星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 スメラギの秘密

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《……マサトビ、でございますか》

 その名を聞いても、タカアキラはしばらく自分の耳を疑っていた。なにしろ、その時点ではまったく想定していない名だったからだ。
 かつて幼い頃に楽しく「かくれんぼ」にうち興じてくれた、あのぽちゃぽちゃした体型の壮年の男。とは言えその実、目的は幼い皇子の<恩寵>の有無について調べることではあったけれども。

《はい、もちろん覚えておりますが》
《うむ。ちょうど良い。余に少し、考えがあるのだ》

 そう言うと、ミカドはまたひそひそと、その考えをタカアキラに打ち明けてくださったのだった。



◆◆◆


 
 マサトビに会うためには、それからひと月ほどの時間を要した。不幸な最期を遂げたあのヒナゲシのこともあり、タカアキラとしてもすぐにあれこれと目立つ動きをするわけにも行かなかったからである。さらに、すでにあまり接点のなくなっているマサトビに会うのに、ごく自然ななりゆきを作る工夫もしなくてはならなかった。
 ともかくも。
 タカアキラはその日、遂に自分の居室にマサトビを呼ぶことが叶ったのである。
 「少し、昔の思い出ばなしなどがしたいから」「恥ずかしいから、そなたら少し席をはずしてくれまいか」と笑って、タカアキラは側仕えの者らをひきとらせ、どうにかマサトビと二人きりになることができた。

 マサトビは、相変わらずのふっくりとした小柄な体型だった。タカアキラを見るなり「おお、なんと……大きゅうなられましたなあ」と、まことに嬉しげに目を細めている。以前よりもひと回り小さくなったように感じるのは、こちらの背がかなり伸びてしまったためであろう。今ではもう、彼と自分は背丈だけならばほとんど変わらぬぐらいになっている。
 側仕えの者らが下がるまでは、彼もつやのいい頬をにこにこと引き上げて、どうということもない世間話などをしていた。だが二人になったとたん、その顔はぴりっと引き締まり、小さな声でこう言った。

「殿下。陛下から、すでにお話は伺っておりますゆえ」

 聞けばマサトビもミカド同様、例の「子ら」のその後について重臣らから聞かされる楽観的な話をそのまま鵜呑みにしていたらしい。先日はじめてミカドからその実態を教えられ、この男なりに相当な衝撃があったようだ。
 
(なるほど。そうであろうな)

 そこにはタカアキラも納得する部分があった。なにしろこの男、とにかく気が良すぎるのだ。
 <恩寵博士>というのはこの国にあって、元の身分は低くとも学問に秀でてさえいれば就くことのできる最高位の職である。いわばそれらの人々は学究こそが生きるよすがであり、第一目的なのだ。
 研究こそが彼らのすべてで、衣食住などは二の次、三の次などという者も少なくない。「清貧」と言えば聞こえはいいが、放っておくとその身だしなみもどこの物乞いかと疑われるような様相を呈する。だから常に、気の利くそば仕えの者は必須だ。そんなわけで大体の<恩寵博士>たちは、暗く薄汚れた政界の裏側のあれこれなどとは基本的に縁遠い人々だとも言える。
 たとえ「子ら」の調査のためにあの<燕の巣>に訪問することがあっても、その後のかれらの行く末についてまでは知らぬという博士も多いのだろう。自分たちの管轄外、あるいは興味の外にあることについては、子供のように無頓着な人々なのだ。しかし逆にだからこそ、こんな心の素直な男でも務まる職だとも言える。言葉は悪いがこれもまた、「適材適所」ということなのか。

「殿下のお気持ちは、陛下から伺ってまいりました。臣もまったく、おふた方と同じ気持ちにござります。あの子らが左様な目に遭っているなど、まこと想像もしておりませず……。愚かなことにござりました。羞恥の極みにござります」
 人のよいマサトビは、ミカドからその話を聞いたときの衝撃を思い出したかのように、少し涙ぐみながらそう言った。
 そうして、ここに来るまでにずっと考えていたという、とある提案をしてきたのだ。





 そして、そこから数ヵ月後。

「なんと。惑星ほしをお求めになったのですか? 殿下が……?」
「いったい、なにゆえ――」

 その日、ミカドの御前で行なわれる評定ひょうじょうに臨んでいる重臣らの間からは、つぎつぎと驚きの声があがった。
 そうなのだ。あれからマサトビの提案について熟考し、さらに父とも夜のを通して細かな相談をしたため多少の時間を要したが、遂にこのほど、タカアキラはその計画に着手したのである。
 すなわち、ユーフェイマスから闇の商人たちへ秘密裏に下げ渡される辺境の惑星のひとつを、タカアキラの私財を投じて購入したわけだ。もちろんこれは、あの「子ら」をそこへかくまうための手段である。今後どこかへ売られるはずだった「子ら」についても、すでに私財をもって「購入」済みだった。

 マサトビの言を借りるならば、こうである。
「我ら<恩寵博士>はとにかく、研究、研究で遊ぶことなど思いのそとという者が多うござります。ゆえに、知らぬ間に無駄な蓄財ばかりが積みあがりまする。そのくせまったく遊びなれておりませぬゆえ、の誘いが結構かかり、時には騙されるような者までおる始末」
 「そちら」というのがどちらのことなのだか、その当時のタカアキラにしかと分かったわけではない。しかし、要は大人連中のする下衆な遊びの一環なのだということぐらいは、年若い皇子にもなんとなく察しはついた。
「スメラギ国内ではおおっぴらにできぬようなことでも、自分の持ち物たる惑星ほしの中でなら比較的自由にできます。実際、好きな生き物を飼って育てるなどしている博士も何名かはおりますれば」
 それもまあ、あの汁気も少なく変わり者の多い博士たちのことであるので、別段色気のある話ではない。すでに絶滅したとされる古代生物の楽園などを築いているとかというのが、実際のところらしかった。
 しかし、ほかのもっと重臣たちがそこで「飼う」のは、無論動物などではないはずだった。

 思ったとおり、列席する黒い衣冠すがたの重臣らは眉をひそめることしきりだった。「我が聖なるスメラギの皇子殿下が、左様ないかがわしきこと」「信じられぬ」といったひそひそ話が袖や檜扇ひおうぎのうちから聞こえてくる。
 別にこちらは、その惑星を何の目的で使うとも言っていない。にも関わらず、向こうで勝手に邪推してくれるのだから世話はなかった。まあそれこそが、こちら側の狙いでもあるわけなのだったが。

 と、そこまでは黙って人々のざわめきを柳に風と受け流すふうに見えたナガアキラが口を開いた。

「それは、問題にござりまするな」

 ごく穏やかな声だった。
 だというのに、座は一気に静まり返った。

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