星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 スメラギの少女

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 一日の仕事がやっと終わって帰るころには、スズナの足はほとんど棒のようになっている。もうまぶたも開けていられないほどに眠たいのだが、それでもその足を引きずるようにして、もらったわずかな賃金を手に母と一緒に家に帰る。
 家は村人の集落からは少し離れた山の中だ。その中の細い道を、母と手をつないでゆっくりと帰る。

 家といっても、それはどこからどう見ても掘っ建て小屋と言ったほうがいいようなあばら家だ。薄い板壁で囲まれただけの、六畳一間ろくじょうひとまが家のすべてである。
 その板壁だってあっちこっちに隙間があり、冬場などは隙間風がひどい。寒くて寒くてやりきれないので、そんな冷えこむ夜は、スズナ一家は三人でひとつの布団でくっつきあって眠るのだ。
 布団といったって、ろくに綿も入っていないような薄いものだし、土間のような地面に直接敷きわらをしてその上に寝るだけだ。部屋の中央に小さなかまどはつくってあるけれど、そこで火を焚いていても寒さはなかなかしのげない。

 母とスズナが働きに出ている間、父はいつもその小さな部屋の隅にそんな粗末な床を敷いて横になっている。ひとりでは、どうにか這ってかわやに行くぐらいがせいぜいだ。
 父の足と左半身はほとんど使い物にならなくなっている。かつて足の速さではだれにも負けなかったというその凛々しかったはずの面影は、今はもう父の中のどこにもない。
 とこにいてもできる仕事はないかというので、父は文字の読み書きができるため、ときどき注文があったときにはここで手紙の代書などをしている。とはいえ、そんなに注文は多くない。注文は母を通じてしか行えないからだ。
 というのも、父自身があまり人前に出られない姿をしているからだった。

 最初、父を見たときは不思議に思った。
 父の顔は、母や自分や周囲の人々とはまったく違っていたからだ。
 父の顔はどう見ても、そこいらをうろついている犬と呼ばれる生き物にそっくりだった。いや、母に言わせると、それは犬ではなくて「ハイイロオオカミ」という生き物だという話だったけれど。
 とはいえ母によると、父ももともとはスズナと同じ人の顔を持っていたのだという。母と結婚したときには、父も母と同様、気高く美しい人で、それは凛々しい青年の姿をしていたというのだ。その後、正式にスメラギにお仕えすることになり、そのままの姿では不都合があるのだとかで難しい手術かなにかを受け、今の姿になったらしい。

 父が勤めていたスメラギ皇家からは、父がそのままの姿であまり外出等をしないようにとの厳しい通達が来ているらしかった。別にそう言われなくとも、父はそうしなかったに違いない。何しろ周りには、父のような顔をした人がだれ一人いないのだ。
 父がそのままの姿で外に出れば、特にこんな辺境の田舎ではどんな仕打ちを受けることになるかわからなかった。下手をすれば「怨霊」だの「悪い神の使い」だなどと決めつけられて、周囲の村人から私刑に処される可能性まであった。ましてや今の父は、じゅうぶんに体も動かない身なのである。

 だが、スズナはそんな風になってしまった父を決して嫌いにはなれなかった。
 父はその狼としての赤褐色の瞳をいつも悲し気な色に染めて、大きくてふさふさした耳を垂れ、家族に向かって「すまないな」と言葉少なに言うのだった。だが、母もスズナも「そんなの気にしちゃだめよ」と言って父を笑って励ました。

 父は、とてもやさしかった。
 はじめのうちこそ、その狼の顔にびっくりして泣き出してしまったスズナだったが、今ではそんな父が大好きだった。ふさふさと毛の生えた父の顔も腕も、スズナには温かくて優しいものにしか思えなかった。父は寒い夜にはそのふさふさした狼の尻尾でスズナとキキョウを包み、ふたりの体を温めてもくれた。

 父は低くて男らしい、でも優しい声をしていて、家にいるときにはスズナにいろいろな面白い話をしてくれた。父は宇宙に出て働いていたので、大きな宇宙船がどんなものかとか、ほかの惑星に住む人たちがどんな様子かなどを、スズナがまるでその景色を目の前に見るようにして想像できるぐらい、詳しく教えてくれたのだ。
 そんな話を聞くとワクワクした。疲れきって、明日の仕事のために早く寝なければいけないとわかっていても「それで、それで?」と次の話をおねだりして、スズナはついつい夜更かしをしてしまうのだった。

 ある時、スズナはこの国の皇子様のことを父から聞いた。
 この国には、三人の皇子様がいるのだそうだ。

 皇太子、ナガアキラ様。
 二人目の皇子、ツグアキラ様。
 そして三人目の皇子、タカアキラ様。

 タカアキラ様のことに話が及んだとき、父はそれまでで一等悲しそうな目になった。深くて優しい父の声は掠れて、今にも嗚咽になりそうなのをこらえているようにも聞こえた。

「殿下は、お優しい……とても、お優しいかただった。お姿が大変お美しいばかりではない。何よりそのお心がとてもとても清らかで……本当に、素晴らしいお方だった──」

 そう言うのがもうやっとで、「すまない」と言ったあと、父は寂しげに笑って「もう寝ようか」と言ったのだった。
 スズナには、そこにある父の思いの何たるかはほとんどわからなかった。わからなかったけれど何かしら、父が以前、その尊いお方と何かしらの関係があったのではないかと思った。


 ……だから。
 それは、運命だったのだ。
 自分たちのところに、その皇子様がやってくることは。

 こんなみすぼらしいことになってしまった自分たち一家のことを、きっとその皇子様はお見捨てにはならないはず。
 あの優しくて忠義ものの父を、お見捨てになったりはしないはずなのだ。

(だって、そんなにお優しい方なんだもの)

 そうしてほどなく、
 スズナの予感のようなものは、
 ほんとうに現実のものになったのだ。

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