白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第八章 神殿の思惑

4 反発

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「夜の営みほど心を安らげ、呪いや悪事から離れさせるものはないと聞く。愛し合う二人の営みであればなおさらさ」

 殿下はまるでシディの慌てている理由などお見通しかのように言葉を続けた。
 言われれば言われるほど、身体が熱くなってきて集中どころではなくなってくる。周囲が騒音の嵐だからこそ耐えられるが、こんなのがみんなに聞こえていたらと思うと身が縮む思いがした。
 なんとなく、レオが一瞬しらっとした目をこちらに向けた気がする。いちばんそばにいるティガリエは聞こえても聞こえぬふりをしてくれるので気が付かないけれど、レオはその点、どこまでも素直だ。これは間違いなく聞こえている。

「もっ……もういいですからあっ。インテス様……!」
「ふふ。そうかそうか」

 インテス様はにこにこ顔を崩さない。こんな状況でいつもどおりの笑顔が浮かべられる人というのは、それだけで大した胆力だ。実はこの方、シディが思っているよりもずっとすごい人なのかも知れない。
 抜き放った大剣を造作もなく肩に乗せ、レオがぐいとこっちを見た。

「そろそろ行けっかあ? おふたりさん」
「ああ。いつでもいいぞ」
「おっし。んじゃあ、とりあえずアイツを押し込むわ」
「えっ」
「よろしく頼む」
「うっす。おーい、野郎ども。攻撃やめろ」

 「あいつ」というのは間違いなくあの牛のような顔をした巨大魔獣のことだろう。まさか、本当にそんなことが──と思った次の瞬間、獅子の男がごうっと砂を巻き上げて飛びあがった。巨躯の人とは思えぬ身軽さ、俊敏さだ。しかもあの大剣を背負って。信じられない。
 レオは魔導士たちの攻撃がやんだ隙をつき、大剣を振り上げて魔獣の肩に斬りかかった。

「うおらああああッ!」
「グオオオオ──ッ」

 魔獣の体液が噴出し、周囲に跳ね散る。魔獣は身もだえし、残った片腕をめちゃくちゃに振り回してレオを払いのけようとした。が、レオは身軽に攻撃をかわし、二撃、三撃を打ちこんでいく。
 魔獣はほとんど阿鼻叫喚の怒号をあげてレオに襲い掛かろうとしていた。が、下半身がまだ《皿》の内側に沈んでいて思うように動けないようだ。今がチャンス。あれがまともに外に出てきたら、さらに死傷者が増えてしまうだろう。これ以上、怪我人を出すわけにはいかない。

「おうっ。ちょっくらトラのおっさんも手伝えや」

 それはまるで、ちょっとそこまでの散歩でも誘うような軽さだった。
 ティガリエがこちらを振り向く。主人あるじに許可を求めているのだ。
 インテス様がうなずいた。

「行くがよい。頼むぞ」
「はっ」

 素早く一礼し、抜剣してティガリエも魔獣に襲い掛かっていく。その足取りもレオに負けず劣らず軽い。ネコ族特有の跳躍力としなやかさで、あっという間にレオのそばに辿りつく。
 《黒い皿》の前に立ちはだかる巨躯のふたりは、まさに軍神のようだった。

(うわあ……)

 シディが感心する暇もなく、獅子の千騎長とトラの武官による凄まじい攻撃が始まった。

「ウオラアアアアッ」
「ふんっ!」

 今日はじめて一緒に戦った人たちだとはまるで思えない。レオの放った剣戟から間を置かず、ティガリエの剣が一閃する。すべての攻撃が、また逃避行動が正確だ。
 魔獣ははじめのうちこそ反撃しようと頑張っていたが、首といい肩といい脇腹といい、二人から息つく間もなく斬り刻まれ、ついに体を体をよじって逃げようとし始めた。じりじりと《皿》に身を沈ませていく。

「よっし! 今だ。閉じろ、皇子!」
「了解。シディ、ゆくぞ」
「は、はいっ」

 想像上の《魔力の壺》がぶうん、とうなりを上げる。そこからいつもの白と黒に輝く魔力が噴出して、《黒い皿》を包み込んだ。ラシェルタをはじめとする他の魔導士たちも魔力を注いで助けてくれる。魔力の枝は七色に変わり、《皿》をがんじがらめに縛りつけたように見えた。

「ううっ……くう」

 今までとは比べものにならないほどの反発を感じる。体全体の細胞が、激しく抵抗する《皿》の攻撃を受けて悲鳴を上げる。体じゅうの毛が逆立ち、肌の表面がめりめりと剥けていってしまいそうな激痛が走る。
 自分の体重が急に十倍にもなったような重圧。片手を上げておくだけでもシディにとっては重労働だ。

「がんばれ、シディ! あともう少しだ」
「は、い……っ」

 必死で薄目をあけて見つめる先に、めりめりと音を立てて巨大な《皿》が封印されていく光景が広がっていた。
 やがて、ぷしゅっという気の抜けたような音がしたかと思うと、もうあの大きな《皿》の姿はかき消えていた。

「や……った?」
「ああ。よくやったぞ、シディ」

 肩を隣から軽く叩かれ、やっと安堵する。と同時に、一気に体から力が抜けた。

「あっ。シディ! 大丈夫か」
「魔力放出と《皿》からの反発による疲弊状態ですね。しばらくこのままお休みになられたほうがよろしいかと」
 ラシェルタの静かな声がしている。
「シディ……」
 インテス様の声にほっとしたものが混ざり、シディも目を閉じたまま安堵した。

(よかった……)

 これで大仕事がまたひとつ終わった。

(インテス様……。ごめんなさい──)

 体力や魔力耐性がなくて、こんなにすぐに疲れてしまって。
 これでは、なにほども働いたとは言えない。

(でも、少しだけ待っていてください)

 すぐに目を覚ますから。
 それでもっともっと練習して、きっともっと、あなたやみんなの役に立てるようになるから──。

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