白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十四章 審議

11 証言

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 あらためてヴルペスに対する審問が始まった。
 ヴルペスの様子はさきほどとは明らかに変わっていた。光をなくしていた目に強い光が灯り、決意に満ちて口を引きむすんでいる。
 もう一度、ガマガエルの審議官が先ほどと同じ質問を繰り返したとき、男は静かな声で言った。

「あらためまして、ここに包み隠さずすべてを申し上げます」
「ぬっ……」

 皇太子が自分の席でぴくりと身体を震わせた。が、もうヴルペスはそちらを気にする風はなかった。

「お訊ねの件について申し上げます。その薬剤は、わずかであれば体の疲れを取り、滋養強壮にも効くものにございます。しかし、多量を長期にわたって服用することで強い副作用が起こるものにございます」
 
 キツネ顔の侍従はシディにとっては耳慣れない薬草の名前をいくつか挙げた。ヤギの審議官がさらさらとそれを記録にとっていく。

「こちらの薬は、皇帝陛下に対してすでに数年も用いられて参りました。ですが、わたくしが自分の意思でそれを画策したことはありませぬ。すべて命令によるものです」
「ぬぅ、貴様、ヴルペスっ」
「殿下。お静かに願います。審議中にございます」思わず席を蹴って立ち上がりかけたアーシノスを、ガマガエル審議官が制する。「さあ、つづけて」
 ヴルペスは皇太子の方はいっさい見ず、まっすぐに審議官の方だけを見て背筋をのばした。

「……すべて、そちらにおわしますアーシノス皇太子殿下のご命令によるものです」
「なんと──」

 驚きのさざ波が広間を満たしたが、それは一瞬のことだった。

「ばっ、バカなことを申すな! なにをそのような、根も葉もないことをッ」
「根も葉もないことかどうかはこちらで精査いたします」

 ガマガエル審議官は相変わらずまったく動じない声で皇太子を制した。皇太子は真っ赤な顔をぶるぶるふるわせつつ、殺意のこもった目でインテス様をにらみつけながらずるずると腰をおろした。
 皇太子が激しい動きをするたびに緊張が走り、それだけで広間の雰囲気はどんどん疲弊していくようだ。シディ自身、皇太子のあまりの殺気の臭いのきつさにあてられて先ほどからひどい頭痛がしている。とはいえ、いざとなれば殿下をお守りするのも自分の役目だ。ここから出て行くことは決してできない。
 
 その後、ヴルペスの証言によればこうだった。
 数年前から、皇太子は皇帝の暗殺を画策していた。とはいえ、いきなり毒殺などすれば殺したことは明らかだろうし、自分が真っ先に疑われるに違いない。というわけで、非常に手間と時間のかかる殺し方を選んだのだ。
 先ほど証言に出てきた薬草を密かに入手しうまく調合させ、少量ずつ皇帝の食事や飲み物に混ぜ続けた。

 最初の一年ほどはなんの変化もなかったのだが、皇帝は次第に体の不調を訴えるようになり、日々の動きが緩慢になり、医師や治癒師を呼びつける頻度が増えていった。
 だがその医師や治癒師も実は皇太子の息のかかった者だった。ゆえに帝国一の治癒師と言われるあのキュレイトーは、インテス様側の人物であるために皇帝の側へあがることはなかった。その事実を知っているのは皇宮でヴルペスただひとりだった。
 やがて皇帝は寝床から起きている日が少なくなり、眠ってばかりの日が多くなり……ほとんどずっと昏睡という今の状態にまで陥った。

(ひどい……。一応、自分のお父さんじゃないのか? それでも)

 シディには高貴な人々の家族関係なんてよくわからない。でも、自分の親をそんな風にじわじわ殺してやろうだなんて、どれほどの憎しみと殺意があったのだろうかと恐ろしく感じる。
 インテス様にしても、あの皇帝陛下に対して家族としての温かな愛情などは感じておられない様子だ。あの皇帝の性格ならそれも理解はできるかなとは思う。けれど、それでもインテス様ならわざわざみずから手を下して殺そうだなんて思うことはないはずだ。

「ええい、だまれだまれいっ! そのような証言、余は認めぬぞ。そんなもの、そやつの言い逃れに過ぎぬであろうが。我が身と家族を守らんがためならば、どのような証言でもするであろうっ」
「では次に、こちらの証人もお呼びしましょう。師匠」

 激昂している皇太子に対して、どこまでもインテス様の声は静かだ。彼の目配せに応じてセネクス翁がまた魔力の玉の上で手をふると、魔法陣の上にいたヴルペスの姿が煙のようにかき消え、また別の者が現れた。

「ぬう……っ?」

 皇太子が信じられぬものを見る目をして絶句した。
 それは、白い耳としっぽをもつ犬族の少年だった。着ている物にはきらびやかな飾りがあり、比較的品のあるものだったが、それは問題ではなかった。なによりも目立つのは、身体のあちこちにある痛々しい傷だった。
 白くて大きな片耳が刻まれたようにちぎれ、しっぽも途中でなくなり、顔といわず腕や足といわず、身体じゅうに青紫の痣がある。
 審議官から自己紹介を求められると、少年はおずおずと言った。

「……ア、アーシノス殿下のご寝所づきの小姓、ヘスに……ございます」

(ううっ……)

 急激に襲ってきた吐き気。そしてめまい。眼前がふっと暗くなっていくのを感じた。
 シディには説明されるまでもなくわかったのだ。この少年が、かつての自分と同じような境遇の人である、ということが。
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