白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
135 / 209
第十二章 過去の世界

3 クジラになって

しおりを挟む

 午前のうちに準備が整えられ、インテス様とシディはその日のうちに魔塔を離れることになった。
 ティガリエ、ラシェルタはいつも通りに護衛についてくれる。そのほかインテス様のための護衛と、手練れの魔導士も数名。
 あまり目立った行動はできないため、シディたちは内々のうちにセネクス翁やレオ、マルガリテ女史に別れを告げ、ひっそりと魔塔の地下へ案内された。

(こんなところがあったんだ)

 ここへ来て結構な月日が経ったのに、まだまだ知らないことだらけだったらしい。
 一同は《隠遁》の魔法で人目を避けつつ、暗い廊下をしばらく行って、小さな隠し扉の中に入った。ちょっと見ただけではそこに扉があるだなんてちっともわからない。だがラシェルタはごく自然な態度で扉を開き──もちろん特別な呪文が必要だ──皆に先をうながした。

「どうかお気をつけを。足もとが少しくろうございますゆえ」

 言って皆を中に入れ、扉を閉めて再びなにか呪文を唱えてから、手のひらの上に炎を出現させる。魔法の灯火だ。ほかの魔導士たちも次々に同じように灯火を作りだす。
 シディも少しならできるのだが、「あなた様はどうか魔力を温存なさってください」と、やんわりと断られてしまった。

「下へおりるほど滑りやすくなります。どうかお足もとにお気をつけて」

 螺旋状になった狭い石段はどこまでも続き、なんだか地の底へおりていくように思われた。真っ暗な階段の先には、夜目の利くほうであるシディにも何も見えない。次第に心細くなってくる。
 いつのまにか、シディは前を行くインテス様のマントの端を握っていた。それまでまったく無意識だったので、その手をそっとインテス様に握りこまれたときにはびっくりしてしまった。

「あっ、あっ……す、すみません……!」

 思わず発した声が周囲の岩に反響して、さらにびっくりする。慌てて手をひっこめようとしたのに、インテス様は苦笑しながらも手を放してくださらなかった。代わりに唇の前に指を立てる。

「なるべく静かに参ろう。な? シディ」
「あ、はい……」
「こうしておけば怖くはないだろう。ん?」
「ううっ……。は、はい」

 もう恥ずかしくて全身から火が出そうだ。
 そんなこんなをやりながら、ぐるぐるとどこまで階段をおりたときだっただろうか。ある場所から急に、潮のにおいがきつくなった。遠くにかすかな水音も聞こえはじめる。

(あ……)

 急に空間が開けたことは、音の反響具合ですぐにわかった。が、視界はとても暗くて、その空間がどれほどの広さなのかは皆目わからない。足もとに暗く広がるのは海面の一部のようだった。水がぴしゃぴしゃと岩をうつ音がしている。

「では、始めましょう。殿下、オブシディアン様。どうぞこちらへ」

 うながされてラシェルタのそばに寄ると、彼とともに他の魔導士たちも一緒に同じ呪文を低く唱えはじめた。
 一同をつつむ魔力の壁が出現し、やんわりと全員を包み込むとふわりと足が地面から離れた。そのまま《魔力の包み》が静かに水に沈みはじめて、シディは思わずインテス様にしがみついた。

「みっ、水の中に入るんですか?」
「そうだ。水中を潜航していく。なにも心配は要らないぞ」

 インテス様がにっこり笑って抱き寄せてくださる。それだけでずいぶん気持ちは落ち着いたけれど、やはり水中というのは不安になるものなのだ。これは地上に生きる者として本能的なものだから仕方がない。
 それはちょうど、空を飛んでいくときの魔法を水中で使うようなものだった。魔力で作られた膜はしっかりと水とこちら側を隔てているし、中には座れるように柔らかな腰かけのような設備まで作ってくれている。
 シディはインテス様と並んでそこに腰かけた。
 いつもの《跳躍》のときと違って、この魔力の包はちょっと細長いように思われる。両脇に大きなひれのようなものがあり、後方は少し細くなっていて、上下にゆっくりと振られているようだ。まるで生き物のように──

「あ、あのう。これは……もしかして」
「はい。今回はクジラバレーナを擬態してみたのです」
「くっ、クジラ……?」

 それは海に棲む巨大な魚だと聞いたことがある。まだシディはちゃんとこの目で見たことのない生き物だ。以前、船の中からかれらの歌う声を聞いたことはあるけれど。

「仲間の魔導士たちが《写し身》によってインテス様のお姿をとり、敵の目を攪乱している間に、われらはこれに乗って囲みを逃れまする。もちろん《隠遁》もかけておりますが、万が一、高位の魔導士に見破られた場合でも、ある程度ごまかしがきくはずにございますれば」

 ラシェルタがいつものように淡々と説明する。
 なるほど、つまりこれは陽動作戦と「クジラ擬態作戦」の合わせ技とでもいうべき作戦であるらしい。

(す、すごい……!)

 そんな場合でないことは百も承知だったが、シディはついわくわくと心が浮き立つのを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...