星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
62 / 191
第四章 相棒(バディ)

しおりを挟む

 くして。
 ベータのお陰でと言うべきか否かは微妙だが、その後、格段にアルファの「副業」収入はアップした。結果、心配していたあのオッドアイの子らのための資金、さらに次回生まれてくるかもしれない「子ら」のための資金も少しずつプールできるようになったのだ。

 ただその一方で、ユーフェイマス軍内ではこのタカアキラ少佐について、あまりよろしくない評判がしっかりと定着してしまった。要するに、何かといえば賜暇をとって銀河のあちらこちらへの「物見遊山」を繰り返す「バカな皇族のお坊ちゃま少佐」という評判である。
 その「世間知らずな若造皇族」の監視人たるミミスリとザンギは、そんなこんなでかなり立場が無いらしい。普段、基地内を共に歩いているときなど、二人はやや肩身の狭そうな様子に見えた。
 実際、面と向かって言う者はなかったけれども、そうしたときに遠くから、武官らの蔑むような、あるいは哀れむような視線が飛んでくるをことも多かった。けれども、アルファ自身はそんなこと、正直言ってどうでも良かった。

 ときおり故国からも「殿下、ほどほどになさいませよ」と小言を言ってくる老齢の重臣もいるにはいたが、それも別に気にならない。
 あのマサトビによれば、むしろスメラギ宮の中では「あのような皇子に皇位を継がせるなどもってのほか」との意見が強まり、ナガアキラ自身は逆に満足げな顔だという話である。あの兄にとっては、確かにそのほうが都合が良いというものだろう。
 あの恐ろしい兄にはぜひとも、このまま油断しておいて貰いたいものだった。

 ともかくも、そんな風にして一年と半年ばかりが過ぎたのだった。



◆◆◆



 ベータとの仕事に関しては、ここまで幸いにも、基本的に大過なくこなせている。
 が、このところ、どうもアルファは自分の状態がよく分からないことが増えていた。それも体のことではなく、主に内面的なことである。
 特に、ある種の仕事を請け負う場合に、それは顕著になるようだった。

(まったく……。こんな依頼まで、受ける必要があるのかな)

 アルファは今、とある惑星の高級リゾートに建つ豪奢なホテルのロビーで人を待っている。待ち人はなかなか現れず、つい無意識のうちにもそのことばかり考えている自分がいた。そんな自分にうんざりしてはいるのだったが、だからと言って考えることがやめられるわけでもなかった。
 開襟シャツにジャケットといういかにも旅行者風のラフな姿で、手元に表示した画面で周囲のリゾートの情報を調べているようなふりをしつつ、ひとつ溜め息をつく。

(あいつ……今頃)

 見えるはずもないのについつい、階上のほうを見やっている自分に気づいてまたうんざりする。

 時にはベータには、こうしたしからぬ相談や依頼が舞い込むことがあった。
 つまり、どこぞの富裕な家の当主あるじなどが「うまく、かつ合法的に妻と離縁したいんだがどうすればいいかな」などという、勝手きわまる依頼がだ。
 実は今回も、自分たちはそういう依頼を受けたのだった。
 もちろんそれには様々な解決方法が考えられる。ときには単に「これこれこうしてみられては」と知恵だけを授けて仕事を終わらせることもあるそうだ。だがそんな中のひとつとして、ベータはときにこういう解決策を依頼人クライアントに提示することがあった。
 要するに、ハニートラップというあれだ。つまり、彼がその奥方に近づいて自分に惚れさせ、うまくたらしこんでしまおうというのである。

 ベータは女の心をつかんだ後、彼女とどこぞの宿にしけこんでいるところを夫の手のものに発見される。もちろん、事前に時間や場所などを依頼人と約束した上でのことだ。
 動かぬ証拠をおさえた夫は、妻自身には「君のことは愛している。だが、今回のことはどうしても耐えられない」とかなんとかと、沈痛な顔で殊勝なことを言いつつも、次第に彼女を遠ざける。やがて夫は「不貞を働いた不届きな妻」を金もかけずにうまく離縁に追い込めるというわけだった。
 いや、うまくすればこちらが慰謝料すら取れるかもしれない。その実、それをそそのかした張本人が、不貞を働かれたことによる心の傷の代償を妻に求めるという皮肉な形で。

(この手の仕事に、わざわざ私を呼ばなくてもいいだろうに)

 ぼんやりしているとまた勝手に脳内に展開されそうになるベータとその夫人とのあれやらこれやらを振り払い、またロビー入り口のほうを時々そっと見やる。そちらから、夫側の数名の「発見者」が入ってくる手はずなのだ。彼らはアルファの連れというていでこのホテルにやってくる。もちろんすでに、彼らの分の部屋もおさえてある。
 当然ながら、こうした依頼には「仕込み」にある程度の時間がかかる。つまり、ベータが夫人を自分に惚れさせるための様々な仕掛けを行う時間がだ。そのため、本業の傍らこの仕事をしているアルファがそれら下準備に実際に関与することはほとんどない。それに、そもそもこういうたぐいの依頼は、大抵はベータが一人でやってしまうことが多かった。
 しかし、中には今回のように、その終盤になって「ちょっと手を貸せ」と彼から手伝いの依頼を受けるようなこともある。


 今回もいつもの例に漏れず、中年あるいはそれよりも上かと思われるやんごとなき身分のご婦人のひとりがあのベータにめろめろになり、まさに今、このホテルの部屋の一室で彼に骨抜きにされているはずだった。当然、すでに体の関係にもなっていることだろう。
 夫人は「なにもかも捨ててあなたと逃げますわ」とかなんとかと、彼に縋って涙ながらに訴えるまでになっている……らしい。別にそんな話、アルファは聞きたくもなかったが、あの男がにやにや笑いながらそんな顛末を聞かせてくるのだからどうしようもなかった。
 そんなときのベータは明らかに、こちらの反応を見て面白がっている。とっくに成人した男として「そんな話は聞きたくないから」とわざわざ言うのもおかしい気がして、アルファはベータのそういうたぐいの軽口を苦笑しながら聞き流すしかなかった。

 もちろんベータは、それを職務上のことと割り切っている。彼の口ぶりはいつの場合も、「ターゲットに本気で惚れるなどありえない」と言わんばかりだった。
 こうして共に仕事をするようになって、次第にアルファにも分かってきたことがある。そもそも彼は、愛だの恋だのという浮わついた湿っぽい感情をどこかで蔑み見ているようなところがあるのだ。非常にドライで、人に惚れこんだり、自分の感情に溺れたりするようなことがない。
 表面上はとても物柔らかで話しやすい男のように見えて、その実、深い部分では決して他人を受け入れていない。いや、はっきりとした拒絶がある。結局のところ、彼は芯の部分では誰のことも信じていないのだ。
 大した<感応>の力があるわけではないけれど、ともに仕事をこなすうちに、アルファにはそれが手に取るように分かるようになってしまった。
 それが、なにを原因としたことかは分からない。しかし、あれは間違いなくそういう男だった。それがアルファを、なぜだかひどく冷たくむなしい気持ちにさせた。

 ベータにとって、これらすべては純粋に仕事としてやっていることに過ぎない。夫の手の者に「発見」されたあとはあっという間に姿をくらまし、二度とその女に会うこともない。
 こんなことを繰り返していたら、いずれ騙した女のだれかに後ろから刺されそうなものだと思うが、例によってその素顔は精巧につくられたマスクによって隠されているわけなので、次に会うことがあってもまず気づかれる心配はなかった。
 思わず髪をかきあげようとして、かぶったマスクのもふもふした耳に手があたり、アルファは自嘲の笑みをもらした。

(いいじゃないか。それが彼の仕事だ。彼が生きるために、みずから選んでやっている仕事なんだ。それを――)

 それを、昨日きょう相棒バディになったばかりの自分が、どうこう言う筋合いはない。むしろ彼の仕事のやりようをよく見させてもらって、学べるところは学び、盗めるところは盗んでいくのが筋だろう。

(……しかし)

 どうしても、すっきりしない。
 今こうしている間も、彼がその女とベッドの上で絡み合っているのかと思えば、どうも平静ではいられなかった。
 なぜ自分がこんな気持ちになるのかを、アルファはまだ自覚できずにいる。
 いや、自覚したくないだけかも知れなかった。

 ベータ自身は別に、それが仕事だと思えばどんな相手であろうが相手を口説くことも抱くことも躊躇しない人間らしい。そしてそれは、ときに相手の性別すら無関係だった。実際、今回とは性別が逆のパターンでも彼は仕事をするらしいのだ。
 つまり、夫人に頼まれてその夫をたらしこむというパターンでもだ!

 それを知ったとき、アルファはわけのわからない激しい感情が自分の中にうごめくのを覚えた。
 嬉しいような、残念なような。その思いが複雑すぎて、つかまえようと思うのにうまくつかまえることもできず、ただ歯がゆい思いだけが残った。
 どうも自分はあのベータに関することに限って、自分の感情が行方不明になるようなのだ。

 と、ロビー入り口からそれらしい男ら三名が入ってくるのを見て、アルファは目を上げた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

残業リーマンの異世界休暇

はちのす
BL
【完結】 残業疲れが祟り、不慮の事故(ドジともいう)に遭ってしまった幸薄主人公。 彼の細やかな願いが叶い、15歳まで若返り異世界トリップ?! そこは誰もが一度は憧れる魔法の世界。 しかし主人公は魔力0、魔法にも掛からない体質だった。 ◯普通の人間の主人公(鈍感)が、魔法学校で奇人変人個性強めな登場人物を無自覚にたらしこみます。 【attention】 ・Tueee系ではないです ・主人公総攻め(?) ・勘違い要素多分にあり ・R15保険で入れてます。ただ動物をモフッてるだけです。 ★初投稿作品

泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)
BL
獣が人型へと進化した時代でも、弱肉強食はこの世界の在り方だった。 その中で最弱種族である跳び族。 その族長の長子として生まれたレフラは、最強種族である黒族長のギガイへ嫁いで、唯一無二の番である御饌(みけ)として日々を過ごしていた。 そんな中で、故郷である跳び族から族長の代替わりと、御饌に関する約定の破棄が告げられる。 エロは濃いめです。 束縛系溺愛のため、調教、お仕置きなどが普通に入ります。でも当人達はラブラブです。 ハッキリとR18のシーンが含まれている話数には※を付けています! ******************* S彼/ドS/異物挿入/尿道責め/射精管理/言葉責め/連続絶頂/前立腺責め/調教/玩具/アナルビーズ 両性具有(アンドロギュヌス)の表現がありますが、女性の特徴はありません。 ただ妊娠可能といった前提です。 こちらには上のような傾向やプレーがあります。 苦手な方はご注意ください。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

僕がサポーターになった理由

弥生 桜香
BL
この世界には能力というものが存在する 生きている人全員に何らかの力がある 「光」「闇」「火」「水」「地」「木」「風」「雷」「氷」などの能力(ちから) でも、そんな能力にあふれる世界なのに僕ーー空野紫織(そらの しおり)は無属性だった だけど、僕には支えがあった そして、その支えによって、僕は彼を支えるサポーターを目指す 僕は弱い 弱いからこそ、ある力だけを駆使して僕は彼を支えたい だから、頑張ろうと思う…… って、えっ?何でこんな事になる訳???? ちょっと、どういう事っ! 嘘だろうっ! 幕開けは高校生入学か幼き頃か それとも前世か 僕自身も知らない、思いもよらない物語が始まった

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

処理中です...