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第四章 相棒(バディ)
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しおりを挟む斯くして。
ベータのお陰でと言うべきか否かは微妙だが、その後、格段にアルファの「副業」収入はアップした。結果、心配していたあのオッドアイの子らのための資金、さらに次回生まれてくるかもしれない「子ら」のための資金も少しずつプールできるようになったのだ。
ただその一方で、ユーフェイマス軍内ではこのタカアキラ少佐について、あまりよろしくない評判がしっかりと定着してしまった。要するに、何かといえば賜暇をとって銀河のあちらこちらへの「物見遊山」を繰り返す「バカな皇族のお坊ちゃま少佐」という評判である。
その「世間知らずな若造皇族」の監視人たるミミスリとザンギは、そんなこんなでかなり立場が無いらしい。普段、基地内を共に歩いているときなど、二人はやや肩身の狭そうな様子に見えた。
実際、面と向かって言う者はなかったけれども、そうしたときに遠くから、武官らの蔑むような、あるいは哀れむような視線が飛んでくるをことも多かった。けれども、アルファ自身はそんなこと、正直言ってどうでも良かった。
ときおり故国からも「殿下、ほどほどになさいませよ」と小言を言ってくる老齢の重臣もいるにはいたが、それも別に気にならない。
あのマサトビによれば、むしろスメラギ宮の中では「あのような皇子に皇位を継がせるなどもってのほか」との意見が強まり、ナガアキラ自身は逆に満足げな顔だという話である。あの兄にとっては、確かにそのほうが都合が良いというものだろう。
あの恐ろしい兄にはぜひとも、このまま油断しておいて貰いたいものだった。
ともかくも、そんな風にして一年と半年ばかりが過ぎたのだった。
◆◆◆
ベータとの仕事に関しては、ここまで幸いにも、基本的に大過なくこなせている。
が、このところ、どうもアルファは自分の状態がよく分からないことが増えていた。それも体のことではなく、主に内面的なことである。
特に、ある種の仕事を請け負う場合に、それは顕著になるようだった。
(まったく……。こんな依頼まで、受ける必要があるのかな)
アルファは今、とある惑星の高級リゾートに建つ豪奢なホテルのロビーで人を待っている。待ち人はなかなか現れず、つい無意識のうちにもそのことばかり考えている自分がいた。そんな自分にうんざりしてはいるのだったが、だからと言って考えることがやめられるわけでもなかった。
開襟シャツにジャケットといういかにも旅行者風のラフな姿で、手元に表示した画面で周囲のリゾートの情報を調べているようなふりをしつつ、ひとつ溜め息をつく。
(あいつ……今頃)
見えるはずもないのについつい、階上のほうを見やっている自分に気づいてまたうんざりする。
時にはベータには、こうした怪しからぬ相談や依頼が舞い込むことがあった。
つまり、どこぞの富裕な家の当主などが「うまく、かつ合法的に妻と離縁したいんだがどうすればいいかな」などという、勝手きわまる依頼がだ。
実は今回も、自分たちはそういう依頼を受けたのだった。
もちろんそれには様々な解決方法が考えられる。ときには単に「これこれこうしてみられては」と知恵だけを授けて仕事を終わらせることもあるそうだ。だがそんな中のひとつとして、ベータはときにこういう解決策を依頼人に提示することがあった。
要するに、ハニートラップというあれだ。つまり、彼がその奥方に近づいて自分に惚れさせ、うまくたらしこんでしまおうというのである。
ベータは女の心をつかんだ後、彼女とどこぞの宿にしけこんでいるところを夫の手のものに運悪く発見される。もちろん、事前に時間や場所などを依頼人と約束した上でのことだ。
動かぬ証拠をおさえた夫は、妻自身には「君のことは愛している。だが、今回のことはどうしても耐えられない」とかなんとかと、沈痛な顔で殊勝なことを言いつつも、次第に彼女を遠ざける。やがて夫は「不貞を働いた不届きな妻」を金もかけずにうまく離縁に追い込めるというわけだった。
いや、うまくすればこちらが慰謝料すら取れるかもしれない。その実、それをそそのかした張本人が、不貞を働かれたことによる心の傷の代償を妻に求めるという皮肉な形で。
(この手の仕事に、わざわざ私を呼ばなくてもいいだろうに)
ぼんやりしているとまた勝手に脳内に展開されそうになるベータとその夫人とのあれやらこれやらを振り払い、またロビー入り口のほうを時々そっと見やる。そちらから、夫側の数名の「発見者」が入ってくる手はずなのだ。彼らはアルファの連れという体でこのホテルにやってくる。もちろんすでに、彼らの分の部屋もおさえてある。
当然ながら、こうした依頼には「仕込み」にある程度の時間がかかる。つまり、ベータが夫人を自分に惚れさせるための様々な仕掛けを行う時間がだ。そのため、本業の傍らこの仕事をしているアルファがそれら下準備に実際に関与することはほとんどない。それに、そもそもこういう類の依頼は、大抵はベータが一人でやってしまうことが多かった。
しかし、中には今回のように、その終盤になって「ちょっと手を貸せ」と彼から手伝いの依頼を受けるようなこともある。
今回もいつもの例に漏れず、中年あるいはそれよりも上かと思われるやんごとなき身分のご婦人のひとりがあのベータにめろめろになり、まさに今、このホテルの部屋の一室で彼に骨抜きにされているはずだった。当然、すでに体の関係にもなっていることだろう。
夫人は「なにもかも捨ててあなたと逃げますわ」とかなんとかと、彼に縋って涙ながらに訴えるまでになっている……らしい。別にそんな話、アルファは聞きたくもなかったが、あの男がにやにや笑いながらそんな顛末を聞かせてくるのだからどうしようもなかった。
そんなときのベータは明らかに、こちらの反応を見て面白がっている。とっくに成人した男として「そんな話は聞きたくないから」とわざわざ言うのもおかしい気がして、アルファはベータのそういう類の軽口を苦笑しながら聞き流すしかなかった。
もちろんベータは、それを職務上のことと割り切っている。彼の口ぶりはいつの場合も、「ターゲットに本気で惚れるなどありえない」と言わんばかりだった。
こうして共に仕事をするようになって、次第にアルファにも分かってきたことがある。そもそも彼は、愛だの恋だのという浮わついた湿っぽい感情をどこかで蔑み見ているようなところがあるのだ。非常にドライで、人に惚れこんだり、自分の感情に溺れたりするようなことがない。
表面上はとても物柔らかで話しやすい男のように見えて、その実、深い部分では決して他人を受け入れていない。いや、はっきりとした拒絶がある。結局のところ、彼は芯の部分では誰のことも信じていないのだ。
大した<感応>の力があるわけではないけれど、ともに仕事をこなすうちに、アルファにはそれが手に取るように分かるようになってしまった。
それが、なにを原因としたことかは分からない。しかし、あれは間違いなくそういう男だった。それがアルファを、なぜだかひどく冷たくむなしい気持ちにさせた。
ベータにとって、これらすべては純粋に仕事としてやっていることに過ぎない。夫の手の者に「発見」されたあとはあっという間に姿をくらまし、二度とその女に会うこともない。
こんなことを繰り返していたら、いずれ騙した女のだれかに後ろから刺されそうなものだと思うが、例によってその素顔は精巧につくられたマスクによって隠されているわけなので、次に会うことがあってもまず気づかれる心配はなかった。
思わず髪をかきあげようとして、かぶったマスクのもふもふした耳に手があたり、アルファは自嘲の笑みをもらした。
(いいじゃないか。それが彼の仕事だ。彼が生きるために、みずから選んでやっている仕事なんだ。それを――)
それを、昨日きょう相棒になったばかりの自分が、どうこう言う筋合いはない。むしろ彼の仕事のやりようをよく見させてもらって、学べるところは学び、盗めるところは盗んでいくのが筋だろう。
(……しかし)
どうしても、すっきりしない。
今こうしている間も、彼がその女とベッドの上で絡み合っているのかと思えば、どうも平静ではいられなかった。
なぜ自分がこんな気持ちになるのかを、アルファはまだ自覚できずにいる。
いや、自覚したくないだけかも知れなかった。
ベータ自身は別に、それが仕事だと思えばどんな相手であろうが相手を口説くことも抱くことも躊躇しない人間らしい。そしてそれは、ときに相手の性別すら無関係だった。実際、今回とは性別が逆のパターンでも彼は仕事をするらしいのだ。
つまり、夫人に頼まれてその夫をたらしこむというパターンでもだ!
それを知ったとき、アルファはわけのわからない激しい感情が自分の中にうごめくのを覚えた。
嬉しいような、残念なような。その思いが複雑すぎて、つかまえようと思うのにうまくつかまえることもできず、ただ歯がゆい思いだけが残った。
どうも自分はあのベータに関することに限って、自分の感情が行方不明になるようなのだ。
と、ロビー入り口からそれらしい男ら三名が入ってくるのを見て、アルファは目を上げた。
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