白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十五章

2 爆笑

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 自分なんかが? だれかの勉強の先輩だって?
 信じられない!

「オ、オレなんかに……できるでしょうか」
 急に心配になって、シディの胸はぱくぱく音を立て始めた。そんな責任重大なこと、自分みたいな者にまっとうできるとは思えない。
 でも、インテス様はきれいな笑みを変えなかった。

「大丈夫だ。私はそう確信している」
「……」
「もちろん師範たちも助けてくれる。それにそなたなら、かれらの気持ちに寄り添うこともできるだろう。勉強でつまづいている部分のことばかりではなくな」
「え……」

 インテス様は少しまじめな顔に戻ると、真正面からシディの両肩をぐっとつかんでこちらを見つめた。

「まずは安心できる場を与えて、傷ついたかれらの心を救うこと。そして勉強や鍛錬で力をつけさせ、次の人生への希望をもってもらうこと。これがなにより先決なのだ。特に心と体を傷つけられてしまった者たちにとってはな。……そなたならわかるだろう? 私などより、よほどしっかりと」
「あ、はい……」

 それは確かにそうだ。
 インテス様に救われたとき、心身ともに傷ついていたころの自分を思い出す。
 まずは体と心を休め、癒して、清潔に保つ。けっして不安な気持ちにならないように、常に手助けしてあげる。今までいろんな虐待を受けてきた子たちには、なによりそれが大切なのだ。勉強やなにかといったことは、それからのことだろう。

「また、学んだことをだれかに教えることは、おそらくそなたにとっても有益なことだ」
「えっ。オレにも、ですか……?」
「そうだとも。学問は、まずしっかりと学ぶことが大前提ではあるんだがな。しかし、それを人に教えることで本当に身につくようになるんだ。得た知識にすぎなかったものが、そなたのまことの血肉けつにくになってゆく。……どうだろうか。やってみないか?」
「い、インテスさまっ……」

 胸と喉が急に詰まったみたいになった。
 それと同時に、温かな衝撃が今度は目もとを直撃して、視界が一気にぼやけた。

「そっ……そんな。すごい、すてきです……っ」
「あああ。またそなたは。このごろ、特に涙もろくなっていないか?」

 笑いながらきれいな手巾スダリオでそっと目元をぬぐわれ、堪らずそのまま抱きついてしまった。

「ありがとうございますっ……。オレ、オレきっとお役に立ちますっ……!」
「ああ。ぜひそうしてやってくれ。私のためでなくていい。むしろ救い出された者らのためにな」
「はいっ……!」
「あのよー。どうでもいいが、途中から俺らの存在わすれてんだろ、お前ら!」
「ん? ああまだいたのかレオ」
「『ああまだいたのか』じゃねえわ! この半身溺愛皇子が!」
「ぶふっ。……あっ、ああっ、ごめんなさいっ!」

 レオが白々しくインテス様の真似をして見せたのがおかしくて、つい吹き出してしまった。そこをギロリと睨まれてしまって慌てて白旗をあげる。

「はーもう。わかったわーかった。ちょっとの間二人にしてやるわ。俺らは俺らで、ほかにやんなきゃなんねえこともあるしよ。な? トラのおっさん」
「その呼び方はよせと──」
「それと、トカゲのにーちゃん」
「『にーちゃん』呼ばわりされるほど若くはありませぬが、まあよしとしましょう。『おっさん』でないだけありがたいと思わねば」
「…………」

 ティガリエが目を細めて憮然と黙りこみ、部屋には少しの沈黙が流れた。
 が、次にはもう、ティガリエを除いたみんなが吹き出していた。

「ぶわっはっはははは!」
「ひ……ひいいっ……ご、ごめんなさい、すみませんティガ! わ、笑うつもりなんてっ……ぶふうっ」

 笑いを堪えようとすればするほど、次々と「笑いの種」みたいなものが腹の底から湧き出てきてしまう。涙のにじんだ目を向けると、インテス様まで必死で口を押さえて向こうを向き、肩を小刻みに震わせていた。
 レオは大口あけて大笑い。ラシェルタはそれでも品を失うことなく、口に手をあてて軽く失笑する程度で済ませている。それでもこんなラシェルタの表情を見るのははじめてだった。
 レオがティガリエの背中をばっしばし叩きながら爆笑し続けている。

「んだよ~本気にすんなよおっさん! じゃなくってティガのあんちゃん。これでいいんだろ? 拗ねんなってよー」
「……拗ねてなどおらぬ」

 言うが早いか、ティガリエはくるりと踵を返して風のように外へ出て行ってしまった。ほとんど足音もたてないのは、いつものこととはいえさすがだ。

「そんじゃ、ちょいとヘソ曲げちまったトラの兄ちゃんの機嫌でも取ってくるとすらあ。ラシェも来るだろ?」
「……ええ」

 珍しく返事が遅れたのは、いきなりそんな風に愛称呼びされたからだろう、とシディは思った。このいつも冷静な人でもびっくりすることはあるんだなと妙なことを考える。

「では参りましょうか。ということで殿下、オブシディアン様。しばらくの間ごゆっくりどうぞ」
「へ? ……あ、あの」

 どぎまぎしているうちに、ぱたんと扉が閉じられた。
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