白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十四章 審議

1 求婚(1)

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「あああああ」
「シディ?」
「ああああああああああ」
「……シディ。もういいかげん慣れよう。貴人の夜の営みというのは基本こういうものなんだよ」
「でも、だってインテス様……っ」

 困った顔で笑いながらシディの髪を撫でているインテス様は、寝乱れたお姿でも神々しいばかりにお美しい。しどけなく乱れてはらりと目もとに落ちかかった金色のおぐし。胸もとからのぞく健康的な筋肉の隆起。枕にゆったりと肘をあずけて頬杖をついているお姿は、まさに一幅の絵のようだ。
 だが今のシディにそれを鑑賞している余裕はなかった。

「だって、今日も我慢できませんでしたあ……っ!」
「私に愛されるとはこういうことなんだ。我慢できなくなるほど気持ちよかったなんて最高じゃないか? もうあきらめなさい」
「ううっ……でもでも、インテス様ぁ……!」
「でもじゃないの」

 つん、と額をこづかれて枕に撃沈する。

「うううううーっ」

 最初のうちこそ一生懸命我慢するのだ。どんなに気持ちよくなっても大きな声だけはあげないぞ、とものすごい覚悟を持って臨むのだ、いつだって!
 売春宿にいたころは、自分の声の大きさなんてまったく気にしていなかった。放っておいたってまわりじゅうの部屋から似たような嬌声やら鞭をふるう音やら安物の寝台がきしんで立てる律動的で忌まわしい音やらがあふれかえっていたのだから。

 でもここはそうじゃない。
 貴人のクラス場所というのは基本的に広々としていて閑静なものだ。なにかの音がしていたとしてもそれは、ばれた吟遊詩人などが弦楽器キタラの弦をつまびいて美声を聴かせるなどする優美な音玉ばかり。あとはひそやかな宮女たちのさんざめきや軽い食器の音ぐらいだろうか。
 どっと騒がしくなるのはなにか危急の事態がおこったときだけである。それだって高位の武人が足早にやってきて危険を奏上するだけだ。
 だから。

(ぜったい、ぜっったいにティガには全部、まる聞こえだよね……!?)

 そう。
 つまりはそういうことだ。
 最初のくちづけや軽い愛撫までならなんとか我慢できる。
 でも行為がより深くねっとりと進んでいくにしたがってシディの頭のなかは発光したみたいになり、何も考えられなくなってしまう。気がついたら自分でもびっくりするような嬌声をあげまくり、ひたすら腰を振っていたりする。
 だからこんなふうに、すべてが終わって落ちついてきてからとんでもない羞恥が襲ってくるわけなのだ。

「《無音》の魔法が使えないわけじゃないが、防犯上あまりよろしくないんだよ。ティガリエの耳に危急の場合の声が届かないようでは困るだろう」
「はい……もうそれは、もちろんそうなんですけどおおっ……」

 だからといって羞恥心が減じるだろうか?
 いなだ。

「そもそも。そなたがもう少し声を我慢すればよいことなのでは?」

 にこにこにこ。

(こっ……このこの──)

 スケベ皇子! スケベ皇子だ!
 前々からちょっと思っていたけれど、これで確定だ。
 みんなが知っている清廉で勇気溢れる優美な青年皇族の顔の下には、こんなスケベ皇子が潜んでいたのだ!

「すまない。冗談だよ。そんな目で見ないでくれ、悲しくなる」
「うっ……。す、すみません……」
「謝らなくていいよ。私が我慢できないのがいけないのだろうし。だが夜、隣にそなたがいるのに我慢するというのは至難の業なんだよ私にとっては」
「う、ううう……」

 それはシディにとってもそうだ。だから一方的にこのかたを責めようとは思わない。それに、そう思っていただけることそのものは嬉しいし、幸せなのも本当なのだから。

「それより今夜は、そなたに言っておきたいことがあったんだ」
「え? なんでしょう」
「……シディ」

 そこでインテス様は起き上がると、衣服を整えた。整えたとはいってもそれは夜着だし、すてきな胸もとも広げまくりではあるのだが。
 こほん、とひとつ咳ばらいをされる。シディも思わず起き上がってかしこまってしまった。

「私と、正式に結婚してほしい」
「……え?」

 シディの時間がぴたりと止まった。

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