星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 契約

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 話はそこから、少しばかりさかのぼる。
 惑星オッドアイのその島で、ミミスリが医療用カプセルに入ってから二、三日後の夜だった。
 夕食のあと、アルファはベータを誘って住居の外へ連れ出した。ザンギやその奥方、そしてそのほかの子供たちは住処のほうに残してきている。
 島は今、秋に入りかかった時候である。夜風がすずやかに頬を撫でていき、木々の葉がさらさらと乾いた音をたてて耳に心地よかった。この惑星の衛星は、今夜は半分の姿をしている。

(さて……どうしたものか)

 砂利を踏みしめながら島の中央部の湖へ至る道を歩きつつ、アルファはそれを彼にどう切り出したものかを考えていた。今日は二人とも、いつものシャツにスラックス姿である。
 ちなみにベータは、スメラギ入りをする直前にその目と髪の色を黒に変えてしまっている。別に医療機関にかからなくとも、短い期間なら簡単に色が変えられるものであるらしい。
 元の色も似合っていたが、スメラギ人らしい黒色の瞳と髪色になったベータは以前よりもさらに男ぶりが上がったようで、なんだかアルファは彼を見るたび胸がへんに騒ぐのだった。あれから随分たつというのに、いまだにどうも見慣れない。

(……いかん。こんな時に何を考えているんだ、私は)

 思わずふるふると頭を振ったら、隣を歩く男が変な目線をこちらによこした。
「なんなんだ。話があるんならさっさとしてくれ」
「ああ……うん」
 視線の先にあの湖の水面みなもがちらちらと見えるあたりまでやってきて、ようやくアルファは足を止めた。そうして、ベータのほうに向きなおった。

「まずは、あらためてここまでの礼を言わせてくれ。わざわざスメラギに入ってくれて、ザンギやミミスリの家族たちの救出にまで力を貸してもらって本当に助かった。どうもありがとう」
「…………」
 きちんと頭を下げて心から礼を言ったつもりだったが、案の定、男は変な顔をしただけだった。そして思った通り、どことなく機嫌の悪い声が返ってきた。
「別に、ついでだと言っただろう。お前がいなくなっていた間に、すでに俺はあの鷲のおっさんと面識もあったわけだしな。まあ成り行きというやつだ」

(そうだな。一体、何がどうしてこういうことになったものか──)

 彼の言うとおりだった。まったく、聞けば聞くほど不思議なめぐりあわせだった。
 実のところ、行方不明だと思われていたザンギを自分と引き合わせたのは、他ならぬこの男だった。どうやらベータはアルファを探していたあの三年の月日のあいだに、奇妙な偶然の重なりあいによってザンギと顔見知りになっていたらしいのだ。
 アルファはずっと、スメラギに残されているはずのミミスリとザンギの家族のことを気にかけていた。だからスメラギに帰ったら真っ先にその消息を調べ、できることなら救い出すつもりでいた。とはいえそれまでひと言もベータにそんなことを漏らした覚えはなかった。
 
 ところが、スメラギに降り立った途端、ベータはこともなげに言い放ったのだ。
「鷲のおっさんと狼のなんとかいう奴、それにそいつらの家族のことなら、もうとっくに調べてあるぞ」と。開いた口がふさがらぬとはこのことだった。

(まったく。本当に食えない奴だ──)

 その後ベータは「どういうことだ、説明しろ」と噛みつくアルファをしれっとした顔であしらって、まずはザンギに引き合わせた。

 アルファに引き合わされたザンギは、はじめ、ずっと床に頭をこすりつけるようにしてひたすら謝罪し、なかなか顔を上げてくれなかった。そうして「殿下をお守りすることもできず、自分ごときがおめおめとこうして生きながらえるなど」と、掠れた声で訥々と言いつのった。それは彼自身のこの三年間の恥辱と慚愧と忸怩たる思いのすべてを表現してあまりあるものだった。
 アルファは勿論、彼を責めたりはしなかった。むしろ彼のおかげで、自分はあのぎりぎりの時、命を永らえたのだと思うからだ。それが証拠に、彼はアルファの命と引き換えるようにして自身の右腕を失っていた。そうしてそれが何故か、ベータのものと非常によく似たあの竜のような印の刻まれた義手にとってかわっていた。
 そのあたりにこの顛末の真の理由がひそんでいるように思われたが、ベータもザンギも何度訊いても決してそのへんのことをアルファに語ってはくれなかった。どうやらその誰ぞかに厳しく口止めされているらしい。

 聞けばザンギはひと足先にスメラギ入りして、すでに様々な事前の準備を整えていたとのことだった。すなわち自分とミミスリの家族の現状を調べあげ、監視状況を調査していたのだ。
 そういうわけで、アルファとベータは彼と協力し、まずは彼の家族をその住まいから連れ出した後、ミミスリ一家をもあの辺境の田舎から救い出したのである。それらが比較的スムーズにいったのも、ザンギの下調べがあったればこそだった。

 ちなみにその時になってはじめて、アルファは二人に自分の特別な<恩寵>のひとつである<隠遁>について明かした。二人はそれぞれ妙な顔になっていたが、ザンギはある程度心当たりがあるらしく「なるほど」という顔をしていたようである。


「で? 話はそれだけか」

 隣の男のそんな声で、月を見上げて少し考え事をしていたアルファの意識は現実に引き戻された。

「ああ……いや。まだあるんだ。というか、むしろそちらが本題だ」
「なら、さっさとしてくれ。俺は早く戻って寝たい」
 ベータは相変わらずの面倒臭そうな顔だ。今にも欠伸でもしそうに目を細めている。アルファはちょっと苦笑した。
「それは済まない。すぐすむよ」

(そうだな。こういうことは、なるべく軽く言うほうがいい──)

 そう思って、アルファはそこいらの木々を眺めるようなふりをしながら、できるだけなんということもない口調を作って言った。
「これまでどうもありがとう。明日にでも、もう戻ってもらって構わないぞ」
 途端、男の目がぎらっと光った。
「……なんだって?」
 明らかに怒りを乗せたような声である。
「だから、私たちの手伝いはもうここまでで十分だ。君には君の仕事と生活があるだろう。これ以上、君に迷惑は掛けられない。ましてやこんな面倒なスメラギのごたごたに関わってもらうには及ばない。……と、そう言っているんだよ」
「…………」
 男は奇妙な沈黙を作り、じっとこちらを睨み据えるような目をした。
 アルファは意識的に軽く微笑んだ。しかし微笑んではいながらも、まっすぐに彼の視線を受け止めた。

「だって、そうだろう? 。これ以上、巻き込むわけにはいかないよ」

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