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第十二章 過去の世界
5 精霊たちの声
しおりを挟む《……ロイ、コ……? キタノ?》
「えっ。まさか……!?」
シディは思わず立ち上がってきょろきょろした。
間違いない。これはあの船に乗っていた時に聞いた、水の精霊たちの声だ!
《クロイ、コ……オカエリ》
《オカエリ》
《シロイコモ、イルネ》
「海の精霊さまたち……えっと、アクアさんたち? た、ただいまですっ」
まあ「アクア」というのは種族名のようなものだから正しくはないのだろうけれど。ただかれらは全体でひとつだし、自分たちのように個々の個性のようなものがないので、それぞれの名前なんて呼びようがないのだ。
久しぶりに会えた精霊たちに、シディの胸は高鳴った。
「あのっ、あのあの……あの時は本当に、ありがとうございました」
《クジラ》の中でぺこりとお辞儀をしたら、アクアたちはキラキラ光った。笑っているらしい。うふふ、うふふと嬉しそうな声が頭の中に響いてくる。かれらには人格みたいなものはないようだが、ちゃんと好悪の感情などはあるようなのだ。
インテス様をはじめ、ほかの仲間たちが驚いた目でこのやりとりを見つめていた。どうやら今はみんなにも精霊さまの声が聞こえているらしい。インテス様も立ち上がってシディの隣にやってきた。
「『アクア様』とお呼びしていいのでしょうか? 私からも礼を申します。先日は大変ありがとう存じました。それから、私の大事なシディを何年も危険からお守りくださったことも。心より感謝を申し上げます」
インテス様もまた、ぴしりと綺麗な礼をした。
精霊たちの喜びがさらに増したらしいのは、《クジラ》の周囲を包む青い光がさらに数と輝きを増したことでわかった。
《ドコヘイクノ、クロイコ》
《マタ、カクレル、ノ……?》
《ボクラ、カクシテアゲル、ヨ……?》
「あっ。いえいえ。そうじゃなくて──」
シディは簡単にここまでの経緯を説明した。「実は悪い人たちに狙われていて」といったような感じで。なるべく簡単な表現にしたのは、精霊たちには多分、人間たちの政治的な対立などはわからないだろうなと思ったからだ。
結果的に、かれらはわりとすんなりと事態を理解してくれたようだった。
《タイヘンダネ》
《ウミノナカデハ、マモッテアゲルネ》
「えっ……いいんですか?」
びっくりして訊き返したら、やっぱり周囲がきらきら光った。「もちろんだよ」という声が聞こえてくるようだ。
《カゼモ、ツチモ、ヒモ、キンモ……ミンナキミヲマッテルヨ》
「えっ」
「風」と「土」と「火」と「金」。それはもしかしなくても、風のヴェントス、土のソロ、火のイグニス、そして金のメタリクムのことだろう。なんとアクアたち以外の精霊たちも、自分たちのことを気に掛けてくれていたとは。
《『ズルイ』ッテイワレタンダ》
《『ミズバッカリ、ズルイ』ッテ》
「えええっ?」
思わずインテス様と目を見合わせてしまう。
《ミンナミンナ、クロイコ、ダイスキ》
《シロイコモ、スキ》
《ダカラミンナ、フタリト、ナカヨクシタインダヨ》
《ダカラミンナ、マモルヨ》
《クロイコト、シロイコ、マモルヨ》
「あ……」
精霊たちの言葉は単純だけれど、それだけに嘘がない。真っすぐに真実だけを伝えてくれる。自分たちのような感情は持たない存在だとは聞いているけれど、その言葉にも態度にも、なんともいえない温かさがある。かれらが自分とインテス様に対して特別な好意をもってくれているらしいのがしっかりと伝わってくるのだ。
ラシェルタがふと何かに気付いて、珍しく驚いた顔になった。
「素晴らしい。なんという高位の《隠遁》でしょうか。我らの魔法など必要なさそうな勢いですね」
「えっ。そうなんですか?」
「精霊さまたちがこの《クジラ》を取り巻いて、周囲から感知されぬように守ってくださっているようです。ありがたいことです」
「そうなんだ……。あ、ありがとうございます、アクアさまたち!」
《ウフフ》
《ウフフフ……》
《イコウ、クロイコ。シロイコ》
《アッ、ソウダ》
《ミセタイモノ、アルヨ》
「えっ?」
《コッチニキテ》
《コッチ。コッチダヨ》
言うなり、アクアたちのキラキラした光が《クジラ》の鼻先のほうへぐいっとのびて道を示した。
「あ……あの。どこへ行くんでしょう?」
《シンパイシナイデ》
《ミセタラスグ、モドラセテアゲルカラ》
一同は一瞬互いの顔を見合わせた。互いに意思を決めかねている目と目がかち合っている。が、最終的には次のインテス様のひと声で話は決まった。
「まあ、急ぐ旅でもないのだ。アクア様がこうおっしゃるならよいではないか。この方々なら信用できる。ぜひ案内をしていただこう。な? シディ」
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