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第二章 辺境の惑星(ほし)
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しおりを挟むスメラギ皇国は、いまとなってはもはや超古代文明といって差し支えないほどに古風な文化を保持し続けている国家である。
連合内で実際の権力を握っているのはあくまでもユーフェイマス連合政府ではあるのだが、スメラギ皇国はその中にあって、ある特異な能力をもって連合政府に寄与し、非常に特殊な形での実権と地位を与えられている存在だ。
ベータが説明したとおり、彼らは古の母星、地球で暮らしていた頃の人類の姿をそのままにとどめている。人々は黒く癖のない髪と瞳をもち、肌は白い場合が多い。
その身分にもよるけれども、特に天上人と呼ばれる高貴な人々は前で袷になる独特の長い衣服をまとい、屋内では靴に相当するものを履かず、板敷きの間に敷物を敷くなどして、普段はそこに起居している。
「その……特殊な能力というのは?」
コクピットシートに座り、顎に手をあててじっとその説明を聞いていたアルファが尋ねると、ミーナは淀みなく答えた。
《不明です。さまざまな憶測は存在しますが、どれも確たる証拠が存在しません。返答不可です》
「……そうなんだ」
《はい。実のところ、他にも多くの側面において謎の多い国なのです。基本的に、ユーフェイマス連合政府との連絡もごく限られたルートを介してしかおこなわれておりません》
(なるほど。超秘密主義……ということか)
「今わかるデータはそのぐらいなの?」
《はい。これ以上の情報にアクセスしようとすると、必ずどこかからのブロックを受けますもので》
「妨害……?」
《スメラギ皇国に関するデータは、常にユーフェイマスによる情報操作機関の管理下にございます。無理にそこを突破しようとすればユーフェイマス情報保護法に抵触し、連合捜査局の捜査が入って、最悪の場合、処分対象とされます。刑罰はごく軽微なものから極刑までが存在します》
「…………」
アルファは思わず顔をしかめた。ミーナは至ってさらりと言っているが、それはなかなか穏やかでない。
そうまでして必死に隠し立てしようとするからには、裏にはきっと、何かただならぬことがあるはずだ。
以前の自分は、果たしてそのことを知っていたのだろうか……?
(当然だろうな。……なにしろ、第三皇子なのだから)
これはますます、安直に「故国に戻る」などというわけには行かなさそうだ。
《あまりお役に立てず、申し訳ありません》
「いや。謝らなくていいよ。どうもありがとう」
にっこり笑ってそう言うと、アルファはシートから立ち上がった。
◆◆◆
狭いエンジンルームの中で機器のチェックをしているベータの背中を見つけて、アルファはそうっとその部屋の扉から中へと滑り込んだ。
作業の邪魔をしないようにとなるべく静かに入ったつもりだったのだが、男はあのマスクをつけておらずとも、その背中に立派な「目」を持っているようだった。
「なんだ」
「あ。……えっと」
振り向きもせずに言われてしまって、アルファのほうが戸惑った。
「さっきは、話の途中だったので――」
「ふん?」
そこでようやく、男が体をこちらに向けた。見ればその左腕からエンジンの内部構造を示した画面が空中に映し出されている。なんとも便利な左腕だ。
アルファの視線を感じたらしく、ベータはあっさりとその画面を閉じた。
「ミーナから情報は聞いたんだろう」
「あ、うん……。ありがとう」
「で? 帰る気になったのか」
「あ、いや。そういうことではなく――」
どう言ったらいいものか。
アルファは逡巡して、つい口ごもった。
「あ、……あなたさえ、良かったら」
しかし、せっかく言いかけたところを、いきなり男の言葉に遮られた。
「それもいい加減やめたらどうだ」
「え……」
目を上げると、鼻先に指を突きつけられた。
「その、『あなた』だ。昔のお前は、基本的に俺を『お前』としか呼ばなかった。それどころか、虫の居所の悪いときなどあっさり『貴様』呼ばわりしてくれていたぐらいだぞ」
「ええっ?」
なるほど。「かなり可愛くなかった」というのはこういうところか。記憶にないことだとは言え、昔の自分は何を考えていたのだろう。
けれどもなんとなく、その言葉遣いは今のベータのそれと酷似しているようにも思われる。もともと「アルファ」が高貴な身分の人だったのなら、その貴族じみたしゃべりかたから脱するために、むしろベータこそがアルファにとって「普通の男らしい口調」のモデルになってしまったのではないのだろうか?
だとすれば、それは彼の自業自得と言えなくもない。
(……とはいえ)
だからといって今の自分がいきなりこの男を「お前」だの「貴様」だのと呼べるわけがない。こんな風に言ったら本人は大いに嫌がるのだろうが、一応この男は今のアルファの命の恩人なのだから。
仕方がないのでその問題は棚上げにして、アルファは先ほどミーナから聞いた情報について話した上でこう言った。
「だから、ベータさえ良かったら」
一歩、彼のそばに近づく。
「このまま、もう少し……そばに、いてもいいだろうか。……あなたの」
と、ベータがほんのわずかに視線を揺らしたような気がした。
「……俺の?」
「はい。私に出来ることは、何でもするので。いや、もし出来ないことでも、教えて貰えれば必ず覚えるから」
「…………」
「だから、どうか……お願いします」
男が片足を引いて半身になる。
と、その指先が下げていた頭の方へ伸びてきて、ぴんと額をはじかれた。
驚いて顔を上げると、こちらを見た彼の瞳はもう怒ってはいなかった。
「……まあ、すぐには直らんか」
アルファの胸は、ずきりと痛んだ。
そこにあるのは、笑顔だった。
それがまるで、あの子供たちに向けられていたような優しいもののような気がして、アルファは言葉をうしなった。
「せいぜい働け。……が、俺の足を引っ張るなよ」
「はい。どうぞよろしく、お願いします……」
そばにいることを許された、そのことは嬉しいのに。
アルファは自分の胸が訴えることの意味を考えながら、ほんのわずかに微笑して、再び男に頭を下げた。
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