白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
113 / 209
第十章 決戦

11 混戦(2)

しおりを挟む

 シディはまっすぐに《黒い腕》に噛みついた。ギリギリと牙を立て、四肢を踏みしめて首を左右に振り回す。

「グルルッ、ガウルルルウッ」

 狼としての唸り声とともに力いっぱいに食い破ろうとするが、やはり硬い。なにより、噛みついた場所から流れ込んでくる液体のひどい悪臭で頭痛とめまいがする。気をしっかり持っていないと失神しかねないほどのひどさだ。

「みな、加勢するのじゃ」

 セネクス翁の声が遠くに聞こえたと思ったら、老人は「ほっ」という掛け声とともに素早く何かの保護魔法をレオとティガリエに与えはじめた。それに倣って魔導士たちも、ようやくのことで体勢を立てなおし、それぞれに呪文を唱えたり指で印を切ってみたりしはじめる。
 すると、みるみるうちにレオとティガリエの身体が七色の光をまといはじめた。ふたりの得物それぞれにも神々しい守護と攻撃の魔法が付与されていく。

「よいぞ、両人とも」
「あんがとよっ、じいさん!」

 叫ぶなり、レオはティガリエとほんの一瞬目を見かわすと、ともに《腕》に向かってダッと跳躍した。
 ふたりの得物がズグッと生々しい音をたてて《腕》に食い込む。以前ならあまりの硬さに跳ね返されていたはずだが、今回はどうにか歯が立つようだ。ふたりのやいばはぐいぐいと斬りこみを深くしていく。両名とも肩と二の腕の筋肉が盛り上がり、その上にビキビキと血管が走っていく。

「グゲアオオオオッ」
「ギィヤアアアアア──ッ!」

 《闇》たちの絶叫が轟きわたる。耳がバカになってしまいそうな騒音だ。シディは自分の牙にさらに力を籠めた。顎の中で悪臭まみれの《闇》の肉がぐずぐずと力を失っていくのを感じる。最後にぶん、と首を大きく振った瞬間、《腕》の肉をかなり大きく食いちぎることに成功した。と同時に、悪臭を放つ黒い液体がビシャアッとそこらじゅうに撒き散らされた。

「ヒギイイィイ! ギャアエアアアッ」

 魔導士たちが「ひいっ」と耳を塞いで体を丸めているのを目の端に捕捉する。人によってはこの悪臭や絶叫に耐えられず、手で耳や鼻を覆っている者もいる。

「臆するでない! ここが正念場ぞ。守護魔法の供給を絶やすでないっ」
「は、はいっ……!」

 セネクス翁の声に励まされ、魔導士たちが次々とまたレオとティガリエ、それにシディにも守護魔法を上掛けしてくれる。強大な相手による攻撃を受ければ受けるほど、守護魔法の持続時間は短くなりやすいからだ。
 シディはまた《腕》のほかの部位に跳びかかり、臭い肉に思いきり牙を立てた。前足の爪でも、針のような黒い剛毛に覆われた肌をがむしゃらに引っ掻きまくる。

「おらあああッ」
「ふんっ」

 レオとティガリエの剣捌けんさばきはさすがに素晴らしかった。まるで巨大な丸太でも切るようだ。みるみるうちに《腕》の切れ目を広げ、すでに切断しかかっている。
 《闇の腕》は必死で暴れまわり、耳がおかしくなりそうな大音声で悲鳴をあげ続ける。だがそれでもまだしぶとくインテス様を狙う様子だった。黒く長い爪ががりがりと地面を削りながら、じわりじわりとインテス様のいる大岩に近づこうとしているのだ。

(させるもんかっ……!)

 シディは顎と前足にさらに力を籠めた。先ほどよりさらに大きく肉を食いちぎり、削りとる。すぐ先ではレオとティガリエが、遂に《腕》を分断しかかっていた。
 もう一歩。あと皮一枚だ。

「ここからじゃ。みな、気を引き締めるのじゃぞ!」

 セネクス様の声に、みながハッと緊張を取り戻した、その時だった。
 噛んでいる《腕》の皮膚の下から、なにか得体の知れないものがふつふつと湧き上がってくる感じがした。

(ううっ……?)

 このうえなくイヤな感じ。身体じゅうの毛が全部、ぞくぞくと逆立っている。
 それは本能のひらめきだった。シディは即座にインテス様に向かって吠えた。

《危ない! さがって!》

 シディは稲妻の速さで《腕》から飛びのき、その場にいる全員に届くよう《念話》で叫んだ。

《みんなさがって! さがってください……!》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

処理中です...