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第一章 スメラギの少女
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しおりを挟む「多少狭いが、少しの間だ。みんな我慢してくれよ」
ベータと呼ばれた男が言った通り、彼が「ミーナ」と呼んでいるらしいその小型艇はかなり手狭な感じだった。
木々に隠すようにされていた小型艇の中には、旅装姿の美しい女性が一人と、少年がふたり待っていた。どうやらそれが、鷲の顔をしたザンギという男の家族らしい。
「自己紹介なんかはあとだ。すぐに発進する。ミーナ、頼むぞ」
《了解しました、マスター》
「きゃ……!」
ベータが言ったとたん、急に頭の上から女の声が降ってきて、スズナはびっくりしてとび上がった。
《大気圏を離脱するまで、ご同乗の皆さまはベルトの着用をお願いいたします。特にお子様がたは十分にご注意くださいませ》
声のほうは特にそれには頓着しない様子で、淡々と皆に向かって注意事項を述べている。
「ぶっくく……」
そばに立っていた年下のほうの少年がくすくす笑って、兄らしい少年にちょっとにらまれた。
「笑うな、ハヤテ。失礼だぞ」
「いや、でもさあ。ちょっとびっくりしすぎだろ?」
(な、なによ……!)
スズナは少しむっとして、その少年を下から睨んだ。が、スズナが何かを言うまでもなかった。
「中央制御機構の声なんて、俺たちだって今まで聞いたことなかったじゃないか。お前だって最初はびっくりして飛び上がっていただろう」
「兄さん! それは言いっこなしだろ!」
弟は、ちょっと赤くなって兄に噛みついていた。
聞けばその兄弟は、兄がヤマト、弟がハヤテというらしい。兄は十四、弟は十二だということだった。二人の母、つまりザンギの妻はカエデという名なのだそうだ。
スズナの父、ミミスリとはまた状況が違ったが、彼らも父親が生死不明になって以降、スメラギでずいぶんと苦労をしてきたのであるらしい。そのあたりのことまではだれも小さなスズナに語ってくれはしなかったが、スズナは何となく彼らの言葉の端々からそのあたりのことを嗅ぎとっていた。
タカアキラ殿下たちが向かう先は、「惑星オッドアイ」というところらしい。そこまでの数日間で、スズナはこの兄弟とすっかり仲良くなった。兄のヤマトはその年ですでにかなり落ち着いた様子で男らしく、弟ハヤテはややお調子者だが、決して意地悪な人ではなかった。
◆◆◆
オッドアイのその島は、とてもきれいなところだった。
どこまでも広くて遠い、青い空。その色が映りこんで光り輝くような海。
歩くとさくさく音がする白くて遠浅の砂浜できょろきょろしっぱなしだったスズナは、島の奥からタカアキラたちを迎えに出てきた子供たちを見て、さらに驚いた。
子供たちは白くて清潔そうな着物を着て、みんなきれいな顔をしていた。聞けばみんな、とある場所からタカアキラ殿下に救い出してもらってここに住んでいるとのことだった。
ちなみにみんなは殿下のことを「アレックス」と馴れなれしく呼んでいる。それはまるきり近所のお兄さんになついているといった雰囲気で、スズナはちょっとうらやましくなってしまった。
あのきれいで優しい殿下に抱きしめてもらったり、頭を撫でてもらったり。冗談を言ったり、笑いあったり。許されるならスズナだって、ちょっとそうしてみたかった。
そういえば殿下ご本人も、小型艇の中でスズナたちに「あの惑星に降りたらそのあとは、自分をアレックスと呼んでほしい」とおっしゃっていた。どうやらこの星の子供たちには、殿下のご身分はまだ秘密にしておきたいということらしい。
それから「どうかみんなと同様、普通に話をしてくれたら嬉しいな」なんておっしゃっていたけれど。
それは小さなスズナですら「ちょっと無理よね」と思わざるを得なかった。なぜってスズナの父もザンギも、殿下がそう言った瞬間、自分の子供たちを凄まじい目で睨んだからだ。そんなこと、とってもできるものではなかった。
お調子者のハヤテなんて、殿下にさっそく「あ、そうなの? んじゃアレックス……」なんて話しかけて、早々にその父から大きなゲンコツを食らっていた。
子供たちはひとしきり殿下をとり囲んで、なぜか「えっ、僕のこと思い出してくれたの?」とか「あたしのことも? 本当に?」などと、ひどく驚いた様子だった。そうしてしばらくは嬉しさのあまりに殿下の体にとびついたり、泣き出すような子もいたりして大変だった。が、やがてそれも落ち着いた。
その後、大人たちが父をすぐに医療用のカプセルに入れるというので、スズナたちはその間、そこの子供たちに周囲を案内してもらうことになった。子供たちが言うには、殿下は生きていたことがわかってからもしばらくはご記憶が戻らなかったのだそうだ。
「そうだったの。それは大変なことだったのね……」
ただ一人、大人として子供たちについてきたザンギの妻、カエデがしみじみとそう言って、そっと袖で目元をぬぐっていた。「殿下」と思わず言いかけて、彼女はさりげなくこう言いなおした。
「『アレックス』様もどんなにか、今までご苦労をなさったことでしょう。まことにおいたわしいこと……。それなのに、こうしてわたくしたちのことまで決してお忘れにならず、こんなにもお気遣いくださって……」
その思いは、その場にいるみんなも同じだった。
◇
数日後。
父がとうとう治療を終えて、医療用カプセルから出る日がやってきた。
殿下がおっしゃるには、父は頭の中や骨の中にひどい傷を負っていて、少し治療に時間がかかってしまったのだそうだ。
(父さま……!)
医務室の扉から、子供たちと同じような白い着物姿で母と一緒に現れた父を見て、スズナはもうびっくりした。
顔は以前と同じハイイロオオカミのままだったけれど、父はもう、誰の手も借りずに歩ける状態になっていた。そればかりではない。悲しみと虚しさばかりを浮かべていた赤褐色のその瞳に、それまでにはなかった強い光が灯っていた。
父はすでに、雄々しい武人としての誇りを取り戻しているようだった。
スズナはなにより、それが嬉しくてたまらなかった。
「父さま、父さま……! 歩いてる! 父さまが、歩いてる……!」
スズナは手放しでそこいらを跳ね回り、父の首っ玉に抱きついた。父は軽々とスズナの体を抱き上げて、そのままその場でぐるぐる回った。スズナは嬉しくて嬉しくて、父の腕の中できゃあきゃあ笑った。
隣で「あまり無理をしないでくださいね、あなた。まだ治ったばかりなのよ」と言いながらも、母キキョウもとても嬉しそうだった。そうして、ぼろぼろ泣いていた。
父の腕に抱かれたままでふと見れば、少し離れた部屋の隅で、殿下が今にも泣きだしそうな目をして、それでもにこにこ笑っていた。
殿下のななめ後ろには、あのベータという名の男が壁に背を預けて立っている。男は軽く腕組みをし、そんな殿下を不思議な目の色で見つめていた。
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