星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
20 / 191
第三章 ゆれる想い

しおりを挟む

 惑星オッドアイをってしばらくしてからのこと。
 当然トヴァースに戻るのかと思いきや、ベータはこともなげに「ミーナ。今度はアッカマンにでもするか」と言い放ち、違う星系へと進路を変えさせた。それはまるで、散歩のコースでも変えるかのように無造作だった。

 当の惑星にはそこから丸七日ばかり掛かったが、そこも立派な辺境だった。
 とはいえ惑星アッカマンは、トヴァースほど貧しい星ではなかった。環境もあちらよりははるかにましなもので、資源もそこそこ存在し、海と陸地との比率はおおむね五分五分といったところ。人口が多く、いわゆる中流層の多い星である。その恒星は、オッドアイのそれと比べるとずっと赤みの深い色をしていた。
 街には空の上層までをも埋め尽くすようにして空走自動車エア・カーがびゅんびゅんと飛び交い、人々はにょきにょきと建ちならんだ高層の建物に詰め込まれるようにして暮らしている。建物同士はチューブ状の通路によって連結され、それがぐねぐねと絡み合い、まさに迷路のような様相を呈していた。
 比較的豊かなその街の奥底は、夜ともなればけばけばしいイルミネーションと派手な衣装の女たちに彩られる歓楽街を多く擁している。やはり建物の上層階に比較的裕福な世帯が集まり、下層はそれなりの世帯、という図式になっているようだ。

 ベータは小型艇を降りる直前、街なかを歩く際には自分と同様にマスクとマントを着用するようにとアルファに言いつけた。そして「もともとお前が使っていたものだ」と、こちらにそれらを渡してよこした。
 そのマスクは、アルファの母国語でいうところの「黒豹クロヒョウ」という動物の頭部を模したものだった。真っ黒くつややかな毛並みの中に、獰猛そうな金色の虹彩がきろりと光っている。精悍で美しい、とアルファは思った。

(とはいえ……)

 アルファは渡されたマスクを見て、ちょっと首をかしげた。
 鷹のマスクをつけたベータとこの黒豹のマスクをつけたアルファが並ぶと、妙に人目に立つのではないのだろうか。
 もっとも、これらもいつも同じ動物の頭というのではなしに、中で操作することによって他の生き物の頭部へとデザインを変更させることが可能だという話だった。

 しかし、アルファの心配は実際、まったくの杞憂に終わった。その惑星には鳥や獣の頭部を持つ者などそこらじゅうにいたからだ。むしろこんな姿はこの中では最も普遍的で、「ざらに居る」と言っても過言ではないぐらいだった。
 それどころか、中には普通のヒューマノイドの二倍を越える背丈のゴリラに似た者、全身がぐねぐねとしたゼリー状の皮膚につつまれたクラゲのような者などなど、それは多種多様の人々が観察できた。まさにそこは、「種族のるつぼ」と言ってもいいような街だったのだ。
 これら周囲のさまざまな体型をした人々の中に入れば、皆のなかでは中肉中背といえる自分たちは非常にうまく溶け込んでしまえたのである。

 思ったとおり、マスクには違和感や閉塞感はほとんどなかった。周囲の様子や音などは正確に拾えるし、むしろ細かなところまで観察しようと思えば裸眼でいるよりもはるかに便利だ。内臓されたコンピュータがこちらの思考をなぞるようにして、見たい場所をズームアップさえしてくれる。使ってみれば、なかなか優秀なものだと思った。
 
 ベータはにぎやかな歓楽街の一角にまぎれこむと、そのまま勝手知ったる足取りで裏通りへとすいすい入って行った。そうしてやがて少し静かな界隈へやってくると、ひょいと傍らの小さなドアに左手をかざした。
 彼の左腕に、その暗証キーが仕込まれているのだろう。ドアは音もなく開いた。
 促されるまま中に入ると、そこは細い上り階段になっていた。人が入ってきたことを感知して、床や壁がぼんやりと青白く発光し始める。
 ベータに「早くあがれ」と言われるままに進んでいくと、階段の先に古ぼけた木製のドアが現れた。それを開くと、中は惑星トヴァースのときのような、小さいが居心地のよさそうな部屋だった。前回と同様、落ち着いた空間に仕上げられている。

「いったいいくつ、こんな隠れ家を持っているんだ?」

 思わずそう尋ねたら、にやりと笑って「答える必要があるのか?」と逆に問い返されてしまった。

(そうだな。答えるわけがない)

 アルファは苦笑し、肩を竦めることで答えた。この男のこういう外連けれんにも、だいぶ慣れてきたようだ。そのままマスクとマント脱ぎ、ベータが手短てみじかに家の中の案内をするのに耳を傾ける。
 ひと通りの説明が済むと、ベータはアルファに手首に巻く仕様になった簡易のミニコンピュータを渡しながら言った。

「ここでは時々、雨が降る。それも、ヒューマノイドにとってはかなり毒性のある雨がな。必ず予報は出されるから、天気予報はまめにチェックしておけよ。まあ、そのマスクとマントがあれば大体のことはしのげるが」

 そして、彼に直接連絡をするためのコードを教えてくれた。もちろんマスクそのものにもその機能があるわけなので、これはそれを奪われた場合のための保険のようなものなのだった。

「何からなにまで、申し訳ない」
「だから、そういうのはやめろ」
 軽く頭をさげたら、こつんとまたその額を小突かれた。
「悪いと思うなら、一日も早く記憶をとりもどせ。まあ、焦っても仕方のないことではあるんだがな」
「……わかった」
「ああ、それと」

 ベータはそう言うと、先ほどアルファに「お前が使え」と言って見せた小部屋に戻り、クローゼットを開けた。そこからバーテンダーの着るような、黒い上下のスーツを出して渡される。それはちょうど、最初にゴブサムの船に現れたときにベータの着ていたものとよく似ていた。

「しばらくは、の仕事を手伝ってもらう。早く手順を覚えろよ」
「え?」
「ここではこういう仕事もやっている。ついでに、ちょっとした情報屋もだ。そっちの仕事は俺がやるから、お前はカウンターの雑務だけを手伝ってくれればいい」
「…………」

 ほとんど押し付けるようにされたその服を見下ろして、アルファは少しきょとんとしていたようだ。
 くくっと小さい笑声が聞こえて見上げれば、ベータはまた、あの子供らに向けていたような、不思議なほどに優しい目をしてこちらを見ていた。
 思わず胸がはねて、目をそらしてしまう。
 この男のこういう笑顔、どうも自分の心臓にはよくないのだ。

「前は散々、断られたものだったが。遂に着てもらう日が来たというわけだな」

 さらにそんな謎の言葉がきて、アルファはなおも困惑した。
 何がそんなに嬉しいのか、ベータはそんなアルファをそこに残したまま、鼻歌まで出そうな様子でさっさと部屋から出て行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...