白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第十章 決戦

1 巨大な皿

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 連絡用の魔石にレオからの連絡が入ったのは、訓練をしながら各地を回りはじめてしばらくしてからのことだった。

《どうやらそろそろヤベえ。ちょっと急いで来てもらえねえか》

 それでシディたちは急ぎ、レオが詰めている《黒き皿》拡張阻止作戦の現地へと赴いた。もちろんラシェルタの《跳躍》魔法によるので、たいした時間もかからずに到着する。
 その島は、以前インテス様が奪われた《皿》のあったところからさらに北にあった。到着するとすぐ、待ち構えていたレオが大股に近づいてきた。

「急に悪かったな。だがあんまり、時間が稼げそうもなくてよ」
「問題ない。どんな様子じゃ」
「ま、『百聞は一見に如かず』ってやつよ」

 言ってレオはすぐに当の場所へとみなを案内した。

(ううっ……)

 島に降り立ったときから感じていた不穏な空気と悪臭が、そこへ近づくにつれて強くなっていく。シディは鼻のところを手で覆いながら進んだ。《皿》が見え始める前からもう、肌には空気を縛る緊張の針がちりちりと突き刺さってくるようだった。

(お、大きい……!)

 遠目に見ても、前回の二倍ほどの直系はあろうかという巨大な《皿》の上部が空に向かって突き出すようにそびえているのがわかった。以前よりもさらに魔物が飛び出てくる頻度と、その大きさが増大しているらしい。《皿》の周囲の空間は歪み、青々とした美しい空の色が、そこだけ濁った紫に変わっている。ぐおん、ぐおんと地面を揺るがすような轟音がときどき響いてくる。

「セネクス様! お待ち申し上げておりました」

 出迎えたのは魔塔の魔導士の一人だった。以前ちらりと見かけたときとずいぶん姿が変わっていて──要するにかなり疲弊していて──シディは驚いた。げっそりと痩せてやつれている上に、顔色も非常によくない。見ればほかの魔導士たちも似たりよったりだった。それほど、ここの《黒き皿》を押さえ込むのは大変な作業だったのだろう。
 交代で作戦にあたっているようだが、天幕で死んだように眠りこけている魔導士や兵らを見て、シディの胸はさらにぎゅっと痛んだ。

(みんな、オレのせいで──)

 自分がもっともっと早く、しっかりと魔術を身につけていれば、彼らにこんな苦行を強いることはせずにすんだものを。
 が、シディの気持ちを察したようにレオがばしんと背中をブッ叩いてきた。

「んな顔してんじゃねえわ《半身》どのォ! こっからこっから! あんたがんな顔してたら、上がる士気も上がりゃしねえっつうのよ」
「うっ。す、すみません……」

 小さくなったシディを自分のマントで隠すようにしながら、レオはまず自分の天幕へ皆をいざなった。そこですぐ簡単な状況説明に入る。

「正直、ギリギリだ。見ての通りな。魔導士たちは魔力マナの枯渇で、兵たちは体力的に限界になりつつある。あれを叩き潰すんなら、今が最後の機会かもしんねえわ」
「なるほどな」
 ひとつ頷き、セネクス翁がこちらを見た。
「どうじゃ、シディ。今すぐにもかかれそうかの」
「は、はいっ。……やれるだけ、やります」

 自信をもって「できます」と言えないのが悔しいが、自分がまだけっして大口を叩けるほどの実力でないことはわかっている。
 本当は恐ろしい。できることなら逃げ出したい。でも、そんなことは許されない。それに、シディ自身も逃げるよりはこの作戦をやりきりたかった。
 もちろんインテス様のお望みだからというのはある。けれど、あの島で会った人々、アイカをはじめとする子どもたちの顔を思い出すと、たぶんそれだけじゃないものがシディの中にも生まれつつあった。

 自分をひどく痛めつけ、性奴隷として利用するだけ利用した者たちは正直、憎い。自分にしたのと同じような惨い目に遭ったからといって、きっと同情などはできないと思う。かれらを救えと言われれば断りたい気持ちにもなる。
 けれど、あの子たちにはなんの罪もない。自分がここで諦めてしまったら、まだなにも知らない、なにほども生きてすらいないあんな子どもたちも一緒に巻き添えになってしまう。

(そんなことだけは、させない)

 唇をひき結んで首飾りを握りしめているシディを、セネクス翁はじっと見つめてうなずいた。

「……よかろう。では少し、その前にいいかの」
「は?」

 と、ひょいと翁が小さな手をのばしてきて、そっと大事な首飾りの鎖に触れた。

「これでよろしい」
「は? あの、師匠──」
「さあさあ! 時間がねえっつのよ。さっさと片付けちまおうぜー」

 大きな手をバシバシ叩き合わせてレオが遮り、天幕をばさりと跳ねのけて外へ出て行く。

「参りましょうぞ」
「あ、うん……」

 促すティガリエの声はいつもの通りだ。全身のどこにもなんの力みも緊張もないのに、それと同時にどこにも隙がないのはまことにいつも通り。さすがである。
 皆はそのまま、簡単な装備の確認だけをしてあらためて《黒き皿》に向かった。
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