上 下
6 / 52
小さな恋のものがたり

6 横抱き

しおりを挟む

「それで、あのう……黒鳶どのは?」

 声はかっこ悪く掠れてしまった。
 黒鳶は、やっぱり静かな黒い瞳を上げて、じっとロマンを見つめてきた。

「どう思われますか。その……同性同士で愛し合う、という……ことを」

 その奥になにかのゆらぎの切れ端でも見つけられないかと思って、ロマンも一生懸命その目の中を覗いてみた。だが、やっぱりよく分からなかった。
 黒鳶はしばらく黙っていた。答えに窮しているという様子はなく、ただロマンを見つめていたいから見つめている……という風にも見えた。が、実際どうなのかはよくわからない。
 建物の外では、平和そのものの小鳥の声がしている。
 人工的なものとは思えないほどの優しい風が、庭木の葉っぱをさやさやと揺らしている。それに合わせて、梢を抜けて来た陽光がちらちらと部屋の中の空気を変化させていく。
 黒鳶が唇を動かすまで、永遠とも思えるような時間が過ぎた。
 男はようやく、「基本的には」と語りだした。

「……基本的には、ご当人様がたの自由かと。特に嫌悪感などは持ちませぬ。そのような資格、自分ごときにはありませぬし」
「そ、そうですか」

──では、あなたはどうですか。

──私のことを……どう思っておいでですか。

 そう訊きたいのは山々だったけれど、ロマンの喉も唇も、どうしてもそれ以上は動かなかった。
 なんだか泣きたい気持ちになる。胸が締め付けられるようで、息が急に苦しくなった。

「いかがなさいました。……大事ありませんか」

 黒鳶の手がごく優しく肩に触れてきたのを感じて、びくっと身体を竦ませる。

「な、なんでも……ないです。大丈夫──」
「しかし。お顔の色が」

 そのまま肩を抱かれて黒鳶のほうへ向き直らされるのが分かった。
 ほんのわずか、抱き寄せられる感覚があった。
 ロマンはそのまま、彼の首のあたりに抱きつきたくなる衝動を必死にこらえた。

 抱きしめて欲しい。あの時のように。
 強く、また優しく抱きしめて、頭や頬を撫でて欲しい。
 まるで、「どこへもやらぬ」と言うかのように。
 そしてできれば……口づけを。

(な、なにを……! 私は)

 ハッとして黒鳶の胸から身を離すのと、小部屋のほうから玻璃殿下とユーリ殿下が現れたのとはほぼ同時だった。

「ん? どうしたの、ロマン。気分でも悪くなった?」
 異変に気付いて、すぐに心配そうにユーリ殿下が駆け寄ってくる。黒鳶が立ち上がって一礼をした。
「は。どうやらそのようで」
「い、いえ! 大丈夫です。なんともありません。すみません……」

 ロマンは顔と両手を懸命に左右に振って固辞したのだったが、さっさと黒鳶に横抱きに抱え上げられてしまった。

「うわっ! や、ちょっと……!」
「すぐに御所に戻りましょう。皇太子殿下、申し訳ありませぬが、お先に失礼を致したく思います。代わりの護衛の者はすぐに手配いたしますゆえ。構いませんでしょうか」
「うん。すまないね、黒鳶……」
 ユーリ殿下の本当に心配そうな声がした。黒鳶の肩に遮られて、殿下のお顔は見えなかった。
「ああ、案ずるな。別の護衛はこちらで呼ぶことにしよう」
 玻璃殿下の声が背後に聞こえ、黒鳶は少しだけ頭を下げてどんどん歩き出してしまう。

「ちょっと! く、黒鳶どの……!」

 ロマンの抗議は虚しかった。
 まるで花嫁にするようにして少年を軽々と抱え上げ、黒鳶はずんずんと大股に長い廊下を歩いていった。





(ああ、もう……。なんて失態だ)

 自室のベッドの上で、ロマンはもう百回目ぐらいの溜め息をついている。
 あれからすぐ、黒鳶はこちらへ戻って、彼をベッドに突っ込んだ。まさに文字通り「突っ込んだ」という感じだった。
 その後はすぐにAIによる簡易の診察がなされ、医師が呼ばれてさらに詳しい診察を受けた。
 ほんのわずかに微熱があったのが、ロマンとしては神の救いに思われた。

「少し疲れが溜まっておられるのでしょう。しっかりと食事を召しあがり、ゆっくりお休みになれば問題ないと存じます」

 皇室づきの老年の医師──こちらでは「御典医」などと呼ばれている──は矍鑠かくしゃくとしたご老人だったが、誠実で鷹揚な微笑みを浮かべてそう言うと、少しばかりの薬を処方して下がっていった。
 少しあとから戻って来たユーリ殿下はすぐに見舞いに来てくださり、医師の診断を聞いて心から安堵したご様子だった。

「よかった……。ロマンの身に何かがあったら、私はもうどうしたらよいかわからない。勉強のこともあって、きっと無理をさせたのだね。真面目なそなたのことだ。課題などで頑張って夜更かしもしすぎたのではないのかい? 私のわがままのために、本当にすまない……」

 今にも泣き出しそうに肩を落としてそうおっしゃるものだから、ロマンのほうが慌ててしまった。身が縮むとはこのことだ。必死で「おやめください、お願いです」と言いまくり、なんとかユーリ殿下にはご納得いただいた。殿下は玻璃殿下にも慰められながら、何度も後ろをふり返りふり返り退室されていった。

(ああ……。なんてことだ。バカバカ、僕のバカ)

 寝床に横になったまま、自分でこめかみのあたりをぽかぽか殴りつける。
 ユーリ殿下にご心配をかけるなんて、本末転倒もいいところだ。まして、勉強が負担になっているなんて事実は少しもないのに。むしろ新しいことを学べるのは本当に心楽しくて、いつまででもやめられなかった。だからこそ、ついつい続けてしまっていただけなのに。

 と。
 従僕のための小部屋の扉を、ことことと小さく叩く者がある。
 やがて聞き慣れた低い声がそれに続いた。

「黒鳶です。入室しても構いませぬか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

男の子たちの変態的な日常

M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。 ※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

処理中です...