、運動もやってたから体力はあるはずなのに。
 なんで俺、こいつに腕を掴まれたら絶対に逃げられないって気になっちゃうんだろ。

「これまで、ずいぶん長いこと待ったんだ」

 怜二の囁きが、気のせいかものすごく遠いところから聞こえている。耳の奥でうわんうわんと反響して、脳を全部、黒っぽい血の色に染めていくみたいな気がした。

「だから、あと少し待つぐらいのことはなんでもない。……でもね」

 最後の言葉が急に音程を下げて、ずきりと鳩尾みぞおちのところに沈んでくるみたいだった。

はダメだ。あいつにだけは渡すつもりはないからね。そうなったら、あいつの命だって保証はしない。……それだけは覚えておいて。いいね? 勇太」

 なんだ? 何を言ってるんだ、こいつ。
 命って、何をそんな物騒なこと──。
 頭の芯がくらくらしていて、俺の思考はどんどんまとまらなくなっていく。
 でも、「あいつ」っていうのが誰のことだかは、なぜか本能的に分かっていた。

──凌牙。

 ほとんど反射的に、長髪でワイルド系のイケメン顔が目の裏にひらめいた。
 でも、どうして……?
 なんでこいつ、そんなにまで凌牙のことを──

 そこまでで、俺の思考はぷつりと切れた。
 そのまま目の前が真っ暗になり、俺の意識は奈落の底へ沈んでいった。





 ふと気づくと、俺は高校の教室にいた。

(え? なんだ?)

 ぱっと自分の格好を見下ろしたら、高校の制服だったブレザー姿だ。きょろきょろ周囲を見回せば、見覚えのあるクラスメートたちの顔が見える。
 その中から、長い前髪をカチューシャであげた姿の凌牙が手を振りながら近づいてきた。

『よお! 勇太、部活いこうぜ~』
『ああ、うん』

 なんとなく気になってそばの机を見下ろしたら、いつものように怜二が本を読みながら、じっとりと凌牙を睨んでいる。

(……ああ。夢だな)

 俺はそう思いながら、この何度も繰り返された過去のシーンを見つめた。
 高校になってから一緒になった凌牙とは気が合って、サッカー部でずいぶん一緒に走り回った。
 凌牙は高校生とは思えないほど、最初からがしがしと攻撃的で、めちゃくちゃに足が速くて目もよくて、フィジカルもメンタルもな奴だった。当然のようにポジションはフォワードで、一年のときからレギュラー入りを果たしていた。
 そういう選手にありがちな自分勝手なプレーじゃなくて、ちゃんと周りを見て鋭く的確なパス回しもできる。はっきりいって、非の打ちどころのないプレーヤーだった。
 対する俺は、二年になって先輩が抜けてからの、ごく順当なレギュラー入りだった。ポジションはミッドフィルダー。凌牙みたいな派手さはないけど、先輩もコーチもそれなりに俺の能力を認めてくれてたのは嬉しかった。

 怜二はもちろん、サッカー部になんて入らなかった。でも、校舎の二階にあってサッカー部が練習しているグラウンドが見える学校の図書館にいつもいて、練習が終わるまで俺を待ってくれていた。
 まあ、帰る方向が一緒だし。当たり前だよな。
 ……と、当時はそう思ってたけど。
 『帰り、駅前のお好み焼き屋に寄ってこうぜ~』とかなんとか言って俺を誘ってくる部の連中や凌牙のことを、怜二は明らかに追い払っていた。『今日はうちであの映画をみようよ。みたがってたろ?』とかなんとか、事前に約束をとりつけられていたことも多い。
 今にして思えば、あれは全部、ほかのやつらを俺から遠ざけるためにやっていたことなのかもしれない。
 そう考えると、かなり用意周到っていうか、策士っていうか。
 ……ちょっと怖い。不思議といやではねえけどさ。

 そういえば、凌牙は一年生のころ、春先にちょっと長いこと休んでいた時期があった。なんか風邪をこじらせちまって入院して……とかなんとか、噂で聞いたような気がする。でも、本当のとこはわからない。凌牙自身も、あんまりちゃんと答えてくれなかったような記憶がある。なんでだろう。
 あ、それで思い出したけど、その当時、俺のクラスはなんだか長期に休みになる女の子が多かった。なんか、転校しちゃう子も多かったな。他のクラスじゃそんなことはなかったみたいだから、俺のクラスだけは呪われてるんじゃないかって、そんな変な噂まであったんだった。

 怜二はずっと優しかった。
 俺が何か困っていたら、ちゃんと話を聞いてくれて解決の糸口を提示してくれた。
 二年になってからはほとんどつきっきりで勉強を見てくれてたし、ふたりであっちこっち出かけたりもした。「他の奴も誘おうか」って言うと絶対にいやな顔をするもんだから、大抵はふたりきりで出歩いてたな。
 映画館に、遊園地。水族館。町の図書館。
 試合なんかで部活の連中と出かけるとき以外はいつもいつも、俺は怜二とだけ行動してた。

(……そっか。だからか)

 夢のなかのぼんやりした意識のまま、俺は考えている。
 あれは全部、怜二は「デート」のつもりだったのかもしれない。
 俺は単に友達と遊びに行くだけのつもりだったけど、怜二の中では「デート」のつもりだったのかも。
 ……だとしたら俺、めっちゃめちゃ鈍くないか。
 怜二、本気なんだとしたら、結構つらかったんじゃないの?
 こんな鈍いのを相手に、よく何年も我慢してたな。

『ごめん、怜二』

 そう呟いた自分の声が耳に聞こえて、俺はぱっと目を開けた。

「勇太。なんで謝ってるの」

 すぐそばから怜二の声がした。
 俺は怜二の部屋の、怜二のベッドに寝かされていた。
 怜二はその傍に椅子を引き寄せて座ってて、じいっと俺の顔を見ていた。
 何とも言えない、不思議な目の色をして。
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