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第十三章 雌伏
9 残り香
しおりを挟む《フム。コチラダナ》
《ココデ、ホカノモノカラウケワタサレタ》
《モッテキタモノハ、ココカラハイッタ》……
そんな調子で《メタリクム》様がどんどん先導していくのについていったら、いつの間にか最も外側にある庭に出、さらには皇宮からも出てしまった。そこでそれぞれに待機していた別動隊の面々と合流することができた。
一同は簡単なやりとりのあと、再び分かれて《念話》で連絡を取りあいつつ進んだ。別動隊はシディたちとは違うルートを選び、みな《飛翔》の魔法を使っている。こちらのほうが街の人々と誤ってぶつかってしまう心配がいらないからだ。
金の《メタリクム》様が行先をつぎつぎに告げ、風の《ヴェントス》様がシディたちのにおいを薄めると同時に、探索している目的のにおいが強く感じられるように空気の流れを調整してくださっている。
《ヴェントス》様はさらに、そのへんのものを風で倒すなどしては、ときおり夜道に現れる街の人々の注意をそらしてくれていた。ときにはそのために「ゴメンヨ」などと謝りながら梢に巣をかけている鳥を起こして騒がせることもあった。
まことに、至れり尽くせりとはこのことだ。
やがて精霊は、とある家の前で止まった。帝都の中でも特にごみごみした下町の一角だった。
《ココダナ》
《ソウダネ。デモ、ザンネン。イマハダレモイナイヨ》
《えっ。そうなんですか》
《ソレニ、カスカニチノニオイガスル》
「えっ……」
思わず声が出てしまって、あわてて口を覆った。
《ケソウトシタヨウダケド、ボクラノメハゴマカセナイ》
セネクス翁、ティガリエ、ラシェルタが視線だけで語り合う。
《どうやらすでに、証拠を隠滅された後のようですな》とティガリエ。あとの三名は暗い面持ちでうなずいた。
《ですが、これもまた重要な手がかりです。この建物を借りていた者を知る者や目撃者がいないか──できることはいくらでもございましょう》
《ラシェルタの申す通りじゃ。証拠集めは続行しよう。じゃが今宵はここまでじゃ》
《え、でも、師匠》
言いかけたシディに、セネクス様はにっこり笑って首を左右にふった。
《慌ててもいいことはないぞよ。ずいぶん遅くなったし、予定の時刻を大幅に過ぎておる。殿下がさぞや心配しておられるであろ》
《左様にございます。日の出が近づいておりまするし》
ティガリエにも言葉を添えられ、シディはしぶしぶこの探索行を中断せざるを得なかった。
《ヨシ! キョウハオワリダネ、クロイコ》
《あっ。ありがとうございました、《ヴェントス》様、《メタリクム》様》
《イイカライイカラ。ソレヨリ、イソイダホウガイイ》
《ニンゲンドモガオキダシテル》
「え……」
確かに、周囲の建物の中や遠くから、目覚めて早朝の仕事にかかりはじめている人々の気配が空気を震わせて伝わってきている。いつまでもここにいるのはよくない。たとえ《隠遁》を使っていても、できれば接触を避けるに越したことはないのだから。
《デハ、トボウ。ミンナアツマッテネ》
「は? え……うわわわわっ!?」
《ヴェントス》様の声が終わるか終わらないかのうちに足が地面を離れて、シディはとうとう声をあげてしまった。そのままひしっとティガリエの太い腰のあたりにしがみつく。そのときにはもう、一同は鳥が飛ぶ高さをすさまじい速さで飛んでいるところだった。
眠っていた東の山脈の上空が、すでにぼんやりと明るくなりつつある。そのうち太陽が顔を出すに違いなかった。セネクス様のおっしゃる通りだ。自分たちは随分と時間をかけすぎてしまった。
《シンパイイラナイ。ボクノマホウナラ、イッシュンデカエレルカラネ》
風の《ヴェントス》様がいつも通りの軽いすずやかな声で言う。もしも顔が見えたなら、きっと片目などつぶって見せていそうな雰囲気だった。
「ありがとうございます、《ヴェントス》様」
《ナンダ、カゼノヤツニバカリ》
「あっ! とんでもないです。《メタリクム》様も、本当に助かりました。ありがとうございました……!」
《ウム。ヨロシイ》
ひどく満足げな声が返ってくる。
(……ふふ)
やっぱり《メタリクム》様はどこかがかわいい。すましている風でいて、基本的に素直で純粋な感じがする。それは精霊様たち全部に共通して言えることだったけれど。
ともあれそんなわけで、シディたちは大急ぎで隠れ家へととって返した。到着したころにはもう、街の中には朝の早い奥さんたちや商売人たちの声がこだましていた。
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