白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第八章 神殿の思惑

5 邪神

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 シディが目を覚ましたのは、それから丸一日も経ってからのことだった。

(うん……?)

 なにか違和感をおぼえて視線を左右に泳がせると、そばについてくれていたらしいティガリエがすぐに近づいてきた。

「オブシディアン様。お目覚めになられましたか」
「あ……うん。ごめんなさい、オレ──」
「ああ、どうぞそのまま」

 あわてて起きあがり、寝台からおりようとしたところを、ティガリエの無骨な手が制する。その大きな手がすぐに水差しから水をつぎ、目の前にさしだしてくれた。
 シディは飛びつくようにして器をうけとり、喉を鳴らして飲みほした。思っていた以上に渇いていたらしい。
 それでようやくゆっくり周囲を見回して、そこが見覚えのある部屋だと気づく。

「あれっ……。ここは」
「はい。魔塔の部屋にございます」
「魔塔……? 戻ってきちゃったんですか」

 ティガリエによれば、すでに討伐隊の面々は数名を残してあの島から離れ、ほかの《黒い皿》に対応するため別の島へ出発したとのことである。閉じる活動そのものはできなくても、これ以上広がることを阻止する活動は必要だからだ。
 が、シディはあれからずっと眠り続けて使いものにならない。インテス様おひとりでは閉じる魔法は使えない。それで一旦、シディは魔塔に戻されることになったらしい。つまりここは、いままで魔塔で世話になっていた部屋なのだ。

 今回は、あのとき魔獣にはね飛ばされて負傷した兵らのうち、わずかではあるが死者も出てしまったという。かれらと直接のやりとりとしたことはなかったが、シディの胸は痛んだ。かれらにもきっと、その死を悲しむ人たちがいることだろう。

(もっともっとオレが、ちゃんとできていれば──)

 思わず夜着の裾をにぎりしめ、唇を噛む。

「あなた様のせいではありませぬ。あなた様の働きは素晴らしいものにございました」

 暗い顔になってしまったシディを気遣ってティガリエはそう言ってくれたが──そしてきっと、インテス様もレオも同じように言うのだろうが──シディの気分は晴れなかった。
 そうして両目は勝手にきょろきょろと、かの人の姿を探している。

「あの、それで……インテス様は?」
「はい。今は一時いっとき、帝都に戻られております」
「帝都へ?」
「はい。陛下より、急な召還を受けられたのです」
「しょうかん……」
「呼び戻された、ということです」

 言葉が難しくて変な顔になったのを察してか、ティガリエはさりげなく言葉を添えてくれる。こう言うと失礼かもしれないが、見た目に反してなかなか細やかな神経をもあわせ持つ人だ。こういうときはいつも、シディの側付きにとインテス様が選んでくださったことに納得してしまう。

 奇妙な報せが届いたのは、シディが眠ってしまってからすぐのことだったらしい。
 皇帝が今回の作戦の成功を知って、自分の息子を褒め讃えるために召還した……ということではないらしい。あの皇帝に限ってそんな真似はするまい、というのが討伐隊の面々の共通した認識のようだった。
 レオは即座に「んじゃ付き合うわ」とひと言いって、こちらのことを討伐隊の副長に任せ、インテス様とともに帝都に戻ったらしい。現状維持をするだけならそれでも十分ではあるが、あの「めんどくせえ」が口癖のような男にしては珍しいことだった。
 シディの胸になにか黒いもやが広がる。

「あの、もしかして……なにか良くない報せなんでしょうか」
「わかりませぬ。ですが、あのレオ千騎長の勘はあまり外れぬそうなので」

 その可能性は高い、ということか。
 シディは胸の奥に生まれた奇妙な感覚にぞくりとした。
 なんだろう。なにか非常にイヤな予感がする。

「聞けばこのところ、サクライエが何かと皇宮に連絡してきているとか。なんらかの彼奴きやつの差し金かもしれませぬ」
「さくらいえ……?」
「精霊信仰の神殿の最高位神官にございます」
「ああ……」

 そういえば、離宮でリスの文官シュールスから教えてもらったことがある。
 帝国には、精霊信仰を統括する神殿がある。五柱の精霊神を信仰し、王侯貴族と平民の人々からの寄進によって成立する組織だ。
 魔塔もまた精霊から預かった魔力を使って魔法を使う人々の組織だが、こちらにはいわゆる「信仰」は関係しない。大昔、もとは同じ組織だったというのだが、信仰に関する意見の相違で分かれ、それが今の神殿と魔塔に分断されたのだという。仲が悪いのも納得だ。

「えっと。今回の《黒い皿》討伐については、神殿は関係していなかったって言ってましたよね……?」
「はい。そもそも神殿は精霊信仰の中に白と黒にあたる神を認めておりませぬゆえ。あなた様とインテス殿下に付与されている精霊の力を、そもそもよこしまなものと見做しているようにございまする」
「よ、よこしまって……」
「五柱こそが正しく清い精霊であり、白黒の精霊は邪神であると、そのように吹聴しているのです」
「そ、そんな──」

 絶句した。
 白の精霊と黒の精霊は邪神? よこしまであり、間違った存在であると……?

(そんな。そんなこと……っ)

 思わず唇をかみしめた。
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