白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十章 決戦

9 金赤の瞳

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 入り口の外では、《魔力の荒布》の周りを取り囲んだ面々が緊張した面持ちで身構えていた。
 シディが布の口へ飛びこんで行って、すでに数日が経過している。もしもシディが死ぬようなことがあれば、即座に《荒布》は消失するはずだった。そんなことになれば、間違いなくこの世の終わりである。
 セネクス翁がほとんど一睡もせず、《荒布》のそばに張りついているのはそのためだ。少しでも布に変化があれば、すぐにその口を閉じ、魔力攻撃を仕掛ける必要があるからである。セネクス翁によれば、ここにいる優秀な魔導士全員でかかってもそれは非常に困難な作業になるはずだった。

(たのむぜ……シディ)

 セネクス翁の背後でずっと仁王立ちをしているレオは、瞑目したまま腕組みをしている。その脇に、やはり仁王立ちしているのはティガリエだ。トラ顔の屈強な男は決して感情をおもてに出さない。だがその心の中は察して余りあるものだった。
 こんな武辺ものの男が、あれほど細やかに面倒を見てきた黒い狼の少年。あんな細っこくて小さく貧相な体をした少年が《救国の半身》なのだと聞いたときには驚いたが、みずからこの《荒布》に飛び込んでいったときには舌を巻いた。
 インテスを救うためなら脇目もふらず、我が身を呈することをも厭わない。あんなにも非力に見えて、あの少年は相当な胆力を持っていたのだろう。人は見かけによらないものなのだ。
 あのインテスからあれほどの寵愛を受けている少年に、ほんのわずか、嫉妬を覚えなかったと言ったら嘘になる。自分の心の奥底に秘めた想いについてはもはやどこにも出す気はなかったけれども、すでにレオの心の中ではほとんどの決着がつきかかっていた。
 ……あの少年ならばいい、と思える自分が確かにここにいると。

(あそこまでできるんならいい。構わねえ。……認めてやんよ、シディ)

 だが、インテスを救い出せなかったら今の言葉を聞かせることもできないだろう。それでは困る。というか本末転倒だろう。

(だから必ず帰ってこい。あの激ニブ皇子と一緒にな──)

 思ってにやりと口角を引き上げた、そのときだった。

「……むっ」

 セネクス翁がわずかに身動きをした。
 と同時に、究極まで閉じられていた《荒布》の口の部分がきらきらと輝き始めたのだ。

「おおっ……」
「あれは?」

 《荒布》の口から現れた者を見て、討伐隊の一同はどよめいた。
 声こそ発しなかったが、レオもくわっと瞠目する。そばにいるティガリエ、ラシェルタも同様だ。ただセネクス翁だけは泰然と、いつも通りの可愛らしいイタチ顔のまま、ひげの一筋すら動かさずにちょこんと立っておられた。
 現れたのは真っ白に輝く巨大な狼だった。冗談ではなく、ほとんど象ほどもある巨体だ。体を包んだまばゆい光は魔力によるものらしく、さまざまな精霊の力を得て彩られ、虹色の光を放っていた。
 狼の瞳は赤と金に燃え上がり、周囲を圧する力を放っている。
 狼は背に黄金色こがねいろの髪をした青年を乗せていた。

「おお、あれは」
「インテグリータス殿下だ!」
「殿下!」
「インテグリータス殿下ぁ!」

 彼を慕う兵らは多い。特にこの討伐隊ではそうだった。レオが選んだ人材なのだから当然ではあるのだが。インテスの無事を祈りつづけていたらしい兵のうち何名かは涙ぐんでいるのが見える。
 巨大な輝く狼は地面に降りたつと、すぐにくるりと頭を回して《荒布》の塊に対峙した。

 インテスが片手を上げると、白銀の狼は口を開けた。そこから大量の魔力が怒涛のように噴きだして《荒布》に襲い掛かる。
 呆然とそれを見守っていた兵と魔導士たちに、「ほっほっほ」と軽い笑いが投げかけられた。

「ほうれ、いつまでぼうっとしておるのじゃ。みなも手伝わぬか。殿下だけにお手数を掛けるものではないぞよ」
「はっ……はいっ!」

 われに返った魔導士たちが慌てて両手をあげ、詠唱をはじめる。みなの魔力が狼の発する巨大な魔力を補佐するように《荒布》に縦横にからみついていく。
 地面からぱらぱらと土くれや石ころが浮き上がり、《荒布》を中心に舞いはじめた。
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