星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
168 / 191
第七章 兄二人

しおりを挟む

 座敷牢を出て少し歩き、庭に面したえんまで出てから、やっとアルファは息をついた。それはほとんど嘆息だった。長兄と顔を突き合わせての話し合いは、思った以上に精神力を消耗したのだ。
 しかしこれで終わりではない。次はどうしても、あのツグアキラ兄に会わねばならなかった。

「殿下。本日のところはここまでになされては」
 背後から控えめに進言するのはミミスリである。ザンギもすぐに続いた。
「左様ですな。殿下はまだ床上げなさったばかりのお体。ご無理は禁物にございましょう」
「……いや、駄目だ」
 アルファは目を上げると振り向いて、忠実な二人の臣下に微笑んで見せた。
「二人とも、そんなに私を甘やかさないでくれ。いずれにしてもツグアキラ兄上にも直にお会いせねばならないんだ」
「いえ、しかし──」
 言ってミミスリが何故かちらりとベータのほうを見やった。ザンギを見れば、彼も何やら意味ありげな目でベータを見下ろしているようだ。

(なんだ……?)

 一体、何があると言うのだろう。
 確かにここまで、意識不明だったアルファの代わりにこの男たちが罪人たちの訊問をしてくれていたわけなのだが。その中で、どうやらアルファには聞かせにくい様々な問題が生じていたということなのか。

「どうしたんだい、二人とも」
「あ、いえ……」

 ミミスリが素直な反応で口ごもる。赤褐色の目がまたちらりと隣のベータを見やったが、当の本人は惚けた顔で庭を見やり、曲水の池など眺める風情なだけだった。因みに男はあれ以来、無精髭もきちんとあたって、いつものこざっぱりしたいで立ちに戻っている。
 アルファは少し不審には思いながらも言葉を続けた。

「ともかくも。私は予定外のことで、あまりにも皆の時間を無駄にしすぎてしまった。裁きを下さねばならない大臣おとどたちもまだまだ残っているのだろう? 私自身、彼らに直接会わぬまま裁きを下すわけにはいかないと思っているし。これ以上、ことを引き延ばすわけにはいかないよ」

 そこまで言われてしまえば、二人は黙るしかないようだった。対するベータはと言えば、先ほどと同様、こちらの話など聞こえなかったかのような顔であらぬかたを眺めやっているだけだ。

「……参ろう。さあ、案内あないしてくれ」
「は……」



◆◆◆



 ツグアキラが捕えられている場所は、長兄ナガアキラのいた座敷牢と似たような部屋だった。しかしこちらはより狭く、かなり日当たりの悪い場所になっている。周囲には長兄のところと同様に、衛士たちが数名立っている。
 ナガアキラとは座敷牢内で対面したアルファだったが、ツグアキラに対してはミミスリやザンギの強硬な反対もあって、やむなく鉄格子ごしでの面会となった。

 ツグアキラは薄鼠うすねずの直衣姿で、向こうを向いて敷物に横たわっていた。片手でしっかりと頭を支えているので、眠っているわけではないらしい。だと言うのに、格子のこちらで皆が座ったあとになってもしばらくは、次兄はこちらを見ようともしなかった。

「無礼だぞ。殿下のわざわざのお越しだ。礼をもってお迎えせんか」

 遂にしびれを切らしてミミスリが唸ると、男はのろのろとこちらを見やり、やがてひどく大儀そうに座り直した。
 黒髪は少し乱れ、頬もこけてはいるものの血色は悪くない。その目の光は相変わらず危ないもので、視線だけでもひりひりとアルファの頬の皮を焼くかのようだった。

「ふん。どうせ殺されるだけの罪人が、いまさら誰に礼を尽くすか。気に入らぬなら、今ここで八つ裂きにでもなんでもすればよかろう」
 ぎすぎすした声音のどこにも、反省だの親愛だのは匂いもしない。ツグアキラは憎悪のこもった赤い目をして、気味の悪いほどにじっとアルファの顔を凝視してきた。
「ああ、まことに惜しいことをした。あと一歩、拳ひとつぶんだけでも深く、貴様に槍を突き込んでおればな……」
「…………」

 アルファはただ呆然と、言葉をなくして兄の顔を見た。
 長兄と話をしたときにも思ったけれど、一体この兄はどうしてこうまで自分を憎んでおられるのだろう。ともに育ったとは言えないまでも、それでも自分たちは同じ父母から生まれた兄弟ではないか。それがどうしてこんな風に憎悪にまみれていがみあい、争い合わねばならなくなってしまったのか。
 膝の上で一度、ぐっと拳をにぎりしめてから、アルファは静かに兄に訊ねた。

「……ツグアキラ兄上。なぜですか」
 兄は何も答えない。
「なぜ、左様なまでにわたくしをお厭いでおられるのでしょう。わたくしは兄上に、何かしてしまったのでしょうか」
 兄はその表情もぴくりとも動かさなかった。能面のようにすら見える青白い顔が、仄暗い座敷牢でぼんやりと浮かんで見えた。
「もしもそうなのだとしたら、謝ります。床の中で、ずっとそう考えておりました。もしも私が幼いあまり、愚かなあまりに迂闊にも兄上のお心を傷つけてしまったことがあるのなら……それは、きちんと謝罪せねばならないと」
「はっ!」
 突然、狂人の発するような甲高い声がした。兄の笑声だった。
「は、はは……! 謝る? 謝罪するだと……? 何をいまさら。しゃらくさい……!」

 白目の部分を赤く染めた兄の目がかっと見開かれている。どろりと濁ったその瞳の奥には、ぐらぐらと隠しようもない憎悪の炎が燃えていた。

「その、『自分は何も知りませぬ、分かりませぬ』という、清げづらがいらつくのよ! 貴様らも貴様らだ。そいつを私の前につれて来るなとあれほど言ったではないか。俺はそいつの、そのお綺麗な顔が憎うて憎うてたまらんのだからな……!」

 兄の狂ったような絶叫が、座敷牢にこだました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

婚約破棄と言われても・・・

相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」 と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。 しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・ よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。 *********************************************** 誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

処理中です...