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第十六章 恐慌
4 輝く網 ※
しおりを挟む「……いきます!」
ぱっと目を開いたのと、シディの身体から七色の光が発したのとは同時だった。
もしその場面を地上から目にしていた人がいたとしたら、おそらく上空を飛ぶ光る飛翔体から飛び出る、ひときわ強く輝く大きな生き物の姿を目にしたことだろう。その背には、金色の髪をなびかせた美丈夫の青年が跨っていることも。まあ、こんな状況でそんなものを見ている余裕のある者はいなかっただろうけれど。
七色に輝く巨大な狼に変貌したシディはインテス様を背に乗せて空中へ飛び出した。この姿になったシディは、人型のときよりも多くの魔法を使うことができる。なにより特筆すべきは「空を飛べる」ことだった。
凄まじい力で周囲のすべてのものを吸い込んでいる巨大な黒い穴に向かって、シディは果敢に突進した。もちろん自分の周りにも防御魔法を施している。すぐうしろに、セネクス翁やティガリエ、ラシェルタのいる《飛翔体》が続き、不測の事態に備えてくれている。そればかりではなく、後方から必要なほかの保護魔法をかけてシディたちを守ってくれてもいた。
「計画どおりに行くぞ、シディ。このまま《皿》の縁から封印をはじめよう」
《はいっ》
狼としてのシディの口では人語を話すことができないので、おもに心の声を届ける。ほかの人の心にも届けられるけれど、特に《救国の半身》同士であるインテス様とは強固なつながりがあるようで、この膨大な雑音の中でも明瞭にお互いの声が心に届いた。
シディはまっすぐに《皿》に向かって飛んだ。
足元では神殿が、少しずつ壁をはぎ取られていくのが見える。あちらも神殿づきの魔法を使える神官たちが守護魔法を使っているはずなのだが、どうもそれが脆弱であるようだ。
多くの民が救いを求めてあそこに逃げ込んだことは聞いていたが、あれでは危ないかもしれない。
事実、守護魔法を使っていたらしい神官の何名かが悲鳴をあげて空中へ吸い上げられているのが見えた。
(あぶないっ……!)
神官が抜けた場所は完全に無防備になり、守護魔法の穴があいた形になってしまっている。そこから、一般の民らしい姿の者たちが泣き叫びながら吸い出されてきているのだ。
「きゃああああ! 坊や!」
「おばあちゃんっ」
「あなたあっ」
「助けて! 助けてえ!」
「うわあああ──ん!」
普段よりも聴力のあがっているシディの耳には明瞭に聞こえた。みんながお互いの家族や恋人の名前を必死に呼び合い、救いを求めている声が。親を求めて号泣する幼い子たちの声が。
それは聞いているだけで、こちらの胸まで潰れそうな声だった。シディは必死で目をつぶった。
大丈夫。かれらのことは後方のみんなが救い出し、きっと守ってくれるはずだ。今すぐ飛んで行って助けてあげたいのは山々だけれど、今シディがここを離れるわけにはいかない。自分は、今、自分がしなくてはならない、自分にしかできない仕事をするだけだ。
シディの思いは背中のインテス様にも伝わっているようだった。
《……行こう。シディ》
《はいっ……!》
シディはさらに高く跳躍した。
巨大な輝く《黒狼王》のあとに、輝く軌跡があとを引いた。
眼前に《黒き皿》がどんどん迫ってくる。シディはまず、その左の端のほうへと飛び進んだ。
予定していた場所にとどまると、ますますその底知れない黒さが迫ってきた。世界中のありとあらゆるものを吸い込んでいながら、その穴の中には何も見えず、ひたすらに真っ黒に塗りつぶされた壁があるようにも見えた。
《シディ。波長を同調させるぞ》
《はいっ》
何度かふたりで訓練してきた通り、精神を集中させる。前にもいっしょにやったのと基本は同じだ。シディが封印のための強大な魔力を放出し、それをインテス様が「織り上げる」。魔力が細い絹糸のように細分化され、撚り合わされ、編み上げられていく。
こんなにも巨大な《皿》を封印するためには、途方もない魔力の網が必要だったが、いっぺんにそれを作り出すことは不可能だった。
ゆえに、インテス様は周囲から少しずつ網を作っては《皿》を包んでいくという手法をとったのだ。
それには非常な手間と時間がかかった。必要な魔力の量も尋常なものではない。とはいえ、やらないわけにはいかない。
シディはひたすら精神を集中させ、おのが魔力をインテス様に流れ込ませ続けた。膨大な魔力を秘めた黒狼王とはいえ、これはかなりの苦痛を強いられる作業だった。あまり長くつづけていると、次第に気が遠くなりはじめる。が、気を失っている場合ではない。
だが、七色に光り輝く網が《皿》の周囲を次第次第に囲み始めた段階で、シディは相当息切れしている状態になってしまった。
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