白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
201 / 209
第十六章 恐慌

14 信仰対象

しおりを挟む

「えっ。シディ? どうしてこんな所へ──」

 皇宮内に仮に置かれた執務室で側近たちと忙しそうに話をされていたインテス様が、こちらを見たとたんに呆気にとられた顔になられた。

「ティガリエ。あれほどシディを外へ出すなと──」
「ティガを叱らないでください、インテス様。これはオレのワガママなんです。オレが無理を言いました」

 ぺこりと頭を下げて言ったら、インテス様はぴたりと口を閉じた。頭を下げている間に、目だけで側近たちに指図をされたらしく、かれらが静かに部屋を辞していくのが音だけでわかる。
 ティガリエはと言うと、ことの最初からほぼ平身低頭の状態でインテス様にこうべを垂れたままだった。幸い、インテス様はティガリエにまでは出て行けとはおっしゃらなかった。
 執務室の中は、机の上は言うに及ばず、座る場所にまで所せましと書類が乱雑に積み上げられた状態だった。いかに事後処理が煩雑を極めているかがこれを見ただけでも察せられる。
 インテス様は自ら来客用の場所をあけてシディを座らせ、自分もそばに座ってくださった。

(ああ。ものすごく疲れてらっしゃるみたい……)

 その横顔をちらっと見ただけでもシディの胸は痛んだ。いつもは輝くように美しいお顔に精彩や艶がない。顔色は悪いし、目の下の黒い隈が濃い。痛々しくてとても見ていられないほどだ。
 インテスさまは目にかかった金色の髪を無造作にかき上げた。少しやつれておられるというのに、というか「だからこそ」というべきなのか、この方はこんな時でも凄まじいまでの男の色気をまとっておられる。シディにとっては目の毒だ。……決して口に出しては言えないけれど。

「先に申しておくが。そなたを遠ざけていたわけではないからな。私はまず、そなたの体のことを──」
「わかっています、それは。ご心配くださったんですよね?」
「いや、わかっていない。問題はそなたの体調のことだけではないからだ」
「え?」
「寝室に足止めさせられていただけでわからないかも知れないが。今、外は大変なことになっている」
「あ、はい……」

 あの日、暴風がおさまった瞬間に、帝都にいた多くの人々はあの刮目かつもくすべき光景を目にした。上空に現れた白と黒の尊き神の腕。そしてそれに守られ勝利した、巨大な輝く《黒狼王ニグレオス・ウォルフ・レックス》の姿をだ。

「そなたはすでに、民の信仰の対象にまつり上げられかけている。つまりサクライエのみたいなものに」
「ええっ。そんな」
 それは正直、迷惑だ。
「民は不安の極致にいる。だから、心のよりどころが欲しいのだ。それは当然のことだろう。……だが、単純に喜んでいられる状況ではない。むしろこれは、非常に危うい状態だとも言えるからだ」
「ど、どうしてですか」
「もう聞いているだろうが、神殿の権威と求心力は、此度こたびのことで失墜した。民らはあの神殿とサクライエたちこそが邪教の権化よと言い始めてもいる。神殿に石や汚物を投げ込む不届き者も少なからず出ている」
「ええっ」
「そしてその反動のように、そなたを真の神への導き手として祀り上げてしまっている。ここ数日というもの、この城の外にも大勢の民が詰めかけているのだ、そなたに会いたいと申してな。《救国の半身》は文字通り国を、世界を救ったのだから、無理もないと言えば無理もないことだが」
「そ、そんな……」

 神だって? 救世主だって?
 そんなことを言われても困る。
 自分はそんなご大層な者じゃない。
 自分はそもそも、この国で最下層の奴隷、しかも男娼だった身だ。だれよりも立場が低く、だれからも蔑まれる存在だった。
 それはシディ自身がいちばんよくわかっていることだ。
 いまさら「神」だの「救世主」だの」言われてあがめられても困ってしまう。

「確かにそなたは素晴らしい。此度のことではまことに素晴らしい働きをしたし、世界を救ってもくれた。……だが、それで信仰の対象にされるのはいかにも危うい。これはそなたが真に幸せになるための重いかせになりる。……それを案じていたのだよ、私は。なによりも」
「インテス様……」

 じぃん、と胸が熱くなった。
 こんな大変なときですら、インテス様は自分のことを考えてくださっている。ほかのどんなものからも守ろうとして矢面に立とうとしてくださるのだ。
 
(……でも)

 ただ守られているだけなんて、もうごめんだ。
 自分にだってきっと、お手伝いできることがあるはずではないか……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

墜落レッド ~戦隊レッドは魔王さまに愛でられる~

るなかふぇ
BL
特撮戦隊のレッド(受け)と敵の大将(魔王さま・攻め)のお話。  数千年前、あふれだした瘴気のために地下に追いやられた人類。魔獣や魔物の攻撃を避けるため、人類は地下に避難していた。かれらを守るため、超人的な能力をもつ男女が戦隊《BLレンジャー》となり、魔王軍と戦っていたが、ある日魔王とレッドは魔力や勇者パワーが制限されてしまう不思議な雪山の《魔の森》に墜落するのだった。  ふたりきりになっても反発しあうふたりだったが、なぜか魔王が「お前のその顔が私を刺激する」と言い出し、レッドに襲い掛かってくるのだった……! ※「小説家になろう(ムーンライトノベルズ)」でも同時連載。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

転生したら、ラスボス様が俺の婚約者だった!!

ミクリ21
BL
前世で、プレイしたことのあるRPGによく似た世界に転生したジオルド。 ゲームだったとしたら、ジオルドは所謂モブである。 ジオルドの婚約者は、このゲームのラスボスのシルビアだ。 笑顔で迫るヤンデレラスボスに、いろんな意味でドキドキしているよ。 「ジオルド、浮気したら………相手を拷問してから殺しちゃうぞ☆」

処理中です...