星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
104 / 191
第一章 黒髪の皇子

しおりを挟む

 その第一報に接したとき、ベータは惑星アッカマンの自分の根城で例によってさまざまの情報収集をしていた。

(なんだと……?)

 ユーフェイマス宇宙連邦の公式ニュースサイトでは、あの大海戦で友軍が勝利したことを大々的に報じていた。そして、友軍の後方に起こった不思議な事件について触れ、そこに参戦していたスメラギの皇子みこがそれに巻き込まれて不運にも行方不明になったことを告げていた。

(ふざけるな。一体、どういうことだッ……!)

 一瞬目の前が暗くなり、次に襲ってきたのは激しい怒りと、そして恐ろしい後悔だった。

(何をやってるんだ、バカ皇子──!)

 そうして。
 その後ベータはユーフェイマス軍の救命部隊に潜り込み、タカアキラ殿下捜索にまで加わって宇宙の方々を探し回ることになった。しかしそこで得られたのは、どうしようもない隔靴掻痒かっかそうようの思いばかりでしかなかった。





「ちゃんと説明して欲しいの、ブラッド」
「アレックスはどうしたの? 忙しいだけって言うけど、本当?」
「そうだよ。ブラッドは知ってるんだろ?」
「みんな心配しているの。だってこんなに長い間、アレックスが来てくれないなんてことなかったもの」
「マサトビだって、なんだか青い顔をしてちゃんと答えてくれないし」

(あンの、ちびぽっちゃり博士──)

 ベータは心の中で舌打ちをする。
 もちろん対象はあのマサトビという恩寵博士だ。
 惑星オッドアイの子らの住処で、ベータは今、この星に住む子らのうちの比較的年嵩の子供たちに囲まれていた。最前からそのつもりだったらしく、他の小さい子供らは少し前から外へ遊びに出されている。

(だから、無理だと言ったんだ。あのおっさんにこれは荷が重いってな)

 そうなのだった。 
 あの後、まだアルファが行方不明になる前に、ベータは一度この惑星でその恩寵博士に会った。アルファの協力者でその幼い頃から彼のことを知っているというその男は、小柄でふくふくした体形の、ひどく親しみやすい御仁だった。
 しかしその分と言うべきか、ハードな状況に対応するための心胆という点ではどうにも弱さが抜けず、善人には違いないのだがベータからすれば甚だ頼りない感じに見えた。それに、色白で太めの体であるせいか実際の年より若くは見えるのだが、それでもすでに初老の域のはずだった。

 マサトビは「そうですか、あなたがあのベータ殿」と言って、ひどく嬉しそうにこちらの手を取って笑ってくれた。すでにあのアルファから話を聞いていたということらしい。
「でん……あ、いや殿のお眼鏡にかのうたお方とあらば、是非もありませぬ。どうぞどうぞ、これからも子らのことをよろしゅうお頼み申し上げまする」
 この男、これ以降も何度かアルファをベータの前で「殿下」呼ばわりしそうになってはどもってみたり咳ばらいをしてみたりと大変忙しいのだった。なにやらもう見るからに「いい人」というしかないような男なのだ。
「このマサトビ、いかにも力不足ではありますれど、粉骨砕身、で……ア、アレックス殿のお手伝いをさせていただきまする。子らのため、あなた様にもどうぞどうぞ、よろしゅうお頼み申し上げまする」

 そう言って直衣のうし姿のこの小柄な男から深々と頭を下げられてしまっては、ベータももはや苦笑するほかはなかった。


 しかしながら。
 アルファがあの大海戦で行方不明になってからというもの、ベータがこの惑星に来ることは非常に気の重くなる仕事になった。
 はじめのうち、「あいつは今ちょっと仕事が忙しいんだ」とか「だから俺がしばらく代わりに来ることになった」とかと言を左右にしていたベータだったが、やがて年嵩としかさの子供たちに取り囲まれて、こうして事実を吐かされることになってしまったのである。
 それは、あの大海戦終結から半年ほどがたった頃のことだった。

「ブラッド。本当のことを教えてちょうだい」

 彼らの住処である建物の中の食堂にあたる部屋で、もっとも年嵩の女の子、ユウナが静かな声で問い詰めてくる。年嵩だとは言ってもせいぜいが十を少し出たぐらいの年齢だ。
 いつも思うのだが、女はこんな年齢でもまったくもって侮れない。こちらがいくら普段通りの顔でいるつもりでも、どこから手掛かりを拾い上げてくるものか「この人はいつもと違う」とあっさりと見抜いてしまう。まったくもって、侮れない。

 結局ベータは、様々に悩んだ末にアルファが陥っている事態について本当のことを彼らに話した。いつまでも事実を隠蔽していても仕方がない。彼らとて、親もなく、これから厳しい外界で生きていかねばならない身の上だ。
 ただでさえ完全体のヒューマノイドである上に、かの<燕の巣>の出身者で見目のよい子らなのである。自分の置かれている状況を正確に把握して、自分の身は自分で守る訓練をしていかねば、今後、到底生きてなど行けないのだから。ましてや今は、最大の庇護者であったアルファが不在になっている。

「まさか……アレックスが」
「戦艦が、攻撃されて爆発って──」
「そのまま、行方不明だなんて……!」

 事実を話した時、さすがのユウナも愕然として絶句した。周囲にいた少年少女たちも真っ青になって沈黙する。

「俺も何度か、その宙域に探しには行ったんだがな。手がかりはなにも見つからない。逆に言えば『死んだ』という証拠もないんだが」
「そんなっ……! あたりまえよ!」
 ユウナよりは少し年下で、ややはねっかえりの少女が叫ぶ。
「アレックスがそんなこと、ぜったいないものっ……!」
「そうだよ! きっと大丈夫だよ!」
「アレックスは……アレックスはし、……しんだり、しないもん……!」

 言いながら、周囲の子供たちの声がぐずぐずと涙に濡れ始める。ベータはもはやたまらなくなり、「もちろんだ」と言いながら座っていた椅子から立ち上がって子供たちに背を向けた。

「俺も、もう少し探すつもりだ。だからチビたちにはまだ言うな」
「……わかったわ」
 唇をかみしめるようにしてユウナがうなずく。
「こんなこと、小さい子たちになんて、とても言えないわ。きっと大泣きして、大変なことになってしまうもの」
「そ、そうだよな……」

 別の少年が悄然とうなずく。
 みな、今にも泣きだしたいのを必死にこらえている顔だった。胸にごまかしようのない痛みを覚えつつ、しかしベータは意識的に軽い声を出して笑って言った。

「まあ、そんなに心配するな。そのうちひょっこり帰ってくるさ」と。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...