133 / 209
第十二章 過去の世界
1 噂
しおりを挟むそれから三日ほど、シディは部屋の外へ出してもらえなかった。シカの医師ローロがどうしても許可をくれなかったからである。もとは離宮にいたインテス付きのこの医師も、あれ以来魔塔にきて身の安全を確保していた。このほかにも、インテスを慕ってついてきた者が多数いるという話だった。その中には、あの治癒師キュレイトーもいるという。
レオに言わせれば「ったく、それはそれで兵糧の問題があるっつうのよー」というわけで問題がないわけではないらしいが、魔塔特有の技術を総動員して様々な問題にあたっているらしい。増えた人口を食わせるための水と食料の確保は、どうにかこうにか軌道に乗っているという。
三日目、生真面目な医師ローロからようやく許可をもらって、シディはさっそくセネクス翁に会いにいった。朝食後、インテス様が迎えに来てくださり、ティガリエも一緒に師匠の執務室に向かう。
(えっ……)
部屋に一歩入って驚いた。
以前とはずいぶん様相が変わっていたからだ。
前はインテス様づきの助手の魔導士が数名いただけだった部屋には、さまざまな形質をもつ魔導士たちがひしめくように座って瞑想をしていたのだ。大きなサイらしい者、小さなネズミらしい者、いろいろいる。
みな、例の《目》と《耳》を稼働させるために多量の魔力を消費せざるを得ないセネクス翁のために自分の魔力を供給するためにここに詰めているのだという。多くの人がいるにもかかわらず、部屋はひどく静かだった。
「みな、交代で師匠に魔力を供給している。交代制でな」
「そ、そうなんですか……」
部屋の中央には、ご自分の執務机の前にちょこんと腰かけて、眠るように目を閉じたセネクス師匠がおられた。とても穏やかな表情だ。やわらかい毛皮に包まれているのでわかりにくいけれど、顔色は決して悪くはないようだ。それを確認してほっとする。
セネクス翁もほかの魔導士も非常に静かで穏やかだったが、シディにはわかった。その内で激しく行き来している膨大な魔力のうねりのようなものが。
書記官を務めるらしい数名の魔導士たちが、しきりに羊皮紙になにごとかを書きつけている。恐らくああして、《目》と《耳》が拾ってきた情報を記録しているのだろう。
「それで、あのう……皇宮のことはだいぶわかったんですか。皇太子の陰謀のことは」
部屋があまりにも静かなので、ついつい小声になりながら訊ねると、インテス様はにこりと笑った。
「ああ。少しずつだが証拠はそろいつつある。帝都に放った密偵たちには、とある噂を流させてもいるし」
「噂? ですか」
「ああ。まずは一旦外へ出よう。ここでは邪魔になるからな」
そうして向かったのは、現在レオが全体の指揮を執っている部屋だった。魔塔なのでそういう名称がついているわけではないが、一応「作戦司令部」とでも言うべき部屋だ。
部屋にはすでにレオとマルガリテ女史、ラシェルタが集まっていた。みんなにひととおり朝の挨拶をして、さっそくシディは訊ねた。
「それで、噂ってなんなんですか?」
「要するに『皇太子が皇帝の命を狙ってる』みてえなやつよ。ま、ありがちな話だな」
答えたのはレオだった。
「実際、こちらが噂を流すまでもなかったのです。庶民の間ではすでに同様の噂が流れはじめておりましたし」
これはラシェルタだ。
「そうなんですか?」
「左様です。もちろん皇太子は自分の手下に対して厳しく緘口令を敷いたことでしょう。が、『人の口に戸は立てられぬ』と申す通りです。庶民は多くの場合、貴人よりも耳が速いものですゆえ」
「そっ。悪い噂ならなおさらだ。多かれ少なかれ『悪事千里を走る』みてえなことになるもんよ」
レオがせせら笑った。
「調べによれば、すでに辺境の島々の村にまで、似たような噂が広まっているようにございます」
マルガリテ女史がいうと、みながそれぞれにうなずいた。
「もともとあまり評判のいい皇太子ではなかったからな。仕える者につまらぬことですぐに惨い仕打ちをすることで有名な男だったから」
「ああ……そうでしたよね」
実はシディもあの売春宿にいたときに、少しだけなら聞いたことがあったのだ。
ひどい真似をする客から「それでも皇太子に仕えるよりゃあ千倍もマシだろうぜ」みたいなことは。
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
私と番の出会い方~愛しい2人の旦那様~
柚希
ファンタジー
世界名:グランドリズ
ハーレティア王国の王都、レティアの小さな薬屋の娘ミリアーナと番の2人との出会い。
本編は一応完結です。
後日談を執筆中。
本編より長くなりそう…。
※グランドリズの世界観は別にアップしてます。
世界観等知りたい方はそちらへ。
ただ、まだまだ設定少ないです。
読まなくても大丈夫だと思います。
初投稿、素人です。
ふんわり設定。
優しい目でお読みください。
【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが
Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした───
伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。
しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、
さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。
どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。
そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、
シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。
身勝手に消えた姉の代わりとして、
セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。
そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。
二人の思惑は───……
欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします
ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、
王太子からは拒絶されてしまった。
欲情しない?
ならば白い結婚で。
同伴公務も拒否します。
だけど王太子が何故か付き纏い出す。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる
ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。
私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。
浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。
白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】8私だけ本当の家族じゃないと、妹の身代わりで、辺境伯に嫁ぐことになった
華蓮
恋愛
次期辺境伯は、妹アリーサに求婚した。
でも、アリーサは、辺境伯に嫁ぎたいと父に頼み込んで、代わりに姉サマリーを、嫁がせた。
辺境伯に行くと、、、、、
魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される
日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。
そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。
HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる